青のカーネーション【書けない】
キツキ寒い
1. バイト初日
まだ七月の上旬だと言うのに蒸し暑いこの季節。中央に街路樹がいくつか存在し、花屋やクレープ店、小さなペットショップがあるだけの小さな繁華街でセミたちの奏でる騒音に悩まされる中、大学生の男はバイト先の喫茶店に入った。時刻は午前十一時過ぎ。入店を告げる鈴が鳴って、今朝から続く緊張に拍車がかかる。
「「いらっしゃいませ」」
モダンな店内に2人程の女性店員の声が響いた。客じゃなくてバイトなんだよなあと心中で呟きながら、冷房の効いた室内に幸せを覚える。
まあ、バイト初日だから仕方ないか。それに、お昼前にも関わらずこの店の客は一人もいないようだし、客が来るまでは恥をかく事はなさそうだ。
などと緊張を和らげるために色々考えていると、
「あ、月並さんじゃないですか。昨日ぶりです」
と、優しい声色でボーイッシュな女性店員が駆け寄って来た。デニム生地のエプロン──この店の従業員服──姿の彼女は平山紫苑。ここ、喫茶店"青のカーネーション"を経営する平山姉妹の三女だ。男が知る限りではボクっこの女性で、長い髪をポニーテールにしているところが印象的。
紫苑とはここのバイト面接で面識があったので、最初に声をかけて来たのが彼女で少しホッとした。「昨日ぶりです、紫苑さん」と返しておく。
「今日からよろしくお願いします」月並と呼ばれた大学生の男は改めてお辞儀をした。
「いえいえ、そんなにかしこまらなくて大丈夫ですよ」
微笑を浮かべて応対をする紫苑。「姉ちゃん、集合」と言って店内に散らばっていた経営陣を呼んだ。すると、カウンターの奥から二人の女性が現れる。一人はすらっとしたモデル体型の美女で、もう一人は小学生、又は中学生なんじゃないかと思うくらい低身長かつ童顔な女性だ。
「あ、ど、どうも、初めまして…」
緊張が強まってしどろもどろになってしまう。こちらが反応に困るくらい個性が強い姉妹のようだ。
こう言う時の反応ってどうしたら良いんだ?
「この人が初めてのバイトの人だよ。月並
紫苑は手で指しながら俺の事を詳しく紹介してくれる。
「ふーん、二十歳なんだ」
と、腰まである長い髪が似合う氷のような美女。もはや氷の女王だな。
「
中々見かけないサイドテールを見事に味方に付けている幼女体型の女性が氷の女王へ同意を求めた。
ツバメ、とはおそらく彼女の一人称兼名前だろう。てか俺この子の二つ年下なの?マジで言ってる?と、月並は心の中で困惑する。
「とりあえず自己紹介。私は平山六花、この姉妹の長女でこの店のオーナーをしているわ」
腕を組み、低く冷め切った声で軽く自己紹介を済ませる氷の女王六花。これがクールビューティーってやつか。
「乙鳥の名前は平山乙鳥!姉妹の次女で、接客の担当をしています!」
子どものように高い声色で大きくお辞儀をする。
この幼女は外観にかかわらず性格や口調までもが幼いらしい。思わず撫でてしまいそうになる自分を全力で抑えつつ笑顔で「よろしくお願いします」と告げる。
この子は子どもじゃない、俺より二つ年上の女性だ。
「さて」と言う声と胸の前で合わせた手の音でこの場の指揮権が紫苑に戻る。
「あとは四女の妹がいるんだけど、あの子は部活があって午後からの参加なんです。できればあの子とも仲良くしてやってください」
表情は笑顔だが、なぜか話し辛そうに言った。
「わかりました」
首肯すると同時に答える。
すごいな、部活があるにもかかわらず手伝ってくれる妹さんがいるのか。兄弟や姉妹がいるって羨ましいな。
と、そんなどうでも良い事を感じた。
紫苑から支給された平山姉妹とお揃いのデニム製エプロンを身につけ、渡された台拭きで各テーブルを拭いて回る。
この喫茶店内を見て改めて思ったのだが、絶妙な雰囲気だよなと思う。広さは店としては広くも狭くもないし、かと言ってテーブル席が多くも少なくもない。接客をする側の人間が動きにくい訳でもない。プラス椅子やテーブル、その他の装飾品など、何もかもがこの店の雰囲気をより良い物へと仕立て上げている。さすがだなと思うし、それほど大事にしてるんだなと思う。まあ、この店のこう言うところに惚れてアルバイトをする事にしたんだけど。あとここのコーヒーがすごくおいしい。
この喫茶店の魅力について改めて確認し終えた時、早速一人目の客が来た。
藍色のスーツに真っ黒のサングラスと言う出立ち。紫外線を気にする系のサラリーマンか、もしくはどこかのSPなんじゃないかと思ったが、客である事には変わりはないのでそれらしい対応をする。おしぼりを置こうとしたら「コーヒーを」と言われたので常連さんだと察した。「かしこまりました」と返して六花さんにコーヒーをお願いする。できあがったコーヒーを運んでいるうちに、柴犬を連れた中年の女性が来店した。あ、この喫茶店ってペットの入店オーケーなんだ。と、この店のルールについて改めて知る。
あれ?俺も常連だったはずなんだけどなあ…。
あの女性は乙鳥さんが接客してくれているようだ。せっかくなのでカウンターの横に立って外を眺める。店内には心地の良いジャズが流れていた。
続けて三人目の客が来店し、月並が接客に当たる。ショートヘアのOLのような女性だ。月並がそばに来るとなぜかあからさまに嫌そうな顔をする。
え、なに?俺何か気に触るような事した?と内心ビビりつつも手短に注文を取ってカウンターで読書をしている六花に注文内容を知らせた。オーダーはコーヒーと卵サンド。六花はコーヒーを入れ始め、卵サンドは厨房にいる紫苑に知らせた。
月並はできあがったコーヒーから順番にテーブルへ運んで行く。その次に卵サンド。彼が注文の品を持ってくる度にOLは嫌そうな表情を作った。
俺、あの人に何かしたっけ?そもそもとして面識あったかな…?
なんて疑問を抱えつつ、お昼時の仕事を終える。
「どうかしましたか?」
もはや子どもとしか見えない乙鳥がカウンターの横に戻って来たバイト人に尋ねた。
子どもって見てしまうのは仕方ないだろ!彼女がこっちを見上げて、こっちは彼女を見下ろしてるんだもん。
「それが、面識のないお客さんにすごく嫌そうな顔をされて」
なるべく本人には聞こえない声量で答えた。
「そうなんですか、今いるお客さん達は常連の方々なのでこれから大変かもしれないですね」
幼女の発言に、あんなあからさまに嫌そうな顔をする人が常連なのかと落胆してしまう。
この喫茶店の事は好きだけどあんな客がいるなら一ヶ月も経たないうちにこのバイトを辞めてしまいそうだ。と言っても、バイトを入れているのは土日だけなので会うとしても週に二回だけなので大丈夫。と言いたいところだが、それでも少し心配だな。
月並が自分の今後についてネガティブになり始めた頃、スーツ姿の男が席を立ち出したので乙鳥がいち早くレジのカウンターへと向かった。
手慣れてるなあと、レジを打つ幼女の姿を眺めつつ、この店の雰囲気を楽しむ。
三人の客が店を去り終えた時、高校生程の少女が一人来店した。月並はつい「いらっしゃいませ」と言いかけ、乙鳥は「早かったね蛍ちゃん」と言う。
「あら、おかえり蛍」と珍しく優しい笑みを浮かべる氷の女王。
「おかえりなさい蛍」と奥の厨房から顔を出す紫苑。
月並は一人、この子が蛍かと呆気にとられていた。
少しボーイッシュな感じのショートヘアで、彼女が喋る度に見える尖った犬歯が印象的な子だった。
この姉妹は半分がボーイッシュなのか。そんな事もあるもんなんだな。
三人の姉達と話の夢中になっていた蛍はようやく月並の存在に気づき、少し警戒気味な視線を向ける。当たり前の反応だろうなと思った。何せ知らないうちに従業員が一人増えてるんだから。俺だったら怪しむ。
蛍の視線に向いていると気づいた乙鳥は新しい従業員の紹介をしようとする。
「この人は月並夏唯さん。大学生で、ここにバイトをしに来てるの」
そう紹介されてもなお、蛍は新参者への警戒をとかない。
随分と危険視されてるなあと他人事のように月並は思った。
「蛍ちゃん?」
不思議に思った乙鳥が声をかけると蛍はようやく声を発する。
「あんた変態だろ!」
思いもよらぬ発言に一同は一瞬思考回路が止まった。もちろん、そう指摘された月並本人は状況を理解できる訳もなく「は?」と素っ頓狂な声を漏らす。
それでも彼女は容赦なく続けた。
「あたし知ってるもん!六ねえや乙鳥ねえ、紫苑ねえに忍び寄る薄汚い奴がいるって事。あたし知ってるんだからな!」
更に状況が呑み込めなくなってもう一度「は?」と声を出してしまう月並。
いやそう言う薄汚い奴がいるってのには納得できるんだけどな。この姉妹謎にキャラ濃いいけどみんな容姿が良いから、うん。でもさ、どうしてその薄汚い部類に俺が入るんだ?しかも初対面の奴に。謎でしかない。
「と、とりあえず落ち着こう蛍ちゃん」
困惑を隠せない乙鳥が止めようとしてくれる。
「あたしは落ち着いてるよ!そもそもとしてどうしてこんな奴がバイトになってるの?意味わかんなくない?」
バイト初日から初対面の奴に酷い言われようである。
お家帰りたい。でもここで引き下がる俺ではない。もちろん反論する。
「ちょっと待て、君は一体何を根拠にして俺を変態だと言ってるんだ」
額に手を当てながら尋ねた。まさか男だからだとか言うまいな。
対して荒れる少女は当たり前だと言わんばかりにに答える。
「男だからだよ!」
「ええぇぇぇぇぇ⁉︎」
回答が思ったより予想の範囲内と言うかど真ん中で逆に驚いてしまった。
「蛍、それはちょっと暴論過ぎない?」
紫苑が月並の方へ視線を向けつつ諌めようとする。
気にしてくれてるんだな、さすがこの喫茶店の面接官。
「それ以前に失礼」
度直球にものを言う六花。
クールビューティーは安定してるなあと関心してしまった。
しかし二人の姉に止められてもなお暴君少女蛍は月並に罵りの言葉をぶつける。
それにしても、ふと冷静になって自分が貶されているはずの光景を客観的に見ると思ってしまう。
この姉妹、癖が強過ぎるんだよなあ、と。
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