エピローグ 5年後 ②


 ベルトリンデルの王都表通りは、ギルドや商店、食事処が軒を連ねる王都の中心街だ。そんな表通り沿いに建つ王立ギルド本部の角を1つ入った通り。そこに、とある雑貨屋が店を構えていた。

 突如として王都を襲った大火災から5年。その間に起こった様々な難局もなんとか乗り越えた店は、ようやく災害前の佇まいを取り戻していた。



            ☆



「店長さん、お疲れ様でーす」


 広くはない店に、抑揚の少ない女性の声が響いた。時刻は夕時。店内には既に、西日が差し込み始めていた。


「やあレオナさん、学校お疲れ様です。ゴルドンに…アサヒさんも。一緒だったんですね」


 返事をしつつ声の方に目をやると、肩までかかるウェーブがかった髪をなびかせたメガネの女性、レオナを先頭にゴルドンとアサヒが店に入ってくるところだった。


「おう、来てやったぞ」


「よおデニス。ユリアちゃんのコンサートって聞いたんでな」


「そうですか。いや良かった。実はちょうど人手が欲しかったところだったんですよ」


 カウンターの扉を開いて商品棚の並ぶ売り場へと出た私は、入ってきた3人を見回しながら呼びかけた。


「確かに、会場の準備はまだみたいだな」


 腰に手を当てながらゴルドンが視線を送った先には、以前よりも広くなった店が広がっていた。

 

 再建した私の店は、王都復興の際の都市整備を受けて以前の倍ほどの広さへと生まれ変わっていた。さらに、変化があったのは店の大きさだけではない。これまで通りの幅広い品揃えに彩られた商品棚に加え、2〜4人掛けのテーブルや1人客向けのカウンター席が設置されたのだ。


「しかし、思い切ったもんだよな。商品を物だけじゃなく食料品にまで広げるとは」


「前々から輸入食品を取り扱いたいとは考えていたんです。お茶やお菓子のような魅力的な商品がたくさんありましたし、つてもありましたからね。再建を機に食べ物も提供できる体制を整えることが出来たのは不幸中の幸いでした」


 店舗を前よりも広くすることができると分かった私は、従来の小売に加え、軽食の提供も始めていた。設置されたテーブルはそれらを楽しんでもらうための場所だ。


「それに、元々話し込むお客様が多い店でもありましたからね。どうせならそちらの方でも商売にしてしまおうと思ったんです」


「お陰であたしらバイトの仕事は増えたけどね~。まさか紅茶入れたりお菓子飾りつけたりすることになるなんて。しかも割りと皆店長さんの狙い通りに居座るし」


「前々から何となく長居してたのに、上手いお茶と座り心地の良い椅子なんて置かれたらそら動きたくはなくなるわな」


「悪びれないでくださいゴルドン。貴方に関しては仕事があるでしょうに…」


 『デニスの雑貨屋』改め、『デニスの雑貨喫茶』。

 彼らの言うように、新設した喫茶の商売は比較的上手く行っていた。お客様の回転率がいまいち良くないという改善点もちらほら見受けられているが、まあ、少しずつ改善していけば良いだろう。


 こうして生まれ変わった私の店には、実はもう1つ新しい仕様がある。それがーーー


「そろそろ会場作り始めた方が良くないか?客も来はじめるだろ?」


「そうですね。ちょっと待っててください」


 それだけ言うと、一度店を出てドアに掛けていた開店中を示していた板を引っくり返して閉店の表示を表に出す。



             ☆


 

 ーーー店の右奥に設置された小さな雛壇。これを舞台とした催し物の提供が、喫茶と合わせて始まったこの店の新たなサービスだ。


 これを思いついたのは、喫茶関連の準備を進めている最中だった。長く話し込むお客達について思い出していた際、幾人もが漏れ聞こえてくるユリアの演奏を楽しんでいたことに思い至ったのだ。音楽を奏でる魔術具を置くという手もあったのだが、せっかく専属の音楽家が身近にいるのだ。これを生かさない手はないだろう。


「と、いう訳なんですが、どうですか?お店で演奏会」


「良いですね!是非やらせてください!」


 さっそくユリアに相談したところ、かなり前のめりな快諾を得ることができた。

 大学進学を機に王都の路上などで演奏を行なっていたユリアにとっては、さらに多くの人々に自身の音楽を届けることができるこの提案は渡りに船だったらしい。


「せっかくですから大学で一緒に勉強してる友達にも紹介して良いですか!」


「もちろん構いません。むしろ大歓迎ですよ」


 という様子で、小さいながらも催し物を開く舞台は滑り出したのだった。



          ☆



「それじゃあ、いつも通りコンサート会場の形にしちゃいましょうか」


「あ!じゃあ、あたしユリアの様子見てこなきゃならないんで」 

 

 改めて場を仕切った私の言葉に脊髄反射したレオナが一抜けを宣言する。


「いや、別に必要ないですからレオナさんもーーー」


「本番前で絶対緊張してるはずだから。皆さん、あとよろしくね〜」


私達が止める間もなく店の右奥にある舞台袖に向かうと、その裏にある階段から2階へと駆け上がっていった。


「ったく…いつも思うが、あいつの面倒事を避ける才能は大したもんだよな」


「まあ、いつものことですから。…それじゃあ私も仕込みを続けなければならないので、後はお任せします」


「な、ちょっと待てお前もか!?おい、机の配置はどーすんだ!!」


「いつも通りで大丈夫ですから~…」


 厨房へと消えた私の姿を追いかけるように、ゴルドンへの返事も遠のいていった。後に残された二人はしばしの間店主の消えた方を向いて黙り込んでいたが、


「なあ、アサヒ。常連になると客と店員の境界線が曖昧になるってよく言うが、結構的を射てるって思わねぇか?」


「嘆いても始めらないさ。入り浸ってるのは事実だしな」


 聞いているこちらが溜息を吐きたくなるような調子のやり取りで互いの虚しさを共有する。


「…しゃあねぇ、とっとと片付けるか」


「…そうしよう」


やがて諦めたように顔を見合わせると、手近な商品棚へと手を掛けた。


 こうして二人の常連客も、目前に迫ったコンサートのための模様替えへと着手したのだった。



             ☆



 少々幅の狭い階段を登り切った先には、薄暗い廊下が伸びていた。その両脇に並ぶ扉は、現在ユリア達が暮らす賃貸や在庫をしまう倉庫へと続いている。


 現在、店舗の2階の3部屋は賃貸用として貸し出している。元は隣接したアパートだった土地を安く譲ってもらった際に、その役割も引き継いだ形だ。当然ながら、住人だったユリアたちもそのまま住み続けている。


 そして廊下を進んだ先。店舗の出入り口を正面とした時、建物の左奥に相当する場所に、大火災以前にユリア達が使っていた演奏のための防音室が再建されていた。

 レオナは演奏が止まっていることを確認した後、控えめなノックを数回行った。


「はーい」


 すると、壁越しでややくぐもって入るものの、伸びのある明るい返事がした。


「入るよ」


レオナはそう言うと、扉を開いて中へと踏み込んだ。


「レオナ、おかえり。準備は終わったの?」


「今おっさん達がやってる。面倒だから抜けてきちゃった」


「うわ、かわいそ。ま、いつものことだしいっか」


 ユリアは自身のために身を粉にする大人達にあっさりと見切りをつけ、レオナが入ってくる直前まで行ってたであろう譜読みを再開する。


「今日はどれくらいやるの?」


「んー、あたし以外の人も合わせて頑張って2時間くらい?実際にやってみると、音楽だけでご飯食べてる人達の凄さがわかるよ。一人で何時間も演奏できちゃうんだもん。今の私じゃまだまだ全然」


「そう?でもはじめの頃に比べたら随分マシになったじゃん。もうほとんど緊張もしてないみたいだし」


 肩を落とすユリアに、レオナは敢えてさり気ない調子で声をかける。


「まあね。人前で話したりするのは得意な方だったんだけど、それが演奏に変わるだけであんなに緊張するなんて思ってなかったし」


「ガチガチだったねぇ」


 レオナはユリアの初公演を思い出して、小さく微笑む。


「また笑ってるし…。でも、ここで諦めたりはしないから」


 毎度同じところで笑う友人な口を尖らせつつも、ユリアは前向きに言葉を重ねる。


「まさか店長の方が先に夢叶えちゃうとは思ってなかったけどさ。私も絶対叶えるよ。せっかく守ってもらったんだもん」


 そう言ったユリアの横では、彼女の夢への道を支えるヴァイオラ《相棒》が誇らしげに輝いていた。

 と、忙しげなノックが二人の会話を中断する。


「はい、大丈夫ですよ」


「何だよ、もうそっちも準備できてんのか」


顔を覗かせたゴルドンは、すっかり和んだ様子の二人を見て呆れた声を出す。


「バイト娘2人。下の準備は終わってお宅のご友人が練習始めてるぞ」


「はーい。レオ、私たちも行こっか?」


「ん」


 立ち上がったユリアに頷いて、レオナもその後に続いた。



             ☆



 ゴルドンらによって模様変えが行われた店内。店の半分を占めていた商品棚は行儀良く隅へ移され、代わりにいくつものテーブルが雛壇を中心として設置されていた。

 場所だけで見れば、既に準備は万端と言えそうだ。

降りてきたユリアは友人らと音を合わせており、役目を果たしたゴルドンらはカウンター席に座ってのんびりとその様子を眺めていた。


 そんなゆっくりとした空気を震わせるように、店の扉が慌ただしく開く。


「ごめんなさい!遅くなっちゃった!」


駆け込んできたのは黒い髪を腰まで伸ばした小柄な女性だった。


「おう、顔見せねぇから今日は休みだと思ってたぜ」


「まだ始まってないから大丈夫だぞ」


「そう、良かった…」


 肩で息をしながら屈み込んでいた女性は、安堵した様子で顔を上げると目が合った私は、静かに笑みで答える。


「間に合って良かった。さっそくで申し訳ないのですが、食事の準備を手伝って頂けますか?アカツキさん」


「ええ、もちろん!」


 元シノビであり、現在はこの店の従業員となったアカツキは、生き生きと目を輝かせながら立ち上がった。


 その様子に改めて1つ頷くと、彼女の背後に立つ人影にも声を掛けた。


「カケルさん達も、もう入ってきて大丈夫ですよ。準備はほとんど終わってますから」


 ユリアが準備万端であることを示すように弦を持つ手を上げたのを目の端で捉えつつ呼び掛けると、数人の男女が遠慮がちに店内へと入ってきた。


「ありがとう、デニスさん。皆、お言葉に甘えて入らせてもらおう」


「お邪魔します…」

「リンちゃん、いらっしゃい!ほら座って座って!」


「レオナ、貴様また練習をサボったな?」

「げ、隊長。なんで来てるんですか…」


「よおゴルドン。この前なかなか良いダンジョンを見つけたんだが、今度どうだい?」

「良いなぁ!」

「そうやって傭兵団の仕事サボる口実与えるの止めてくれ…」


 にわかに賑やかになった店内を静かに見渡す。もう一度、この光景を見ることができて本当に良かった。訪れるお客様の顔を見るたびに、そう実感する。


 そんな中、新たな人影が店の入り口に現れる。私はいずまいを正し、精一杯の誠意をもって声を掛ける。


「いらっしゃい。デニスの雑貨喫茶にようこそ。少し騒がしくて恐縮ですが、どうぞ、お好きな席へお座りください」



 ギルドにお立ち寄りの際は、王都表通りギルド横、デニス雑貨商改め、デニスの雑貨喫茶を、これからもどうぞ御贔屓に。


                                        終


〜以下蛇足〜


 ユリアたちによる演奏が始まってしばらくの時間が経過した雑貨喫茶。ゆったりとした弦楽器の調べが響く店内には穏やかな時が流れていた。


「そういえばデニス、レオナが冒険者に興味持ってるって知ってるか?」


「ええ、もちろん。この所よくゴルドンに話を聞きに行っているみたいですし」


「はー、流石に知ってるか。いや、俺は初耳でな」


「兄さん、聞いてなかったんでしたっけ?」


「ああ。前から騎士になって楽に暮らすー、つってたからどんな心変わりがあったのかと思ってな」


 カウンター席に座っていたアサヒは自身の向いに立つ私とアカツキに話を振ってきた。


「俺が聞いた時は、冒険者の方が楽そうだから、とか何とか言ってたが、どうにも違和感がな」


「ああ、対外的にはそう言って誤魔化してますね、いつも。まあ、正直に言うのはちょっと恥ずかしいんでしょう」


「せっかく立派な理由なのにね?」


 アサヒの言葉に、私は照れ隠しに適当なことを述べているレオナが思い浮かび、思わず微笑んでしまう。アカツキも同様だったらさしく、忙しなく手元で作業をしながら笑顔を向けてくる。


「じゃあやっぱり、楽そうってのは本心じゃないんだな?」


「ええ、実のところレオナさん自身の都合ではないんですよ」


「なに?レオナちゃんの話?」


「なんだ、カーマインさんも聞いてるんですか?」


 横から私たちの会話に入ってきたのは、上品な雰囲気を醸し出した妙齢の女性、カーマインだった。


「ええ!素敵なお話よね?ユリアちゃんが心配だから着いていきたいだなんて」


 口に手を当てて微笑むカーマイン。

 それを聞いたアサヒは一瞬瞬いたあと、得心が行ったように大きく頷いた。


「そういうことか…」


「ええ。ユリアさんは大学卒業後、大陸各地を回りながら音楽家として活動していきたいと考えてるようで。レオナさんとしては、それが少々心配なようで…」


「さすがにユリアも護衛とかつけることは考えてるみたいだけど、それなら尚のこと、ね。レオナが一緒に着いていければ、それ以上の環境はないじゃない?」


 続く私とアカツキの説明を受けて、アサヒの納得は深まっていったようだ。


「とはいえ、まだまだ先の話でもありますから。状況も環境も、これからどんどん変わっていきます。私なんかは、その時その時の彼女たちの選択を尊重していければいいのかな、と思ってます」


「そうだな」「ええ」


 私たちの視線の先では、友人たちに囲まれたレオナが口元に笑みを湛えながら舞台に立つユリアを見つめている。


 時の流れは、私たちが意識しないうちにも様々な変化をもたらしていく。その中でも、今こうして穏やかに流れる時間を大切にしていきたいと思いながら、私は私にできることをこなすべく、再び仕事へと意識を戻した。



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 蛇足も挟みつつ、本編ラストエピソードとなりました。短い間になりましたが、お付き合いいただいた皆様、ありがとうございました。いただいた反響は、今でも私の中で大きなモチベーションとなっています。是非、全体を通した感想などをお寄せいただければ幸いです。自分の物語も、文章力もまだ発展途上ですから、皆さんの力をお借りして上達させてください。厚かましくはありますが、これが心からの私のお願いです。


 ここまでで本編は終了となりますが、まだまだ完結ではありません。書きたいと考えてるシナリオは残っていますし、ヨミ/アカツキ周りの話も書かなければなりません。投稿頻度は下がりますが、これからもお立ち寄りいただければ幸いです。




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