第8話 海と先代と港湾都市 ③


 トリスの中央通りに併設された市場は、今日も大いに賑わっていた。南部由来の色とりどりの果物、港で採れたばかりの新鮮な魚介、世界中から集まってくる服や宝飾品、そして雑貨。

 ここは、商いをしているものにとって、大型百貨店に匹敵する魅力的な場所だ。


「ちょっと店長、置いてくよ」


「すいません、レオナさん。あと少しだけ。このお店を見たら行きますから」


「いや店って…。せめて棚にしてよ。このままだと次の十字路にたどり着く前に日が暮れんだけーー」


「おお!見てくださいアサヒさん。このペン先、火の大陸でしか生息していないヴォルカニク・コンドルの羽でできているそうですよ!」


「すごいな!実在するのか怪しいって話だけどまさかこんなとこでお目にかかれるとは」


 既に同行者らのことなど眼中にない様子のダメ商人達。


「レオ〜、これもうダメでしょ。聞いてないよ」


「あ〜も〜置いていくか!付き合ってらんないし」


「ほら、アカツキさんも行こっ!あの人達に関わってるとお店全部回れないよ」


「え?でもユリアちゃん、私はデニスさん達が会いに行く人に用があって…」


「大丈夫大丈夫。どーせ午後過ぎてもこの辺にいるだろうし。私達は私達で楽しんどかないとぉー!」


 デニスらの盛り上がりに取り残され、所在無さげにその後ろをついて回っていたアカツキは、ユリアに引き摺られるようにしてその場から連れていかれる。


「デニスさん、兄さん、後のことはよろしくお願いします~……」


 人混みに揉まれ遠ざかっていくデニス達に向けて、アカツキは切れ切れに後を託した。


「ん?今誰かに呼ばれたような?」


「気のせいですよ!この人出ですから。それよりこっちの商品を見てください!これはーーー」


が、残念ながら当人らに伝わった可能性は高くはなさそうだたった。



             ☆



「じゃあ、まずは何から見ます?」


「私は靴かな~。仕事だとだいたい制服決まっちゃってるから、靴くらいしかこだわれないのよね」


「確かに。この旅行中にアカツキさん見ると新鮮な感じがしたのって、ずっと私服だったからかな」


 ユリアによって強制的に連れて来られたアカツキだったが、既に抵抗は諦め、買い物を楽しむことに決めたらしい。

 そこから3人は、服飾を扱う店を中心に周り始めた。


「このブーツ良いなあ。使ってるのは東部の牛革よね。あそこの品質良いからなあ」


「あ、確かに良いですね、これ! 大人っぽい感じがすごいアカツキさんに似合いそう」


 店先で話し込んでいたせいだろう。気の良さそうな店主の男が声を掛けてきた。


「…お嬢さん達見ない顔だね。観光かい?」


「はい、今日は1日市場を見て回るつもりだったんですけど、どのお店も素敵な物がたくさんあるので周り切れなさそうで」


「この街に来た客は『もっと時間があれば』って嘆きながら満足そうに帰ってくよ。気持ちは分からなくはない。そのブーツ、気に入ったのなら安くしとくぞ?人気商品は回転も早いから、安いうちに買っとくべきだと思うが」


「あはは…、さすが目ざとい」


 アカツキが魅力的な商品を前に多いに心を揺らしていたことがバレていた事を察し、少々バツが悪くなる。


「まあでも、せっかくなので他のお店も見てみます。また後で来ますね」


「なんだ、財布の紐が固いな!。けど良い判断だ。色々回ってこの街を堪能してってくれ」


「ありがとうございます。じゃあ行きましょうか、ユリアちゃん、レオナちゃん…あれ?」


 その場を後にしようと声をかけると、ユリアの姿が見えない。


「ユリアならあっち」


 アカツキの視線を受けたレオナが指を指した先、今いる店の向かいにある果物屋の行列の中にユリアを見つけた。

 その店では、薄いパン生地に色とりどりの果物と生クリームを乗せて巻いた、クレープと言う食べ物を売っていた。何でも先日やって来た勇者が広めたものらしいのだが、これが女性を中心に爆発的な当たりを見せ、今ではトリスの名物として人気を博しているらしい。


「二人の分も買っておいたよ!」


 いつの間にか長い行列戦いを制していたらしいユリアは、満面の笑みで戦利品を渡してきた。


「もう…あんまり勝手にいなくならないでね?」


「ふぁい。もぐもぐ…」


「はあ…」


 口一杯にクレープを頬張りながら答えるユリアは、果たして聞いているのかいないのか。


「でもま、たまには良いか」


 と、一人ごちるアカツキ。以前来た時は忙しくてまともに見て回ることもできなかった。せっかく観光に来たのなら、今くらい楽しんでもバチは当たらないだろう。

 そう結論づけ、アカツキもまた、手元のクレープにかぶりついた。



             ☆



 女性陣が噂のスイーツに舌鼓を打っていた頃、商人らによって足ドメを食らっていた男性陣もようやく動き始めていた。


「ここです」


 私たちが来ているのは、港から少し離れた川沿いの地区だった。


「いつ来ても煙たいな」


「仕方ありませんよ、鍛冶屋街なんですから」


 息苦しそうに顔をしかめるハンスをたしなめつつ、私は分厚く重い扉を開いた。

 この地区にはたくさんの鍛冶屋が集中している。それは港から降ろされた金属を運び込み、日用品や武具などに加工して再び売り出すのに最適な位置だからだ。

 今日我々がここに来たのは、頻繁に世話になっている、とある鍛冶師に挨拶をするためだ。


「こんにちはリカルドさん。今日の昼前に伺う約束をしていたデニスです」


入ってすぐに声を掛けてみたが、受付には誰の姿もなく返事もない。ただ、作業場の方からは景気の良く槌を振るう音が聞こえていた。


「奥だな。行くぞ」


 その様子を見てとったハンスは、金属製品がところ狭しと並べられた玄関を抜け、ズカズカと作業場の方へ踏み込んでいった。


「我々も行きましょう」


「大丈夫なのか?勝手に入っちまって」


「大丈夫です。ハンスが行ってしまった時点で色々手遅れですから」


 至極真っ当な疑問を口にしたゴルドンに、私は力なく笑いながら先を促した。

 作業場は熱気に包まれていたが、案の定作業自体は止まっていた。仁王立ちしているハンスを作業服姿の褐色の肌色をした若い鍛冶師が睨みつけているところを見ると、恐らく無理やり中断させられたのだろう。


「リカルドさん。お久しぶりです」


「デニスか…。今日はまともな話ができるって期待してたのに、なんでこいつがいるんだ」


「すいません。どんどん先に行ってしまって止める間もなかったもので」


 鉢巻でまとめた黒髪を振り乱しながら怒鳴っていた鍛冶屋は、私の弁解にも不服そうに鼻を鳴らす。


「まあ良い。それより、僕はあまり暇じゃないんだ。連れてきた連中の紹介をとっとと初めてくれ」


「はい。こちらのいかつくて禿げているのがゴルドン。いつもリカルドさんに肩の鎧を依頼している奴です」


「お、おう。ゴルドン・トリアスだ。いつも世話になってるな」


 若い鍛冶師のその見た目に反した態度に驚いたらしいゴルドンは、珍しく歯切れの悪い挨拶を口にする。対するリカルドは腕を組んで目を細めると、ゴルドンの肩を睨みつけーーー


「やっぱりな。見覚えのある鎧だと思ってたんだ。おっさん、後で手入れしてやるからそこの作業台に置いときな」


 相当な年上相手にアゴで指示を出している辺り、謎の貫禄がある。


「それで、こちらがアサヒさん。ワ出身の行商人で、以前カタナの件で取引をした方です。今日は腕の良い職人という貴方に是非お目にかかりたい、と言うので連れてきました」


「そうか。こっちこそ世話んなったな。何か気に入ったもんがあれば持ってって良いぞ」


「アサヒだ、よろしくって…うえぇ!? それはありがたいが俺に対する反応少し雑じゃないか?」


 アサヒは自己紹介を待たずに畳み掛けられ、なんとも情けない声を上げる。


「丁寧な方だろ。俺の時に比べれば」


 初対面から大いに振り回されている男2人が小声で罵り合い始めたのを他所に、リカルドはゴルドンの肩鎧を手に取り作業台に向かう。しげしげと鎧の状態を確認していた彼はふと視線を上げ、私を見た。


「で、今日は何の用なの?」


「さっきも言いましたが、私からは挨拶程度です。リカルドさんが変わり無さそうなのは会って分かりましたし。強いて言えば、今後の事は少し気になっていますが」


「はぁ…。別に、とうの昔に捨てた故郷が王国と戦争始めようが、僕のやることは変わらないよ。この街から出るつもりもない。…あと、僕のことは呼び捨てで良いっていつも言ってるだろ」


「そうでしたね。すいません、リカルド」


 鍛冶屋のいつもと変わらぬ態度に、私は苦笑しながらそう返す。暗に聞いたつもりの戦争の話も、私の心配し過ぎだったようだ。

 褐色というこの国ではあまり見られない肌から分かる通り、この子は幼い頃に船の事故で王国に流れ着いたイムカ出身者だ。

 ハンスが拾ってきて、当時彼の弟子をしていた私が面倒を見た。そんな経緯から、鍛冶屋として才覚を発揮するようになり、こうして独立してからも交流が続いているのだ。

 商人としての武器が少ない私からしてみれば、この子のように腕が立つ職人は貴重なため、今をもって関係を続けてくれていることに関しては感謝してもし切れない。


「さて…ゴルドンとか言ったよな」


「ああ、どうかしたのか?」


 どうやら鎧の検分が終わったらしく、若い鍛冶屋がゴルドンを呼ぶ。


「鎧の消耗が少な過ぎる。大切にしてくれるのはありがたいが、もっと荒く使ってくれないと鎧の意味がない。ちょっとやそっとの戦闘でダメになるようなものは作ってないつもりだ」


「分かったよ。これからはちゃんと使ってやるさ」


「あとついでだから正確な採寸もやってやるよ。どうせ次もまた作るんだろ?だったらこの機会を逃す手はない。あっちに道具があるからついて来てくれ」


「今からか?あ、ちょっと待て、服を引っ張るな」


 次から次へと話を進めていくリカルドに、ゴルドンは早くも振り回され始めている。


「あ、そうだそこのワ人」


「うん?俺の事か?」


「お前以外に誰がいるんだ。たぶん商談か引き抜きに来たんだろうが、生憎と僕は直接仕事を受けるつもりは無い。何か作って欲しいものがあったらそこのデニスを通してくれ」


「先回りされちまったか。分かったよ、そうさせてもらう」


 少なくなってきてはいるが、ワによる腕の良い鍛冶屋の囲い込みはいまだに続いている。薄々勘づいてはいたが、今回のアサヒの同行もそれが目的だったようだ。


「そうしてくれ。この前のカタナの仕事は面白かったから、あれの話だったらきっと受けるよ」


 リカルドはアサヒの言葉に頷くと、ゴルドンを連れて工房の奥へと消えていった。



             ☆


「ぬお~重い~」

 

「毎年毎年買い過ぎ。ほんとよくやるよね」


 トリスの城門を背後に置いて、私達は今、荷物を馬車に積み込んでいた。


「ずいぶん大きな荷馬車を借りたな、って思ってましたけど、仕入れた物をたくさん積み込むからだったんですね」


「ああ。やたらと買い込む馬鹿どもがいるからな。その分も考えての大型馬車だ」


 ゴルドンはすっかり重たくなったユリアの旅行カバンを積み込みながら、アカツキに説明する。


「まあ、今年はアサヒさんの馬車もあるから余裕ある方だけどね。普段は馬が気の毒になるくらい積み上げてるし」


「馬車って意外と丈夫なんだなって毎年思うもんだ」


「へぇ…。それはまた何と言ったら良いのか…」


 遠い目をするゴルドンとレオナにアカツキは引き気味である。


「小僧!忘れ物は無いな?」


「大きい声を出さないでください。大丈夫ですよ」


 一方私はというと、ハンスとリカルドに別れの挨拶をしていた。


「土産も全部持ったな」


「はい、つつがなく。毎回貴重な輸入雑貨を都合していただいてありがとうございます。お客さんにも評判が良いので本当に助かっています」


「だろうな!俺が育てたお前の店だ。見立ては間違いないだろう」


 胸を張って威張り散らす先代。改めて思うが、もうそこそこの歳だというのに、ずいぶんと元気な御仁だ。まあ、元気であることに越したことは無いのだが。

 続いて、横に立っていたリカルドが一歩踏み出した。


「デニス、たまにはこうして僕のところにも顔を出せよ? やっぱり直に会わないと伝わらない、ほら、商品の雰囲気みたいなものもあるから」


「そうですね。お言葉に甘えて、これからはもう少し頻繁に顔を出すことにします」


 そう答えながら手を差し出すと、顔を背けながらも固い握手をしてくれた。


「デニスおじさん、またね!」


「メリーさんもお元気で」


 最後に、ハンスに抱かれていた少女と挨拶を交わすと、馬車へと歩き出した。やれやれ、ここからまた半日御者台か、と思いつつ梯子に足を架けたところで、背後から首根っこを掴まれ引き剝がされた。


「おっとと…どうしたんですか、ハンス。別れが寂しくなりましたか?」


「んなわきゃないさ。ただまあ、念押しみたいなもんだ。…俺達は商人だ。戦争だって、言い方は悪いが儲けるためなら利用する。だが、深入りはするなよ?」


「分かっています。そもそも私は武器の類はほとんど触りませんし」


 私の返事を聞いて、ハンスは珍しく視線を下げる。


「それもそうか。ま、最悪の事態になってもこれだけは忘れるな。自分の命と」


「全財産だけは何がなんでも守ること、ですよね。大丈夫、ちゃんと覚えています」


「さすが、できた弟子だな。言いたいことはこれで終わりだ。気ぃつけて帰れ!」


「はい。改めて、ありがとうございました。また来年会えることを楽しみにしてます。ああ、いや。もし王都表通りに寄ることがありましたら、ギルド横のデニス雑貨商をどうぞ御贔屓に、の方が景気が良いですね」


「言ってろ」


 私達はそうしてひとしきり笑うと、改めてトリスを後にしたのだった。

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