第9話 秋と祭りと宣戦布告 ①
ハンスの元を訪れてから早くも二ヶ月の時が経とうとしていた。既に秋も深まった王都では、収穫祭が始まろうとしていた。
収穫祭は、一年の節目を祝う国を挙げての一大行事。王国民による出店や演劇はもちろん、王宮お抱えの楽団や歌手による演目など、普段はなかなかお目にかかれない出し物も王都のあちこちで催されるのだ。
そして、商工ギルドに属する商人達もまた、様々な出店で持って祭りの盛り上がりに貢献するのだ。それは路地裏の小さな雑貨屋も例外ではない。
「てんちょー、参加賞の景品の在庫どこに置きます?」
「受付のした〜はもう一杯ですよね。まあ、とりあえず人目につかないところにお願いします」
「そんな適当なぁ…」
デニス雑貨商の面々はいよいよ傾き始めた太陽の下、今夜に迫った祭りに向けて忙しなく動き回っていた。
「あ!ユリアだ!今年もあれ出すのー?的当て!」
作業していると、通りがかった子ども達がユリアに話しかけてくる。
「出すよー。今年は面白い景品いっっっぱい用意してるから!」
「うん!」「今年は絶対1等落としてやるからな!」
笑顔で明るく答えるユリアに、少年少女らは瞳を輝かせながら色めき立つ。
彼らの反応を見てもらえれば察することができるかもしれないが、意外なことに私の店が主催する「射的屋」はこの祭りでも人気のある出店の1つだ。
火の大陸由来の武器、『テッポウ』。これまた大陸由来の『黒い水』を動力として鋼鉄の弾丸を神速で撃ち出す魔術兵装の一種だ。これを危険の無い形で再現した玩具でもって台に並ぶ景品を狙い撃つ。物としてはそれだけの店なのだが、その真新しさと面白さから、幅広い層の人々に人気を博していた。
「私達の店がミドルのところより注目される数少ない機会なんです。頑張りましょう!」
「店長さん…言ってることだいぶみみっちいの気づいてる?」
「みみっちくても勝ちは勝ちです」
曇りの無い
「おーいデニス。なんだ今年も気合入ってるな!」
「やあアサヒさん、こんにちわ。せっかくのお祭ですからね。店のためにも傷跡を残さないと勿体ないんです」
反応の悪いレオナを見送ると、次に声をかけてきたのは馴染みの行商、アサヒだった。彼は棚に並べられていく景品を興味深そうに眺めている。
「相変わらずちょくちょく良い物置いてるな。この彫像なんて俺が欲しいくらいだ。それ以外にも…子供に人気のありそうな玩具も多いあたり、流石に需要をも抑えてるな」
「こういうところで良い印象を得ておくと、後でお客さんとして定着してくれますから。実際学生のお客さんが私の店では1番多いですからね」
「確かに、手頃なインクとか紙とか、そういうのよく卸してるな」
流石、取引の多いアサヒは理解が早かった。
その後も屋台を眺めていた彼はふと足を止めると首を傾げた。
「なあデニス。やたらと数の多い木剣とか兵士の人形とか、微妙に物騒なもんが去年より増えてないか?」
「ああ、それですか…」
鋭いところを突かれ、私は溜め息をついた。
「王国からギルドの方に要請があったんです。『富国強兵のため、戦いを思い起こさせるようなものをそれとなく置いておけ』とね。注意して見て回れば、祭全体で例年よりも国家色が濃いことは感じられると思いますよ」
「そうか、それは…あんまり聞きたくなかったなぁ」
「ハンスが言っていたことがだんだん事実になってきてますね。王国は水面下での戦争の準備を加速させているみたいです」
「そういやゴルドンもすっかり前線に出ずっぱりで、ここのところ顔見てないな」
愛すべき禿頭の傭兵は、ここ1ヶ月ほど姿を見せていない。以前からたまに派遣されていた前線の陣地構築やその警備任務の頻度が最近極端に増えており、現場に行ったっきり帰って来れなくなってしまったのだ。
「あれで歴戦の傭兵らしいですからね。結構な数の部下を従えて指揮を取っているって言っていましたよ」
「本当かぁ?あいつが仲間といるとこほとんど見たことないぞ?」
「それはほら…。部下がいるからといって人望があるとは限りませんから…」
「あっ…」
察したように口に手を当てるアサヒ。
ついつい、いつものノリで揚げ足をとるようなことを言ってしまったが、
「…ツッコミ役がいないと締まりませんね」
普段であれば鋭い返事が返ってくるであろう言葉が宙に取り残される。オチのない会話は私達の間になんとも言えない空気をもたらした。
「はぁ…。まあ良いさ。じゃ、俺は他の店も回ってくるわ。出店の方がひと段落したくらいにまた顔出すよ」
「ええ、お待ちしてます。終わったらまたいつもみたいに飲みましょう」
「おう、また後でな」
軽く手を上げながら、アサヒは人混みの中へと消えていった。
やがて、突如尾を引くような音が鳴り響き、王都の上空で炸裂した。それは大きな爆発音と共に、鮮やかな彩りを夕日が照らす空に散りばめる。祭りの始まりを告げる花火の試射が始まったのだ。それは同時に、もうまもなく祭りが始まることを示してた。
「さ、気合を入れて残りの作業を片付けましょうか」
花火に応えるようにして街中に響き始めた楽団や歌手らの音色を背後に聞きながら、私は目の前の仕事の仕上げに取り掛かった。
☆
「ただいま射的は1時間待ちとなっておりまーす。予備のテッポウも持ち出しまして、できる限りの回転率でやってまーす。だから許してねー!」
いつにも増して人通りが多い表通りに、緊張感を欠いた少女の声が響く。祭りが本格的に始まってはや2時間。デニスの射的屋は例年に勝る忙しさの中にいた。
「レオナお姉ちゃん!1個も当たらなかったよ!」
「おお、じゃあ参加賞のお菓子だね。はい、また来いよー」
元気な子供達に慣れた手つきで景品を渡すレオナは、その表情に僅かに疲れを滲ませながらも、笑顔で彼らを見送った。
「ではこちらがテッポウと玉になります。説明は…あ、やったことがある?じゃあどうぞ!始めちゃってください!」
その隣では、デニスが新しいお客さん相手にヤケクソ気味の接客をしている。
「店長さん!これそろそろやばいって!もうあたしらだけじゃ捌き《さば》切れないよ!列の整理に出してるユリア呼び戻そう?」
「すみませんレオナさん。もう少しだけ耐えてください!」
仕事の間にできた一瞬の隙を突いて、客に聞かれないよう小声で話し掛けてきたレオナを押し留め、私は腕時計の時間を確認する。
「応援は手配してあります。そろそろ来ても良い頃なんですが…」
「それは私のことですね?デニスさん」
「っ‼︎ はい、お待ちしてましたよアカツキさん!」
「すいません、遅くなっちゃって。そらにしても、今年も大盛況ですねえ。これは私も腕が鳴っちゃいます!」
図ったように背後から声がして振り替えると、空色のギルド制服をピッチリ着こなしたアサヒが立っていた。
「やっぱ応援ってアカツキさんだったか。ま、他に店長さんに手を貸すような変わり者はいないか」
なるほど、という風に腕を組んで納得顔をしているレオナには一言二言言っておきたい気もするが、今はそれどころではない。
「ではアカツキさん、早速で申し訳ありませんが、受付に入ってください。仕事は…」
「遊びに来たお客さんとやり終えたお客さん、両方への対応ですよね。任せてください!」
が、そこは流石と言うか、アカツキの方は既にこちらがやってもらいたい事を理解しているようだった。
「お願いします。在庫はもう折り返しの地点に来ています。皆さん、最後の追い上げ、頑張っていきましょう!」
「はい!」「はいはい」
思い思いに答え、私達は再びそれぞれの戦場へと戻っていった。
☆
それからまた数時間の時が経った。道を埋め尽くさんばかりに歩いていた祭り客が、ようやく半数程度までその数を減って来た表通りには、既に全ての景品を売り切った射的屋の面々が疲れ切った様子でへたり込んでいた。
「アカツキさん、流石だったね。すごい勢いでお客さん捌くから、たまに何人もアカツキさんがいるみたいに見えた時あったよ」
「いえいえ、私はこういう仕事に慣れてるだけだから。そんなシノビみたいなことはできないわよ」
「それはそうでしょうけど、でもレオナさんの言うこともわかります。正直、毎年毎年アカツキさんが来てくれることを前提に発注してるまでありますから」
「いや、それはそれでどーなんですかてんちょー」
賑やかな祭囃子を背後に聞きながら、ポツリポツリと互いの労を労う。
あくまで個人的な感想だが、私は大きな仕事が終わった後のこの時間が、結構好きだった。
そうして気を緩めて椅子に座り込んでいると、突然首筋に冷たい何かが押し当てられる。
「~~~!?!?」
「お、良い反応」
「な、何するんですか!…ってやっぱりアサヒさんですか」
思いもよらない衝撃に飛び上がった私の視界に、キンキンに冷え飲み物がなみなみと注がれたグラスを、両手いっぱいに抱えたアサヒが立っていた。
「お疲れさん。今日1日頑張ったお前らに俺からの奢りだ」
そう言うと、今だ呆けている我々の胸にそれぞれ飲み物を押し付けていく。
「おー、アサヒさん気が利くね」「これはうれしいです!ちょうど冷たいものが飲みたかったんだよね」「兄さん、ありがとうございます」
「ま、俺から出せるものはこんなもんだ。あとはきっと店主様が、それはそれは素晴らしい報酬を用意しているさ。そうだろ?」
口々に感謝を述べると、アサヒは上機嫌な顔で頷きながらその場を制すると、面白そうに私の顔を覗き込む。
「待ってください。あまり期待値を高められると外した時が辛いんですが」
「またまたそんな謙遜を。じゃあ、主役のデニスさんに、とりあえず乾杯の音頭を取ってもらおうか?」
「アサヒ、あなたは…」
他人事の奴は調子が軽くて羨ましい、と溜め息をつく。が、いつまでこうしてても仕方がない。こういうことは、溜めれば溜めるほどに期待させてしまうものだ。
「んんっ。では恐縮ながら音頭をとらせて頂きます。皆さん、本日は本当にお疲れ様でした。この後は王都一番食堂に席を取ってありますから、そちらの方で改めてお祝いをしましょう。ですがとりあえず、アサヒさんの厚意を立てておこうと思います。それでは…
ーーー乾杯 ‼︎ 」
「「「乾杯 ‼︎ 」」」
☆
王都一番食堂は、文字通り王都で一番の大衆食堂だ。普段から混み合っている食堂は、祭りの最中ということでいつもの比ではない賑わいを見せていた。
「やー、やっぱり祭りの最後は一番食堂だよねぇ!」
「たまには出店の手伝い無しでも良いと思うけどねー。あれあるとあんまり回れないし」
「良いじゃない。明日は別の方が出てくれるから最初からお祭りの方に行けるんでしょ?あの感じだと、貴女達無しじゃとても回らないわよ」
「なんで本業じゃ今の人数ですら持て余し気味なのに、出店ではあんなに繁盛するですかねー」
「商才の方向が本人の思ってる方と違うんだろう。転職すれば?」
そんな喧騒に負けず劣らず、雑貨商の一同が座る席も大いに盛り上がっていた。
「しーまーせーんーよ! 絶対しませんからね」
そう言う私自身も、今日は少しだけお酒を入れて酔いに身を任せている。
「おいデニス!今年も大盛況だったな!」「俺の息子が何度も並びたがるから、他の店に行く暇が無かったよ」
「毎度どうも。明日も出すので、またご利用下さい」
「いや、俺はさすがに勘弁だな」
祭りの様子が見えるよう屋外の席を取ったためか、ちょうど苦笑いを浮かべながら去っていった顔馴染みのように、声を掛けてくる人間は多い。
祭りのお陰で皆普段よりも高揚しているのだろう。
「じゃ、そろそろいつものやつやりますか!」
「お、待ってたぜユリア!」
おもむろに楽器を取り出して立ち上がったユリアを見て、周囲から歓声が上がる。
祭りは芸術家にとってへ自由度の高いある種の舞台だ。それは、音楽家を目指すユリアにとっても変わらない。
「最初はいつものこの曲!『美しき我らの
よく通る声で紡がれたそれは、王国民であれば誰もが知る歌の名だ。ユリアは楽器を片手に踊るように演奏を始めた。軽快な弦楽器の音色が奏でられると、それに合わせて手拍子が鳴り出す。
本来であればもう少し穏やかなその曲は、ユリアによって明るい曲調に変更されている。やがて演奏に合わせてアカツキが歌い始めると、皆がそれに続いた。
そこから先は通りを巻き込んでの大きな流れだ。歌う者、踊る者、演奏に加わる者。皆思い思いに祭りに興じ、楽しんでいる。
こうして、収穫祭が彩る王都の夜は更けていった。
そして祭りの明けた早朝、王国民は国王の口から、イムカによる宣戦布告を受けたことを知らされた。
ーーー戦争は、唐突に始まったのだ。
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