第4話 外食とカタナと勇者入学②


「どーした転校生!!一発も当たらないどころかファイアすら使えないのか?」


 ユーゴー・ビルトルク。今の宰相カール・ファン・ビルトルクの長男である彼は、家の栄光と彼自身の能力の高さから、クラスの、いや学年の頂点に君臨していた。

 そんな彼はカケルの転入初日から彼に絡み、その能力の低さを見下しては自身の能力を鼻にかけていた。


「ああ。勉強不足みたいで――」


「あー、良い良い!言い訳は聞かねぇよ!」


 ユーゴーはカケルの言葉を大声で遮ると、彼を押しのけて的の前に立った。


「今から俺が見本を見せてやる。まあ、見せたところで真似できないだろうけどな!」


そう宣言すると、的に向けて手をかざし、高らかに叫んだ。


「ファイア!!」


 ユーゴーの手のひらで魔力が渦巻き、間を置かずに火球が生成される。そして、綺麗な放射線を描きながら緩やかに射出され、恐らくはクラスで最も正確に的を射ぬいたのだった。


「さすがユーゴー君。まさにお手本のような魔術行使、実に見事だ」


「当然です先生。俺にはそれだけ才能がありますから。こいつみたいな――」


 教師から手放しで褒められ調子に乗ったユーゴーは、脇に立つカケルをその襟を掴んで無理やり手繰り寄せる。


「自分の分も弁えずに異世界からノコノコやってきた、似非勇者とは違うんですよ!」


 『勇者』。その言葉に周囲がざわめく。まだ国民に伏せられている話だが、ここは上流階級の子供達が集う学校だ。王女が秘密裏に勇者を召喚した、程度の事は既にある程度浸透している。


「おら、何とか言ったらどうだよ勇者様!」


 俯いて黙っているカケルにユーゴーはなおも詰め寄る。場の空気はユーゴーによって支配されており、度が過ぎた彼の行為に異を唱えられるものはいない。


ーーそんな空気に、一陣の風が割り込むまでは。


「なんだ?」


 最初に気がついたのは、カケルとユーゴーを囲んでいた生徒の1人だった。自身の足元を縫うようにして、そよ風が吹き始めたのだ。経験のない現象に一同が気づき始める頃には、風はカケルとユーゴーを囲みこむように渦巻き始めていた。


「なんだ?――うお!?」


 事態に気づいたユーゴ―は渦からの離脱を図ったが、彼が体を外に出そうとした途端、巻き起こった強風によって阻まれた。


「クソ…、どうなってんだよ!おい、見てないでどうにかしろよ!」


自分ではどうにもできないと悟ったのか慌てて周囲に助けを求めるが、それに答えられる者はいない。

 既に暴風と化したいる現象に対処できる者はおらず、むしろ危険を感じた多くの生徒は、教師に促されて避難していた。


「なんなんだ!なんで急にこんな…!おい、お前もなんとか言えよ!?」


 眼前で渦巻く猛烈な風と誰も助けに来ない事実が、ユーゴ―をパニックに陥れていた。そんな彼に追い打ちをかけるように暴風は収縮し、次の瞬間、凄まじい音を立てながら爆発した。



           ☆



 先ほどまで演習場だった場所に、今は凄まじい力で削り取られたような亀裂がいくつも刻まれていた。それは、ある一点に行くにしたがって数を増やしており、さながら局地的な竜巻が起こったような様相を呈している。

 そして、その中心には大小2人の少年の姿があった。小柄な1人は普通に立っているが、体格の良いもう1人は地面にへたり込んでいる。あの強風中にいたにも関わらず、2人に怪我はない。ただ、へたり込む少年に顔には明確な恐怖が刻まれていた。


「すいません、先生。初級風魔法を使ってみたんですけど」


「…初級?」


「はい」


 事態の収拾に駆け付けた担当教師は、カケルの言葉に愕然とするしかなかった。

 当然だろう。眼前に広がる演習場につい先ほどまでの面影は無い。その被害は演習場の周囲の森にも及んでおり、いくつもの倒木が彼の用いた魔術の威力を物語っていた。人的被害が出なかったことが奇跡としか言いようがない。

 カケルはしゃがむと、いまだ衝撃から立ち直れていない様子のユーゴーに手を差し伸べる。


「見ての通り、まだまだ未熟なだけど…これからよろしく頼むよ」


 友好的に見えるその仕草にも、ユーゴーは怯えた顔をするのみで応じることは無かった。カケルはしばらくそんな彼を眺めていたが、やがて満足したように立ち上がると、彼を残し、クラスの皆の方へ踵を返した。


「ま、俺のは所詮借り物の力なんだけどね…」


 小さく呟いた言葉を拾えた者はいない。

 後には、腰を抜かして立ち上がれずにいる少年と、事後処理に頭を抱える教師のみが残された。


             ☆



「ずいぶん派手なことをしでかしましたねぇ」


「すごかったよ。学校中に爆発の衝撃と音が響き渡って」


 場面は再び食堂に戻る。

 ユリアらが聞かせてくれるカケル少年の鮮烈な高校生活は、私を大いに驚かせた。


「しかし、入学早々にそんなに人目につくことをしたら、クラスでの風当たりとか…」


「それがねー、あのユーゴーに一泡吹かせたってんで、結構な数のクラスメイトから一目置かれるようになったみたいですよ。これまでさんざん好き放題やってきたから、その反動が来てるんじゃないかなぁ」


「あとはほら、親のしがらみとかもあるから。宰相派の子達は警戒するし、王女派は逆にこっそり手助けとかしたり、ね」


「学生の頃からそんな…。まあそういう世界なんでしょうが。ともあれ、彼が孤立するようなことが無くて良かったです」


 周囲はともかく、彼自身は比較的穏やかに暮らせていることが分かり、老婆心ながら胸をなでおろす。


「あーでも、演習場壊したことでは、運営部からかなりきつーく絞られたって聞いてるよ。推薦した雌ゴリラも呼び出されてたし。何なら復旧費用は国庫から出すって噂もあるくらい」


「爆発したのが2週間くらい前だけど、まだ吹っ飛んだ木の片付けとかしてるもんね」


「ね。ついでに他の演習場も吹っ飛ばしてくれたら良かったのに」


 口が悪い。そんなことになったら、学校として立ち行かなくなるだろう、という個人的な所感はあるが、せっかくの話を折るものもったいないので、この際しまっておこう。


「色々なウワサがあると言っていましたが、他にも面白いものが?」


「うーん、図書館で山のように本借りていったとか。それこそ分厚くて大きな本を何十冊も。絶対1人では持てないはずなのに、軽々と運んでたって受付の子が言ってましたよ」


「やたらと間が悪いのも有名だよね。転んだ先が女子更衣室だったり、階段から落ちた娘の下敷きになったり。あれ、割と本気で嫌がってる女子けっこういるんだよね」


「あとは、上級生から挑まれた剣の決闘で勝ったって話ですかねぇ。なんでも刃に炎をまとわせて戦ってたとか。これ、2人が会ったって言う剣士さんと同じ技じゃないですか?」


「刃に炎、ですか」


 横に座るレオナに視線をやると、確信を持った表情で頷いている。彼女がそう言うのであれば、あの赤髪の女剣士から譲り受けた力で間違いないだろう。その他の技も、魔女の風魔法に盾男の怪力と、間の悪さ以外はどれも心当たりのある力だ。


「ひょっとして、あの場にあったスキルを全て?いやいや、まさかそんな…」


あり得ない、と思う。しかしもしも――


「あの子が本物の勇者だったら。ありえるかもね?」


レオナの意味深な表情に、我々は思い思いの沈黙で答えるほか無かった。



             ☆



「なんだなんだ?しけた面してじゃねぇか雑貨商ご一行!ほれ、ご注文のデザートをお持ちしてやったぞ」


「なんで貴方が給仕してるんですか…」


 背後から唐突に現れたのは、両手にユリアらのデザートの皿を載せたゴルドンだった。既に酒をひっかけているらしく、顔が赤い。

夕食時に入った我々だったが、なんだかんだと話が弾んだせいか、店内の客の多くを、酒を飲みに来ている層が占める時間帯になっていた。


「今日も従業員へのご褒美か?」


 ゴルドンは見た目にそぐわぬ繊細な手つきでデザートを配り終えると、そう尋ねてくる。どうやらしばらくここに居座るつもりのようだ。


「ええ、そんなところです。学校の試験も近いので、それに向けた発破のようなものも含んでいますが」


「ははぁ、良い店主様だなぁ」


「褒めたらダメだよゴルドンさん!いつも一番安いやつしか頼ませてくれないんだから」


「ガッハッハッハ!そいつは仕方ねぇさユリア。こいつんとこの懐具合じゃぁそれが限界ってもんだ。そんな労い1つ無いミドルんとこよか、あるだけマシさ。なあ、ミドルよお!」


「なっ…!ミドルもいるんですか!?」


 いつも通り遠慮の無いダルトンのことは置いておくとしても、彼の口から出た名前については聞き捨てならなかった。


「皆さん、さっさと食べて帰りますよ。アレが来ている以上、もう一刻の猶予もありません」


「ええー。これだけなんだからゆっくり食べさせてくださいよー」


「ユリアに同意。てか、もう遅いんじゃない?」


のんびりとケーキを口に運びながらレオナが指した先には―――


「だーれがハゲでデブのミドルだってえ~?」


「一言も言ってません!」


大いに酒に飲まれた様子の同業者が、顔を真っ赤にして立っていた。


 ミドル・バッカート。彼は正真正銘、私の店の近所、王都表通りのギルドの横にある大きな雑貨店『バックス商店』の店主だ。つまり、私にとっての最も身近な競争者にあたる。一応、経歴としては私の方が長いのだが、一等地に居を構え大いに繁盛しているのを横目で見ていると、やはり面白くない。  

 半面、大型店ならではの品揃えや経営方針は同業者としても参考になるものは多い。

 一言で表すのは非常に難しいが、まあ、色々な意味で存在感のある人物、と言ったところだ。


「今日はまたずいぶん酔ってますね」


「そんなことはね~よ…、俺全然酔ってね~よ……。てか、お前は全然飲んでないな!?なんで飲んでないんだ!!」


「店の子がいるからですよ。ちょっと、臭いから顔近づけないでください」


 既に足元が覚束なくなっているらしいミドルは、膨れた腹を揺らしながら近づいてくると私にしだれかかってきた。派手に酒気をまき散らす彼を避けるように、レオナがユリアの傍まで椅子を引っ張っていく。

 …この反応が嫌なので、彼女らと来る時、私は酒を飲まないようにしているのだ。


「ったくよお!バイトの奴ら、給料が少ねぇとばっかり抜かしやがる…。隣の雑魚商店よかよほど多く出してやってるってのに!」


「それはそれは…」


酒の席での戯言である。乗せられたら負けだ。


「それなのに家内は稼ぎが少ないって、そればっかりでよぉ…」


これは妻帯者特有の悩みだろう。私には分からない苦しみだ。

 彼が飲んでいる時はだいたいこんな内容の愚痴を延々と零し続けている。我々としては、割と見慣れた光景だ。


「…ぁあ、そうだ。おいデニス。お前、西二番街のウィックの野郎が最近一儲けした話は知ってるか?」


と、珍しく愚痴以外の内容が、彼の口から出てきた。


「いえ、知りませんでした。どんな話なんですか?」


 儲け話、と言われれば飛びつくのが商人の性だ。上手くすれば、こちらでも利益を上げられるかもしれない。


「なんつったかなぁ…。ああそうだ、『カタナ』とか言った!見かけねえ顔のガキから注文を受けたらしくてな。この国では珍しい黒髪のガキだってんで印象に残ったらしいんだが。なんでも、そいつの故郷に伝わるもんなんだと」


「どっかで聞いたような特徴だな」


 いぶかしむ私の気持ちをゴルドンが代弁してくれる。

 ウィックは西ニ番街、私達の暮らす表通りの西側に隣接する通り沿いで鍛冶屋を営んでいる男だ。彼が絡むということは鋳物や武器の類いの話なのだろう。


「カタナ、ですか?聞いたことがあるような…無いような…。どんな物なんですか?」


「刃が片方にしか付いてない剣だ。鉄を何度も何度も打ち直して、薄~く硬く仕上げるんだ。そうすると、こいつはあくまで噂だが、鉄でも斬っちまうような剣に仕上がるらしいんだ」


「鉄をですか?興味深いですね…」


「噂だ噂ぁ。実物は見たが、大したこた無かったぜ…。薄っぺらすぎるんだよ。下手すりゃ木刀でもたたき折れる」


「でも大儲けしたってことは買い手がついたってことですよね?」


「ああ、これが面白いんだよ」


 ウィックは赤くなった顔を愉快そうに緩める。


「たまたまそれを見た“ワ”の商人がな、目の色変えて食いついたんだと。で、とにかく今ある分、これから作る分を全て寄こせっつってきたんだそうだ。しかも言い値で構わないってんだから笑うしかねぇ」


 思い出した。何がツボだったのか、気味の悪い笑い声を上げ始めたウィックを尻目に、私は埋もれていた記憶を掘り起こすことに成功した。

 ワ出身の知り合いから、『カタナ』について聞いたのだ。彼女は兄と共に王国に出稼ぎに来ていた。経緯は忘れたが、自身の家に古くから伝わる家宝だ、と言ってずいぶんと古そうな長剣を見せてくれたのだ。それがウィックの言うカタナに近い形をしていたのだ。確か王国が建国された頃の代物であり、現在は作り方が分からず残っているものを大切に継承しているのだ言っていた。

 ワの商人はそこに目を付けたのだろう。非常に高価な美術品や工芸品として扱われる物が、どういう訳か安く大量に作られている場面に出くわしたのだ。小躍りしながら仕入れていたに違いない。


「ウィック!ひょっとしたらこれは大きな商機かも―――おや?」


 とんでもない商機かもしれない、と、その話を持ってきた張本人を労おうと話しかけてみると、いつの間にか気持ちよさそうな寝息をたてて意識を手放していた。


「ま、良いでしょう」


 彼には悪いが、この話は私の方で先に進めさせてもらおう。軌道に乗ってからの説明でも、そう遅くはあるまい。

 そうと決まればここに長居する理由は無い。早く帰って、早速例の知り合いと接触する準備を始めるのが良いだろう。


「ゴルドン。彼の店の従業員は来ていますか?」


「ああ。外で待ってるはずだ。潰れたことだし、いつも通り呼んできて後始末を任せるか」


「そうしましょう。我々もそろそろ帰ります。2人とも、構いませんか?」


「「はーい」」


食事に満足できたらしい従業員2人も、揃って返事をする。


「では、ごちそうさまでした」


「「「ごちそうさまでした!」」」



             ☆



 外に出ると、当然のことながら真っ暗になっていた。点々と明かりが灯る街灯が、寂しげに夜の王都を照らしている。


「レオナさん、カタナの話の時、少し興味を持っていましたよね」


「まあね。鉄が切れるってのは胡散臭いけど、剣って言うからには振ってみたいって思うのが性じゃん」


「俺はどっちかってーとやり合ってみたいな。そうすりゃ実際のどこまで使えるのかなんてすぐに分かる」


「手っ取り早いというか、荒っぽいというか…。貴方らしいですね」


 家への道を進みながら、何気ない会話に花を咲かせる。

 私達3人は住む家がお隣同士なので、帰り道も必然的に一緒になる。ちなみに、念のためと、ゴルドンも護衛として付いてきてくれていた。


「それにしても、勇者君が現れてからずいぶんと周りが騒がしくなりましたねー」


「そうですね。噂ばかり舞い込んでくると思ってましたが、最近は実際に巻き込まれることも増えてきました」


「これからどうなりますかね」


「分かりません…。分かりませんが、いつかもっと、大きな関わり合いが出てくるかもしれませんね」


 確信はないが、そんな気はする。

 願わくばそれが、穏やかで、あと、少しでも店の利益に繋がりそうな出会いでありますように。夜の闇に沈む王宮を見つめながら、密かにそう思うのだった。

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