第2部 “灰色の鷹”の慟哭

第1話 え?何って......スライム倒してたけど......

「14時51分です」


 白一色に塗り固められた部屋に静かな声が響いた。


 部屋には3人の人物がいた。

 一人は白衣を着た30代の男性医師。

 一人はスーツを着た40代の男性。

 そして、最後の一人はベッドに横たわっていた。

 頬が痩せこけ、手足もか細い。

 髪の毛はなく、毛糸の帽子を被っている。

 年齢も性別もわかりにくいが、おそらく10代で、どちらかというと女性らしい顔立ちだ。


「ありがとうございました」


 スーツの男が静かにそう言った。

 男の言葉を最後に、部屋はしばし静寂に包まれた。

 が、遠くから複数の怒声が飛んできて静寂は壊された。


「困るよ、君!!」

「コロナ対策で原則面会禁止だ!!」


 どたばたとした騒音とともに、一人の少年が室内に入ってきた。

 少年は15,6歳で、まだあどけなさが残る顔立ちだった。


「お願いだ!!あおいと話をさせてくれ!!」


 男性看護師が数人がかりで少年を取り押さえようとしているが、少年は必死に抵抗し、懇願する。


「なんだ、君は!?特別面会を許可しているのは家族だけだ!!出ていきなさい!!」


 医師が少年に怒鳴った。

 その横でスーツの男が少年を見て驚いた。


「弦人君......」


 男は少年の名を呼んだ。


「おじさん!!お願いだ!!10分!!いや、5分だけでいい!!碧と話をさせくてくれ!!」


 少年、弦人は必死に訴える。


「無理なんだよ......」


 おじさんと呼ばれたスーツの男は声を震わせながらそう言った。


「え......」


 男の言葉で弦人の表情が凍りつく。


「碧は......もう話はできないよ......」


 男の両目からゆっくりと涙が流れ落ちていく。


「おじさん......?」


 うそだろという顔をしている弦人に、男は事実を告げた。


「碧は......君の声も、私の声も届かないところに行ってしまったんだ......」




 弦人はふっと目が覚めた。


 うわー、最悪......

 あの日の夢かー......


 弦人は体を起こし、頭を抱えた。


 夢でみるのすんげー久しぶりだな......

 どうせだったら、碧が元気なときの夢見たかったなー......


 そこは森の中だった。

 昨日、次の街まで辿り着く前に日が暮れてしまい、やむなく野宿したのだ。


 しかも......


 弦人は起き上がって視界に入ってきた光景を見てげっそりした。


 そこには見知った顔が並んでいた。

 弦人と同時期にこの世界に召喚された第6期の勇者の面々である。


 こいつらの殺気のせいだな......

 夢見が悪かったのは......


 くしくも神託の日にいの一番で仕掛けてきたメンツで、全員で4人いた。

 それぞれ、弓、斧、槍、錫杖を携えている。


「ち、起きたか......」


 弓の男がそう言って、急いで弓に矢をつがえ、放った。


 弦人はそばに置いてあった剣を素早くとり、鞘から抜くと同時に迫っていた矢を斬り落とした。


「なっ!?」


 一同は驚愕した。


 無理もない。

 ほんの4ヶ月前、自分たちの攻撃から必死に逃げ回るしかなかった“レベル0”が見違えるような動きをしているのだ。


 コイツ、4ヶ月の間に何があった!?


 一同は気を引き締め直し、それぞれの武器を構える。


 弦人もゆっくりと立ち上がり、剣を構える。


 一番最初に動いたのは斧使いだった。

 斧を大上段に振りかぶりながら、間合いを詰め、弦人めがけて一気に振り下ろす。

 が、弦人はすかさず一歩後に引いて斧を避け、斧は大地に突き刺さった。

 斧使いは体勢立て直すため斧を引き抜こうとするが、弦人が右足で斧を押さえつけた。


「おいおい、示現流じゃねーんだから、二の太刀のことは考えとかないト」


 斧使いは必死に斧を引き抜こうとしているがビクともしない。

 弦人は涼しい顔でケケケと笑っている。


 コイツ、力も段違いだ!!


 そして、弦人は斧の柄背を掛け走り、斧使いの顎を右足で蹴り上げた。

 斧使いは一瞬宙に浮いて、後に倒れた。

 斧使いは意識を失っておりぴくりとも動かなかった。


「う、うわぁぁぁっっっ!!」


 弦人の凄まじい立ち回りに一同はパニック寸前になる。


 弓使いが必死に矢を連続で放ってきたが、その尽くが、弦人の剣に斬り落とされる。


 そして、その間に槍使いが間合いを詰め、突きを放つが、弦人は体を右に捻ってかわし、そのまま回転の勢いをつけて、剣を槍使いの顔面に叩き込んだ。

 ただし、殺してしまわないよう、剣の刃ではなく腹をヒットさせている。

 脳震盪を起こしたのか槍使いも意識を失い、その場に倒れた。


 槍使いが倒れたのとほぼ同時に錫杖を持っていた魔道士らしき男の呪文詠唱が終わり、サッカーボールほどの大きさの火球が弦人めがけて放たれる。

 が、弦人はその火球をまるでハエでも飛んできたかのように、剣の腹ではたき落とした。

 魔道士は驚愕しながらも、次の呪文の詠唱を始めるが、数秒後には弦人が接近してきており、みぞおちに右拳を叩きまれた。

 魔道士はそのままずるずると倒れこみ動かなくなった。


 弦人は最後に残った弓使いの方に向いた。

 弓使いは必死で残った矢を放つが全て届く前に撃墜された。


「お前、この4ヶ月の間にいったい何をした!?」


 矢を使い果たした弓使いは、へたりこんで後退りしている。


「え?何って......スライム倒してたけド.....」


 弦人は弓使いにゆっくりと近づいて行きながら、夏休み何してた?のときのテンションで軽くそう答えた。


「ウソをつけ!!スライムなんか、100匹や1000匹倒したところで強くなれるわけがないだろう!?」


「あー、まー確かにそーかもナー。でも......」


 そこで弦人は言葉を止め、弓使いの脳天に剣の腹を叩き込んだ。


 弓使いも脳震盪で意識を失い倒れた。


 そして、弦人は意識を失っている面々に対して、聞こえもしないだろうにドヤ顔でこう言った。


「俺は10万匹倒したんだヨ」



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