第96話 夏祭りの始まり
八月もまもなく中旬を迎える。暑さも厳しさを増したが、本日は待ちに待った夏祭り。
到着の知らせは真空の元気な声。急いで玄関へ向かえば、満面の笑みを浮かべる大切な友の姿。
だから華火は心のままに、久々に対面した真空へ抱き付く。
「真空、会いたかった!」
「わたしもです! 会いたくて会いたくて! でも我慢しました。我慢した分、幸せを噛み締めます!!」
「私もだ!」
もうこのままでいたいなどと思う程、真空をぎゅっと抱き締める。その想いに応えるように、真空も同じ動きをしてくれる。
それだけで、華火の胸は喜びで満たされた。
「真空ちゃんさぁ、邪魔なんだけど?」
後から来た皆の中から、不機嫌そうな
「何を言っているんだ、木槿は。そのような言い方はよくない」
「華火、いいの。早く移動しましょ。木槿さんが絶っ対に邪魔できない、華火の自室へ!」
「ほんと良い性格してるよねぇ」
真空の言う通り、ここは早く撤退した方がいい。
それぐらい、真空と木槿の仲が悪い事は華火にも充分伝わっていた。
***
華火は目の前の光景に息が止まりそうになっていた。
それぐらい、真空の用意してくれた贈り物が素晴らし過ぎて、理解が追いつかない。
「会えなかった分、沢山沢山、想いを込めました!」
真空の住む地域の夏祭りと重なるのは三日間。
泊まるので荷物も多いのだと思っていた。
「浴衣、お揃い……」
「そうなの! 一緒のを着たいなって思って。だからね、一から作りました。白藍さんに染め方も教わったの。嫌だっ――」
「嫌な訳がない! 嬉しすぎて……」
ぽろっと、涙がこぼれた。言葉に表す事のできない喜びが、次から次へと溢れ出す。
けれどそれを拭い、しっかりと目に焼き付ける。
真空の瞳のような快晴の青地に、大輪の花火が咲き誇る。それらの色はまさに、この社に住まう者の霊力の輝きを閉じ込めたようだ。
帯は薄紅。真空のものは薄青。
これら全てを、彼女が仕立ててくれた。
お役目もあり、時間も限られる。それでも自分に対する想いをこのような形にしてくれた事に、華火の涙がまた溢れてくる。
「そこまで喜んでもらえて、嬉しい……」
横を見れば、両手で口元を隠した真空の瞳も潤んでいる。
「当たり、前だ……。友からの、こんなに素晴らしい、贈り物だ。ずっと、ずっと、大切にする!!」
もう耐え切れず、わんわん泣く。お互いのこぼれる雫を袖で拭い合う。
これからもこんな日々を重ねていける。
その事実が幸せなのだと、華火は声にならない声を上げていた。
***
今日は真空と。明日は織部も。明後日は皆で縁日を回ると決めていた。
なのに、夏祭り初日に目を腫らしてしまった華火と真空は、山吹を頼り癒してもらった。
だからか、見送る皆が白蛇のような眼差しを向けてきたように思えた。木槿だけは違ったが。
「縁日がこんなにも楽しいものだなんて思わなかった」
団扇の形をした金魚の細工飴を真空と共に舐めながら、様々な妖の隙間をふらふらと歩き続ける。
「でしょう? 今この瞬間は、楽しむ事だけを考えましょう!」
「あぁ。真空とこうした時間を過ごせるんだ。それだけで、何もかも楽しい」
ふふっと笑い合い、手を繋ぎ直す。袂へ入れた巾着の中の小銭も楽しげに音を立てる。
このような催事の時、犬神は警備に回る。ましてや祭だ。そこらで妖が揉めたりする。
そのような時に、華火の事まで手を回したりはしないだろう。だから真空とだけで縁日に来られた。
それでも、お互いの得物は持ってきた。誉からもらった薬もだ。
何かあれば真空の術を発動し、華火が管狐から皆へ知らせを送る手筈である。
「次はどこがいい?」
「お腹はいっぱいだしな。何がいいか……」
そんな事を言い合いながら、出店を覗くために練り歩いた。
***
楽しい時間はあっという間に過ぎるもの。けれど、皆と今日の内には帰ると約束したので、帰路に着く。この後も眠くなるまで語らうだろう。それも待ち遠しい。
だが、こうして友とだけで過ごす時間が名残惜しく、社が見えてきた時、管狐から降りた。
商店街に比べれば寂しいものだが、町中も提灯が照すので普段よりは明るい。
途中、すれ違う妖の誰もが楽しんでいるとわかる程、大きな声を出したり、駆けたりと、浮かれる空気に華火もあてられる。
「来年もまた行こう。この浴衣を着て」
「そうしましょう。この約束は、ずっとずっと変わらないから」
そこの角を曲がれば、あとは社まで一直線だ。
この辺りは人間の民家も少なく、妖の気配途切れた。
だからこそ、足を止めて伝える。
そして真空からの返答に微笑もうとした瞬間、視界が暗くなった。
「何が……」
状況を把握しようとすれば、真空に手を引かれた。
「下です」
真空の言葉通り、今いた場所には大きな影。その影響で周辺までもが薄暗い。
すると地面から犬の式神が現れ、その背に小春が乗っていた。
「小春! 戻って来ていたのか!」
「はい! 今日から夏祭りですからね!」
ようやく会えた小春の顔にも影が掛かり、彼女の笑顔までもを沈んだものに見せてくる。
しかし華火がそう捉えるのは、膨れ上がる違和感のせいでもある。
黎明の報告とは違う、自分が以前から知っている彼女のまま。
しかし何故、警備の必要がないであろうここへ現れたのか。
小春ときちんと話したいのに、疑問が先に口をつきそうになる。
「華火、わたしより前に出ないで」
「何でそんな事を言うんですか? あたし、華火ちゃんと話したいんです」
真空が自分を庇うように一歩前へ出れば、式神を撫でる小春が目を見開く。だからか、張り付けたような笑みに見えた。
「話したいなら明日にでも」
「どうしてですか? あたしだって、夏祭り中は我慢しようって、思ってたんです。でも、仲間から華火ちゃんを見たって聞いたら、いても立ってもいられなくって。だから、帰るまで我慢しました。もう社に着いた頃かな? と思って来てみたら、ほら、こうして会えちゃいました!」
真空の声が強張る。
しかし、小春の調子は変わらずだ。
色加美が小春達の管轄であるから、式神に匂いを記憶させている場所もあるのだろう。
けれど、社に近く、そしてすぐには自分達の視界に入らない所であった事に驚きを隠せず、華火はたじろぐ。
まさか、私達に気付かれないように、ずっと監視していたのか?
「どうしたの? 華火ちゃん」
もう真空を通り越して、小春が直接話し掛けてくる。
「犬神は警備で忙しいだろう? また日を改めて――」
「じゃあ、これだけは今、聞きたいんです。華火ちゃんは単様の本当の考えを知っていたんですか?」
「本当、とは?」
華火の問いにも、僅かにすら変わらぬ笑顔のまま、小春が口を開く。
「劣った者を処分するという、恐ろしい考えの持ち主だったのを、知っていたんですか?」
何故小春がそこまでの情報を掴んでいるのか。詳しい事情は妖狐ですら一部の者しか知らない。
だからこそ、驚きと緊張でごくりと華火の喉が鳴る。前にいる真空の肩もぴくりと反応していた。
そしてこちらの返答次第で、小春との縁が切れてしまう気がした。彼女は妖全てを大切に思っている。それなのに、そのような事を実行していた単が許せないのだろう。
黎明が言っていた小春の変化。それはきっと、単の
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