第10話 傭兵と商人とそれぞれの戦時下 ②


「敵陣より複数の砲撃確認。着弾ーーー今!」


「全部弾き飛ばす!対砲撃盾、展開!」


 ヨミの合図に合わせるようにカケルが手を翳すと、黒い瞬きと共に彼らの周囲に白銀の大盾がいくつも現れた。目標に向けて過たず放たれた砲弾はしかし、その全てがカケル達には届く前に盾によって弾かれる。


「カケル、第一陣来るぞ!」


 砲撃の合間をすり抜けるようにして飛び出して来たイムカの兵士数人がカケル達に襲いかかる。


「ぐっ!」


 最初にカケルに到達した兵士は両手剣を振りかざし、大上段から斬りかかった。対するカケルも腰の剣を抜いて打ち合わせ、鍔迫り合いに持ち込む。


「スキル発動!ーー『雷撃剣』!!」


「いきなりスキルって!」


 『雷撃剣』。体に電撃をまとい、稲妻の如き速度で対象に肉薄し斬り抜く擬似スキルだ。イムカの兵士は即座にカケルから距離を取ると、腰を落として右に剣を構え突撃の姿勢を取る。

 ーーが、その兵士が次の動作に入ることは無かった。


「ーースキル、『雷撃剣』」


「ぐはっ…!?」


 なんと言うことはない。彼が攻撃に移るよりも先に、カケルの放った斬撃スキルがその両腕を斬り飛ばしたのだ。


「ああああああああ!腕が!?うでーーぐっ…」


「ごめんね。でもこれ、戦争だから」


 カケルは想像を絶する痛みにのたうち回る兵士の首を一閃。事切れた彼を見下ろし、静かに呟いた。


「カケル!のんびりトドメなど刺している暇は無いぞ!次に備えろ!」


 その横で別の兵士を下したアリシアが叫ぶ。彼女の言う通り、敵の陣地からは次々と新たな兵士が飛び出してくる。


「それにしても、イムカの兵士はこちらとは随分違いますよね」


 繰り出される槍を躱しながら、カケルはアリシアに言葉を投げる。


「ああ。装備はもちろん、部隊構成や戦術の側面から見ても全く異なっている。我々は非常に均一化された軍隊だが、彼らは一人一人の個性を活かした軍隊だ。言ってしまえば、冒険者達のパーティに近い形だな」


 イムカの軍隊に大隊や師団といった大きな単位は存在しない。5人前後の小隊を基準として、その中の人員のみで前衛、後衛、斥候などの役割をこなすのだ。

 人的資源に乏しいイムカ特有の構成であるが、その個人個人の能力と練度の高さは、数に勝る王国軍と対等に渡り合う程のものである。


「それにこの武器、っ!?」


 相手と刃を合わせた瞬間、その刃が炸裂しカケルの剣が吹き飛ばされる。体勢を崩し、得物も失ったカケルに追撃をかけようとするイムカの兵士だったが、ストレージより新たに飛び出した槍に貫かれ、そこで息絶えた。

 ここまでの戦闘で分かる通り、イムカの使う武器はその全てが魔術具なのだ。先が炸裂する槍や先程から撃ち込まれている砲撃など、その高度な技術力によってスキルを持たない兵士でも複数の王国兵を相手取れるという状況を実現している。


「また砲撃…いや、これは…!」


 もう何度目になるか。大気を切り裂きながら飛来する砲弾の音が近づいてくる。が、それがこれまでと僅かに異なることに気が付いたのはヨミだけだった。

 緩い軌道を描いてカケル達の直上に達した砲弾は突如爆発し、大量の煙を撒き散らした。


「煙幕か!」「そんな物まで!?」


 不意に視界を奪われたカケルは自身の前に盾を出現させ、アリシアはいつでも対応できるよう身構える。だが、イムカ軍の狙いはそこでは無かった。


「カケル!奴らこの煙幕を利用して城壁に到達するつもりだ!!」


「くそっ、やられた!」


 1人戦場を俯瞰していたヨミの言葉を受けたカケルは周囲にいくつものストレージを展開。すると空気中に広がる煙が瞬く間に収納され、クリアな視界が一瞬にして戻ったのだ。


「虎の子だ!受け取れ!!」


「何だ!?何故煙幕が…ぁあ!?」


 続いて展開された複数のストレージから撃ち出された大量の剣や槍が、飛行用魔術兵装を用いてカケル達をすり抜け城壁へと迫っていたイムカ兵達を容赦なく叩き落としていった。

 が、それでも全ての敵兵は撃ち落とせない。飛び交う凶器の嵐を掻い潜った兵士が1人突出すると、その勢いのまま急上昇して城壁を見下ろせる位置に到達した。

 

「要塞の方はもうほとんどもぬけの殻か!まあ良い。こいつで大穴開けてやればすぐに追いつける」


 兵士は眼下を一瞥すると、城壁に向けて持っていた砲撃魔術兵装を構え、その引き金を引いた。

 リンの魔術防壁に着弾した砲弾は特殊な術式が組み込まれていたらしく、それまで頑強にイムカの攻撃から要塞を守っていた魔術防壁は音を立てて崩壊する。


「そんな、一撃で!?」


「よし!次で崩す!」


 要塞に向けて再度照準を定めたイムカ兵を前に、勇者一行はあと一歩が足りない。


「カケル!ごめんなさい、再展開が間に合いません!このままだと残ってる皆さんが…!!」


 が、そんな窮地を前に1人の男が立ち塞がった。


「若い連中にあれだけ活躍されちまうとな、こんな状況なのに血が騒いじまうだろうが」


「あの人は…」


「司令官さん!?」


 そこには、城壁の上からカケル達の戦い振りを見ていたゴルドンが、好戦的な笑みを浮かべて立っていた。



             ☆




「ちょうど良い。司令官諸とも吹き飛ばしてーーうお!?」


 思いもよらない手柄を前に頬を緩ませ引き金を引こうとした兵士は、不意に真下から気配を感じ咄嗟に背後に飛び退いた。直後、地面が大きく盛り上がりそれまでイムカ兵がいた場所に巨大な土の柱が屹立する。


「土魔法かっ!」


「おいおい、そんなところでボケッと浮いてると死ぬぜ?魔術師隊、追撃しろ」


「「「はっ!」」」


 最後まで王国兵達の撤退の援護をしていた部隊だろう。ゴルドンの指示に従い空を飛ぶイムカ兵に向けて次々と巨大な柱を打ち込んでいく。 


「厄介な…。だがそんな大ぶりな攻撃じゃいつまで経っても当たらない!」


 だが、兵士はそんな猛攻に引くこと無く、その機動力を生かした動きで紙一重の攻撃を躱していく。そしてついに土柱の射程範囲を抜け、ひらけた視界の下に躍り出た。


「よく戦ったが、ここまでーーー」


「お前が、な!!」


 城壁の目の前に飛び出したイムカ兵の前には、巨大な槍型の魔術具を構えたゴルドンが立っていた。

 

「貴様…!土魔術で誘どおおっーーー」


 魔術による爆発力をもって撃ち出された槍は、イムカ兵が話終えるよりも先に彼の命を刈り取った。その手にある砲術兵装は、脊椎が残した反応が指先に伝わったことで火を噴くが、頭部を失った体では制御も利かず、ゴルドンの頬を掠めて遥か後方に着弾し大きな爆発を起こしたのみだった。


「撃破確認。よし、お前達も撤退しろ」


 ゴルドンは墜落したイムカ兵の亡骸を確認すると、後ろで控えていた魔術師達に指示を飛ばした。



             ☆



「やるじゃん、あのおっさん」


 城壁を舞台に繰り広げられた一連の戦闘を見ていたカケルは、司令官だった男の手際の良さに思わす声を漏らした。

 と、変わらず城壁に立っていたゴルドンがその足元から王国旗を取り出し、大きく振り始めたのが目に入った。


「っ!カケル」


「はい、先輩。撤退完了の合図です!」


 あらかじめ、撤退する部隊の殿しんがりが安全圏に到達したらゴルドンに連絡が行くようになっていた。そして、ゴルドンがそれを受け取ったら、前線で時間稼ぎをするカケル達に件の旗で知らせるのだ。


「皆、その場を動かないでね!」


 カケルはそう叫ぶと、自分を除く仲間とついでにゴルドンをストレージに収納。それが完了すると、今度は自身とイムカ軍の間にストレージの出口を展開する。

 その動きに、ここまで予測の出来ない方法で攻撃を受けて来たイムカ軍は一瞬動きを止める。

ーーー次の瞬間、ストレージ内から大量の煙幕が放出され、双方の視界を大きく遮った。


「これはそちらにお返しするよ。それじゃ、縁があったらまたどこかで」


「くそ、逃がすな!」「まさか、これは我々の煙幕か?」「誰か風魔法を、早く!」


 意趣返しと言わんばかりの煙幕と、煙に紛れて姿を眩ました勇者。2つの衝撃に襲われたイムカ軍は、先の警戒も意味を成さないまま恐慌状態に陥った。

 


 どうにかして煙幕を晴らした彼らの前には当然ながら勇者の姿は無く、もぬけの殻になった要塞が残るのみだった。

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