エピローグ 5年後 ①


「ほら、素振りでも気を抜かない!振り切りがブレてるよ!」


「「「はい!!」」」


 広い修練場にはたくさんの若者達の声が響いている。学校指定の白い訓練着を身にまとった剣技専攻の学生達は、各々のやる気でもって今日も修練にあたっていた。


「先輩、今日も指導に来てくれてありがとうございました!とても助かってます」


 学生らの前に立って場を取り仕切っていた少女が、すぐ後ろで壁に寄りかかりながら修練の様子を眺めていた女性に声を掛ける。


「良いの良いの。あたしも胸を張って大学サボれるし。これからもどんどん呼んで」


「先輩…」


 先輩と呼ばれた女性が服の裾で自身の眼鏡を拭きながら気の無い返事をすると、少女は短い黒髪を揺らしながら呆れ気味の声を出す。


「はぁ…。まあ良いです。それが先輩なりの照れ隠しってことが分かるくらいには、長い付き合いですしね」


「ったく…なまいき」


「いたっ」


 調子の良い後輩が気に入らなかったのか、女性はその額に軽いデコピンを食らわせる。


「さて…あたしはそろそろ、お暇させてもらおうかな」


 女性は切り替えるようにそう口にすると、寄りかかっていた壁から一歩踏み出した。


「そっか。今日でしたっけ、ユリア先輩のミニコンサート」


「そ。会場作りとかも手伝わないといけないから、ちょっと早めに行くんだ」


「なるほどです。私も後で友達と一緒に行くので、またお店で。あと改めて、今日はありがとうございました」


「はーい」


 行儀良く頭を下げる後輩に後ろ手に手を振りつつ、5年の歳月を経て大学生となっていたレオナは修練場を後にした。


             ☆


 修練場を出たレオナを心地よい日差しが出迎える。爽やかなそよ風が運んできた薄紅色の花びらが、今年も変わらぬ春が訪れたこと示しているようだった。


「ん~~~」


 屋内で溜め込んだものを晴らすように長い伸びをしたレオナは、息を吐きながら目の前に広がる学舎を見やった。


「春だねぇ」


 彼女の目に映るのは、若者達が行き交う校舎と眼下に広がる広大な王都。

 後に『王都大火災』と呼ばれることになるあの災害から5年。完膚なきまでに焼き尽くされた王都は、往時の姿を取り戻すまでに復興していた。



             ☆



「とは言え、まだちょっと早いんだよねぇ」


 卒業してからも何だかんだと利用することが多い校内を思案顔で歩いていた。と言うのも、店の準備を始める時間までにはまだ若干の猶予があったのだ。


「せっかくだし、ゴルドンさんの所にでも寄ってくかな」


速やかにそう方針を決めると、校門へ向けて足を早めた。



             ☆



 王都の表通りから1つ東へずれた東1番通り。比較的庶民向けな商店や飲食店が立ち並ぶこの通りには、古くから王国と関係を持ってきた老舗傭兵団、『戦狼の牙』の本部事務所が立っている。

 レンガ造りの地上3階建てというこじんまりとした建物だが、職務上の事務を行う程度の場所なので、十分に事足りていた。

 そんな狭っ苦しい執務室では、スキンヘッドの巨漢が1人押し込められ、山のような書類と格闘していた。


「承認、承認、こっちも承認…っつあああ!!やってられるかこんな仕事!!!」


 ペンと判子を忙しなく持ち変えては、次々と書類を処理していく。しかし、山のように積まれた紙の束は一向に減る様子を見せなかった。


「ーーー荒れてるなぁゴルドン。廊下まで声が響いてたぞ」


「あ?おう、なんだアサヒじゃねぇか」


 開いた扉から姿を見せたアサヒに、ゴルドンは少しバツが悪そうに応じた。


「宅配か?」


「ああ。いつものだよ」


 片方の肩に木箱を担ぎながら入ってくる姿に、ゴルドンは即座にアサヒの来訪目的を言い当てた。


「来るたびに思うけど、ゴルドンが事務作業やってんの似合わないよなぁ」


「うるせぇな。んなこと俺が一番わかってんだよ。あ、その紙の束はそっちの棚に入れといてくれるか」


「あいよー」


 アサヒはゴルドンとのくだらない会話に花を咲かせながらも、木箱の梱包を解いて慣れた様子で注文された消耗品をしまっていく。


「これで最後だな。毎度あり…ってお前、仕事はどうしたんだよ」


 空になった箱の中身を確かめたアサヒが顔を上げると、席を立ち、音を鳴らしながら腰を回しているゴルドンと目が合った。


「集中力が切れた。今日は終いにする」


「お前…事務の姉ちゃん達泣いてるぞ…」


「良いんだよ。どのみちこの後すぐに用事がーーー」


「おいっすー、ゴルドンさんいるー?」


 ゴルドンが最後まで言い切るよりも前に再びドアが開き、相変わらずの抑揚の少ない声と共にレオナが入ってきた。


「あれ、アサヒさんも来てたんだ。何?配達?」


「当たりだよ。ご依頼の品を色々とな。レオナは何しに来たんだ?ゴルドンに用事があったっぽいけど」


「そうそう。この後店でユリアのコンサートでしょ?それまでにまだ時間あるから、合流のついでにまたダンジョンの話聞こうと思って」


「ああー、ユリアちゃんの。って、ん?ダンジョン…?」


 納得しかけたアサヒだったが、聞きなれない単語が混じっていたことに気がつき言葉を止める。


「あたしダンジョン潜ってみたくて。ゴルドンさん何度も行ってて詳しいでしょ?だから色々聞いてるんです」


「はあーレオナがダンジョンねえ。世間一般だともう少し経験積んでから行くもんだと思うけど、そこんとこは大丈夫なのか?」


「実力的には十分だと考えてる。ただ、アサヒの言う通り経験の方がまだまだ足りてないっちゃないな。だから、機会を見つけては色々連れていってるって感じだ」


「それでちょくちょく仕事サボっては任務クエストこなしてたのか」


「そうそう。期待の新人を育てるって大義名分を利用してだな…ってお前、何で俺が依頼受けてんの知ってんだよ!?」


 腕を組みながら真面目な顔で何度も頷いていたゴルドンだったが、それを聞いた途端に目を剥く。


「元とは言え、俺の本職はシノビだぞ?集める気が無くても情報の方から耳に飛び込んでくるんだよ」


「へえー、なんかすごい」


「すごかねぇわ!それで副団長の奴が知ってたんだな?」


 アサヒの活躍にレオナは感心の声を上げるが、ゴルドンには思い当たる節があったらしく大いに憤慨していた。

 当のアサヒと言えば、詰め寄ってくるゴルドンに動じることもなく、涼しい表情で聞き流している。


「てかそもそも、レオナは王国で騎士になるって言ってなかったか?遊びのつもりでダンジョン潜るのなら、さすがに勧められないぞ?」


「あー、それね…」


 息巻くゴルドンを受け流しながら発されたアサヒの言葉に、レオナが、どう説明したものか、という様子で言い澱む。


「…実は最近、冒険者も良いかなぁなんて思っててさ」


「冒険者?またずいぶんと正反対の方向にいったな」


 聞き返すアサヒに対し、レオナは若干の歯切れの悪さを残しながらも言葉を続ける。


「まあね。ゴルドンさんとか見てると、案外こっちのが楽かもって思っちゃって。まあ…ほんとそんな感じ」


「ちなみに俺は傭兵であって冒険者ではないがな」


「だいたい同じでしょ」


「全然違うからな」


 仲の良いやり取りを尻目に黙ってレオナの言葉を吟味しているアサヒだったが、すぐに顔を上げてレオナの方を向いた。


「まあ、なんだ…。俺も一応冒険者やダンジョン周りの経験はあるから、聞きたいこととかあったらいつでも聞いてくれ」


「うん…ありがとう、ございます。多分頼りにすると思う」


「ああ」


 レオナの素直な言葉にアサヒも笑みを作って応じるが…


「そうすればゴルドンがあっちこっちに迷惑かけることも減るだろうしな」


「テメェ、良い雰囲気で終わりそうだったのに余計なこと言いやがったな!」


最後に付け加えた一言で再び賑やかさを取り戻した。


「ああー、はいはい。なんだかんだ時間かかっちゃったから、この話はこれでお終い。そろそろお店に行かないと」


「お?本当だ、結構話してたんだな」


 レオナの言葉に釣られて窓を見ると、青く広がっている空に朱色が差し始めていた


「何だよ、結局立ち話で終わっちまったか」


「まあ良いじゃん。続きはこの後でもできるしさ」


「それもそうだな」


 宥めるレオナにゴルドンは肩をすくめて同意を示すと、先陣を切って執務室の扉を開いた。


「じゃ、行こうぜ。我らが店主様が待つ裏路地の雑貨屋にな」

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