第13話 悪足掻き ①
最初の熱線放射から数十分。王都のあちこちで上がった火の手は既に大きな黒煙を伴い、本格的な火災へと変貌を遂げていた。都市を焼く火は家々を焼き崩し、辛うじて焼け出された人々の退路をその残骸をもって絶っていく。
そして、その惨状の悪化に拍車をかけたのが、『雄牛』による王都への侵攻だった。ゆっくりと歩き出した『雄牛』は自身が開いた熱線の跡をなぞるように進んでいく。
王都の西側から侵入した『雄牛』は、王都守備隊による苛烈な迎撃を意に解することなく通過し都市内部へと入り込んだ。その巨大な質量の移動は人も建物も区別なく踏み潰し、全身に纏う灼熱が周囲の全てを焼き尽くしていく。
どうにか生き残った兵士の一部が逃げ惑う人々の誘導を行ってはいるが、殆どの兵士は上官の負傷や所属部隊の壊滅などを受けて組織的な活動ができない状況に置かれていた
既に多くの人々が、無秩序に逃げる以外の選択肢を持つこともできなくなっていた。
☆
黒煙に包まれた王都を見下ろす城壁の上に、呆然と立ち尽くす数人の人影があった。
「そんな…」
イムカ議会での戦闘からなんとか離脱してきた勇者達は、自分達を待ち受けていた光景に愕然とする。
「王都が…燃えている…」
そう言って力なく膝をつくアリシアに、誰も声をかけることができない。王都の守護を主命としてきた彼女にとって最も防ぎたかった光景こそ、今、目の前に広がっている惨状だろう。
「…みんな。気持ちは分かるけど今は落ち着いて。まずは王宮に行って情報を集めよう」
「カケル…」「カケルさん」
「ごめん、先輩。でも俺達は今、こんなところで立ち止まってなんかいられない。まだ動けるなら、やらなきゃいけない事が沢山あるはずです」
「………君の言う通りだ。すまない、年長者の私が取り乱してしまって」
その瞳に悲痛な色を宿しながらも冷静であろうとするカケルの言葉に、アリシアも、そして仲間達も表情を引き締めた。
「方針はまとまったようだね。しかし、カールの野郎がここまでやらかすとは。話が漏れたツケにしてはデカ過ぎるな」
腰に手を当てながら眼下の惨状に対してそう漏らしたのは、イムカ議会前議長の名代としてついて来ていたイゾルデだ。今後の話もあるだろうからと同行してもらったのだが…
「この状況だとついて来ておいて正解だったな。この上名代も立てずにうちの国との和平が保証されなかったら、ただじゃ済まなかっただろう。とにかく、オタクの首脳部に会いにいくんだろ?」
「そうだな。行くのであれば急ごう。このまま城壁伝いに行けば安全に辿り着くことができるはずだ」
「了解です、先輩。じゃあ急いでーーーヨミさん?」
駆け出した仲間達のうちの1人がすぐに歩みを緩め立ち止まったことで、彼らは再びその足を止める。
僅かに怪訝な表情を滲ませたカケルが語りかけたシノビ装束の少女は、普段の鋭利な雰囲気からは想像できないような苦しそうな顔をしていた。
「ごめんなさい、皆んな。私…せめて今生きている人達だけでも、どうしても助けたくて…。ここで…別れさせて欲しい」
彼女との関わりの中で初めて見せる懸命な様子に、カケル達は驚きを隠せず再び黙り込んでしまう。ただ、ここでも、最も早く立ち直ったのはカケルだった。
「ーーー分かった。ヨミさんの風と水魔法なら、この状況で一番活躍できるだろうしね。皆の避難の手伝い、頼めるかな?」
「……っ!恩に、切る」
穏やかな調子のカケルの言葉にヨミはその深い黒色の瞳を一瞬見開き、その後に深々と頭を下げるとすぐに城壁から燃え盛る王都へその身を躍らせていった。
その様子を静かに見ていたカケルは僅かな沈黙の後、残る仲間達に向き直った。
「それじゃあ皆。俺達も俺達の役目を果たそう」
「「「おう!」」」
改めて気合を入れ直した勇者パーティは、王宮を目指して再び白亜の城壁を走り出した。
☆
辿り着いた王宮の中枢は混乱を極めていた。
避難してきた人々は王宮のあちこちにひしめき合い、同じく運び込まれた負傷者や死者と肩を寄せ合っている。町医者や軍医、御用医までもが出張って対応をしているようだが、とても彼らだけでどうにかなる規模の災害ではない。
「すいません、カケル。勝手ながら私も皆さんの治療に回ります。この状況はとても見ていられません」
「分かった、頼むよ」
「はい」
魔女姿の小柄な少女、リンはカケルの返事を聞くか聞かないかの内に駆け出していった。
それと入れ替わるように王都守備隊らしき重厚な鎧を纏った兵士がこちらに向かってくる。
「アリシア隊長!それにカケル殿も!王都に戻っていらっしゃったんですね!…そちらの方は?」
「ボルス!無事だったか!彼女は我々の新しい仲間だ。すまないが私も帰ってきたばかりで状況が掴めん。国王陛下や他の重鎮方はどちらへ?」
「は…はっ!皆様広間にて対応されております。ご案内いたします、こちらへ!」
アイリスの言葉を受けた若い兵士はその意を即座に汲み取り、カケル達を案内する態勢になる。
「行きましょう、先輩。イゾルデさん」
「ああ」「あいよ」
カケルはがそう促すと、アイリスとイゾルデも一つ頷いて彼に続いた。
☆
彼らが通された広間もまた、混乱と対応の渦中にあった。
「誰か、現時点での街の被害状況を報告せよ!」
「健在な守備隊3つを避難誘導と救助に回せ!あの怪物の相手などするだけ無駄だと言っているんだ!それよりも1人でも多くの国民の命を救うことを優先しろ!」
「そもそもあの化け物は何なのだ!?近郊のダンジョンがアレに成ったという報告は本当か!?」
広間には、身にまとう衣は煤け、体のあちこちに負傷を示す包帯を巻いた貴族や武官らが互いに怒号を浴びせ合いながら働く光景が広がっていた。先頭を歩く兵士はその中を躊躇うことなく進んでいき、広間の中央、この災害に当たる中心と思しき人々が集まる卓へとカケル達を通した。
「隊長、アリシア様とホウショウ・カケル殿、そしてお仲間方をのをご案内いたしました」
「何?はっ、これはお二人とも。無事に戻られて何よりでございます!陛下!ホウショウ殿とアリシア様がご帰還されました!」
「おおぉ!」「これでどうにかなるかもしれん」「早く報告を…!」
兵士が声を掛けた隊長格らしき男が卓の上座に向けて声を響かせると、それに応じるように広間のあちこちから期待の声が上がった。
「…よし、沈まれ」
その時、上座中央で事態を見守っていた国王が厳かに告げたことで、広間は水を打ったような静けさに包まれた。
「緊急の仕事に追われている者は聞かなくても構わないが、極力音を絞ってほしい」
静かだが腹の底から響く国王の言葉に、さらなる音を立てる者はいない。皆一様に、次の言葉を待っているようだった。その様子に満足げに数度頷いた国王が、卓を挟んで自身の斜め前に立つカケルに顔を向ける。
「それでは、報告を聞こうか」
「はい、簡潔に申し上げます。イムカ議会におけるクーデターは成功。戦争終結の見通しは立ちました」
この報告に、広間のあちこちから少なからず歓声が上がる。
「しかし、首謀者と思しきカール元宰相の捕縛には失敗。…結果として、今回の王都侵攻を招いたと思われます」
「なんだと…?」「戦争が終わってもこれでは意味がない!」「責任を取らせるべきだ」
続く報告に広間はにわかに殺気立ち非難の声が上がるが、彼らの心情も理解できるカケル達はそのまま押し黙るしかなかった。
これに助け舟を出したのは、依然として静かに話を聞いていた国王だった。
「皆、静粛にせよ。このような事態に気持ちが昂るのは分かるが、今は心の内に収めて話を聞くべきだろう。せっかく連邦の懐刀とまで称されたイムカの総司令、イゾルデ殿が見えられているのだ。『失敗しました』だけで済ませにきたわけではあるまい?」
意味ありげに視線を向けられたイゾルデは、それに倣った広間中の視線が突き刺さり罰が悪そうな顔をしながら前へと進み出た。
「あー、ご挨拶が遅れて大変申し訳ない。先の停戦を受け、前議長の名代として同行させてもらったイゾルデ・セーズと言う者だ。和平の証としてついて来たのだが、この事態だったので身元を明かす機を逸した。ご勘弁願いたい」
唐突な指名ながらもイゾルデは慣れた様子で話し始めた。
「それと先に弁明しておきたいのだが、今回の件でホウショウ・カケル君達を責めるのは間違っている。カールは亡命して以来ずっと貴国へ復讐する手段を探っていたようだ。事態の元凶である奴にこそ、責任を求めるべきだろう」
「そうか、カールめがな。そこに触れられると、我々の立場としても深く追求するのは避けたいところだ。それで、研究と言ったな?イゾルデよ」
「はい。奴自身は取り逃がしましたが、奴の屋敷にあった証拠品の数々は辛うじて抑えることに成功しました。それがこちらになります」
そう言って、イゾルデは持っていた書類の束を卓上に広げた。それを、卓を囲んでいた貴族や武官達が次々に手に取る。
端正な字で几帳面に書き連ねられた書類の数は数十枚に及び、この世界のあらゆる可能性を持ってして王国を滅ぼそうとしていたカールの執念が窺えた。
「ダンジョンの正体…。建国時の内乱で用いられた兵器と書いてあるぞ!」
「そうか、奴は現存していた兵器を利用したんだ。くそっ、そういえば冒険者ギルドも奴の管轄だったか…!この国のあらゆる情報は奴の手の中にあったというわけだ…」
「未知の素材。そんな物でできた兵器を倒すことなどできるのか?」
誰ともなく読み出した彼らは、一様に驚愕と悲観を浮かべている。通常時であれば国王の前でのそのような狼藉は許されないのだが、嗜めようとする重臣を国王は黙って手のみで制し、続けさせる。
そんな中、1人の貴族が声を上げた。
「こ、これは!」
「何だ、何を見つけた?」
「あの『雄牛』に関する記述です!『熱を放ち続ける雄牛はいずれは自身の熱を持ってして自壊する。ただし、目標である王国、ワ、連邦を滅ぼすには十分な猶予があると想定される』とあります!」
「なるほど、自身の熱量への耐性限界か」
「だがどうする?脚部へ火属性の攻撃を集中砲火して破壊するなど考えることはできるが、移動中の的を正確に狙い続けるのはいささか骨が折れるぞ?」
「それに悠長に攻撃を繰り返しても王都への被害は増えるばかりだろう」
僅かに見えた打開策も、その現実味の薄さから諸手を挙げての賛成とはいかないようだった。再び広間を重苦しい沈黙が支配するがーーー
「あの『雄牛』の動きを封じることが出来れば良いのだな?」
「はっ。それが叶えば討伐への道は開くと存じますが…」
ゆっくりと口を開いた国王に、先の貴族は口ごもりながらも明確に頷く。
「それならば手が無いこともない。都合の良いことに、あの化け物もまっすぐ王宮を目指しているようであったしな」
口髭を触りながら誰にともなく呟いた国王に、広間中の人間は首を捻りながらも次の言葉を待った。
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