離愁のベゼ

ビタードール

一章『プロローグ』

第0話『プロローグ』

 突然だけど、正義と悪の違いはなんだろうね。

 僕の自論は多数派か少数派かの違い……あるいは人々にとって得か損か。



 僕は元々君達と同じごく普通の日本人だった。

 世間一般から見ても良い家庭に生まれた。

 両親は善人そのもので、一人息子の僕を可愛がった。


「ルールは守りなさい、守らないと損するのは貴方よ」


 とか、


「人殺しを肯定してはいけない、どんな理由があろうと。歴史を見れば愚かな行為だと分かるだろ?」


 とか、人間の基本道徳は特に教育された。


 けど僕はいつも疑問に思う。


 ――皆にとって悪いことが趣味な僕は、どうやって幸せなればいいの?


 破壊と殺戮が自分の趣味だと気付いたのは、幼い頃に見た海外のアクション映画がきっかけだ。

 内容は、破壊と殺戮を楽しむヴィランと、それを止めるヒーローの戦い。

 きっと、皆はヒーローに憧れるんだろう。

 人を殺すのは蔑まられることだけど、悪を殺すのは褒め称えられることだから。

 暴力を振るって褒められるだから、誰だってヒーローがいい。

 ヒーロー以外に暴力が許されるのは、ボクサーみたいな格闘家くらい。


 それでも僕はヴィランに憧れた。

 きっとそれは僕にないものを持っていたからだ。

 僕が持ってないもの、それは一体なんでしょう?

 力?知恵?勇気?行動力?怖い見た目?


 違う違う……答えは自分であること。


 ヒーローはヒーローとして生きないといけないから、完全に自由って訳じゃない。

 だが悪役、ヴィランは?

 あいつらは自分の本能のまま生きている!

 例え捕まったり、死のリスクがあっても、その恐怖を超える情熱で動いてる。

 人間として生きることを強制された僕にとっては、憧れだった。


 勿論、悪にも多くの種類がある。

 欲望型、信念型、本能型……必要悪、純粋悪、絶対悪。

 どれも好きだが、きっと僕の本性は本能型の純粋悪だろう。


 こんだけ悪が好きで、心は悪そのものな僕だが、一度も悪行をしたことは無い。

 きっと、両親に教育という洗脳をされたからだ。

 あの両親は本当の僕を押し殺すように命令したのだ。


 自分を押し殺して生きること三十年、人間としての幸せを得る為結婚する。

 仕事は売れっ子映画監督で、妻は美しい人……そんな僕は皆から見たら幸せ者だろう。


 結婚から五年、妻に愛も何も感じなかった僕は子供を作ることにした。

 変化が欲しかった。

 僕も皆みたいに幸せ者になりたいと願った。


 子供は一人生まれた。

 実の子供が20歳になった今も、僕は幸せ者になれない。

 そりゃそうだ……本当の自分ではないのだから。

 本当なら、僕みたいな家庭を恐怖させる側なのだから。


 妻にも子供に愛着湧かないし、愛情とか友情とか、人間の心と言えるようなものがない。

 それは真実として別にいいけど、この真実を受け止めた上で僕は幸せになりたい。

 僕らしく生きてみたい。


 そう願ってたら癌になった。

 脳の癌だよ……ガーーーン。


 結局僕は70歳で死去。

 つまらない人生、最後に思うことは後悔だった。

 悪いことをして後悔じゃない、悪いことしなくて後悔さ。


「破壊と殺戮を楽しむ悪役になりたかった……自分らしくありたかった」


 後悔は小さく、声に出た。


 * * *


「――」


 ――ここは?


 さっきまで病院に居たけど……今は見覚えのない場所だ。

 それにしても目が上手く開けれない。


「――」


 良く見れば、大きな男が僕を覗き込むように見ている。

 知らん顔、どう見ても日本人じゃない。

 それにサイズ感が妙だ。


 ふと寝返りをすると、鏡に映る赤ん坊が居た。

 生まれたばかりのようだ……けどなぜ鏡に赤ん坊が?


 理解が遅れた。

 手をギュッ、足をチタパタ、口を小さく動かす。

 そうしてやっと理解した。

 鏡に映る赤ん坊が自分だと。


「うぅ!あぁ!」


 どうやら僕は、記憶を持ったまま転生したようだ。


「――」


 目の前の男が何か言ってるが、知らない言語の為、全く理解出来ない。


 にしても現実を受け止めれない……ファンタジーすぎて頭も体も追い付かない。

 しかし、ぶっ飛んだ真実を受け止めるのは、人並み以上に慣れている。


「うぅ」


 数十分後、男が僕を覗き込むのを止めた。

 そしてふと思い出す、前世の後悔を。


 前世は善人として生きて後悔した。

 なら、もう間違わない。


 今世は悪役として生きてやる。

 この世界を支配して、僕という悪役が居ることを知らしめてやる。

 心の奥底にしまい込んだ邪悪を、今思う存分振るってやる。


 これは天からのご褒美だ。

 神が居るなら居るでいい。

 もし神が居るなら、感謝してやる。

 今日を持って、チープな人間のフリを止めよう。




 もうわかった?

 これは、後悔から始まる悪役の物語。

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