第33話 炎獄魔神顕現

 暗黒と薄蒼の光が入り混じる長い空間をひた歩く。

 退路は断たれた。後は前に進むだけ。

 そうして気が遠くなるほど歩き続けていると、突如として周囲の空間が変質した。

 円形に広がる大広間、外周に立つ九の支柱。その全てが蒼水晶で形成されている。


「地下に神殿……一体どうなってるんだ?」


 目の前に広がるのは、宮殿地下の面積という物理現象の限界を超えているだろう巨大な空間。

 その上、先ほどまで感じていた異質な圧迫感が周囲の空間全体を包んでいる。理解を超えた光景ではあるが、こんな突拍子もない現象が示すことなど一つだけ。

 俺は即座に“叛逆眼カルネージ・リベルタ”を発動。周囲への警戒を強めた。


 それから程なくして、その予測が的中していたことを示す現象が起こる。


「この威圧感……来る!?」


 神殿中央に立ち昇る炎の巨柱。

 凄まじいまでの熱気にあおられながらも眼前を見据みすえれば、巨柱を引き裂いて炎獄の魔神が顕現けんげんする。


「――我は試練の番人。なんじの覚悟、我が剣に示してみよ」

「番人ね……。いよいよお呼びがかかったってことか」


 巨大な体躯たいく

 赤黒い装甲に各所を繋ぐ炎。

 肩に担がれた同色の大剣からもなく、炎獄が溢れ出している。


 巨人、魔神、番人。

 色々呼び方はあるのだろうが、人智を超えた怪物と相対しているという事実だけは明らかだ。それこそ、神獣種を相手にするつもりでいかなければ、瞬殺されると思わされるほどに。

 その瞬間、突如として紅閃が煌めく。


「九の智慧ちえを示し、レーギャルンのはこに眠りし剣を呼び覚ます者となり得るのか……命を懸けて我に証明してみせよ」


 炎獄、破砕。

 左腕一本で巨大な剣ががれ、地面に亀裂が走る。更に割れた地面から、灼熱の波動が吹き出した。


「この熱気、破壊力……問答無用ってことか。大した試練だ」


 咄嗟とっさに跳躍してかわすことは出来たが、先ほどまで俺が立っていた所は一瞬の内に焦土と化している。

 あのデカい図体からは考えられない速度で肉薄され、長い攻撃範囲リーチを最大限生かした超火力斬撃を受けるなんて、初見殺しどころの話じゃない。神殿に入った時点で警戒を強めていなければ、恐らく今ので死んでいた。


 一方、魔神は大剣を振り下ろしたまま固まっており、力強い斬撃とは裏腹に異様な不気味さを放っている。


「この脳筋っぷり……近接格闘クロスレンジでは、分が悪いか。というか、試練とやらについて、もう少し分かりやすく説明してほしいもんだが……」


 こちらの装備はクリスクォーツ製の長剣が二振りに暗器が少々、そして現在進行形で発動している“叛逆眼カルネージ・リベルタ”。通常戦闘であれば、過剰とも取れる戦力ではあるが、この炎獄の魔神相手では万全とは言いがたい。

 相手が未知数ということもあるが、何より補給と援護が望めない以上、迂闊うかつな行動は死に直結する。今は相手の出方をうかがうべき局面だろう。


 幸い相手の主戦領域は、近接格闘クロスレンジ。一定の距離を保ちつつ立ち回れば、すぐに倒されることはない。その間に突破口を見出すべく、思考を巡らせていると魔神の右腕がこちらに向けられ、劫火を纏う。


「よくぞ躱した。試練に挑みし者よ」

「な……ッ!? 遠距離ロングレンジで!?」


 そして、右手が鉤爪かぎづめの様に形態変化し、掌から超圧縮された赤黒い魔力球が射出される。超スピードで迫って来た灼熱が、虚を突かれる形となった俺へと直撃した。


「ぐぅ、っ!?」


 閃光、爆炎。

 巨大な魔力の炸裂よって、背後へと吹き飛ばされるが、どうにか無傷・・。しっかりと両足で地面を踏みしめ、眼前の魔神に蒼穹の十字を灯した双眸そうぼうを向ける。


「我が炎熱を受けて、平然と立っていられるとは……」

「怪物なのは、お前だけじゃない。こっちも訳アリなんでな」

「ほう、これまで挑んできた有象無象とは違うということか。ならば、次だ……」


 右の掌から放たれる灼熱球。ただしさっきとは違って無数。


「連射もできるのか!?」


 黒翼天翔。

 先ほど、灼熱球を吸収した魔力を還元して空中へと逃れた。しかし依然として、灼熱球は次々と迫り来る。


「猛き者。我が炎群、乗り切ってみせよ」

「無茶を言ってくれる!」


 闇光の翼を用いて空中を錐揉きりもみしながら回避し、被弾を最小限に留める。どうして“叛逆眼カルネージ・リベルタ”の能力がありながら、回避するのかと言えば単純な理由。

 “叛逆眼カルネージ・リベルタ”は、全ての魔法を無制限・・・に無力化できるわけではないからだ。


「実体があるようで実体がない。この怪物……一体どうなっている!」


 黒翼を羽撃はばたかせて急上昇。

 更に左手で小型の刃物――“投擲小剣ダガーダーツ”を太腿ふともものホルスターから引き抜き、炎獄の魔神目掛けて放り投げた。指の間で挟み、投擲とうてきしたのは三つ。還元した魔力をまといて漆黒の流星となって突き進む。

 本来牽制用の武器ではあるが、クリスクォーツ製の刀身に加え、強化した身体能力での全力投擲とうてきともなれば、上位種のモンスターに対してでも致命傷となり得る破壊力を秘めているはず。


「良き一撃ではあるが……違うな・・・


 しかし、飛び交う灼熱球によって二つの小剣ダガーが撃墜。残る一振りは魔神へと到達したものの、胸部装甲に弾かれて無傷の有様に終わった。

 直後、右腕から放たれる灼熱球が弾幕の様に張り巡らされた。一撃一撃が必殺の破壊力。それが無数に飛び交っているとあって、脅威であると共に明らかな異常事態。


「コイツの魔力は無尽蔵なのか?」


 生物であるのなら、体力や魔力を始めとして全ての事象に限界値があるはず。それは神獣種であろうとも変わることはない。ただ上限値が違うだけ。

 だが炎獄の魔神は、際限無しに力を行使し続けている。それは生物としてありえない現象であり、俺が攻撃を回避している理由もそこにある。


 何故なら、“叛逆眼カルネージ・リベルタ”を用いた吸収も術者が人間である以上、どこかで限界が来てしまうからだ。つまり力の吸収・還元が間に合わない速度で無尽蔵に魔力を送り込まれでもすれば、俺自身がオーバーヒートを起こしてしまう。


「見切りの精度は上々。更にこの我へと攻撃を届かせるとは見上げたものだが……それでは試練の達成は不可能だ」

「褒められてるのか、けなされてるのか……」


 唯一、突破口となり得る可能性があるとすれば、装甲の接合部から覗く炎を直接吸収すること。だとしても相手の魔力が無尽蔵と仮定すれば、近づいたところを大剣で処理されるのは変わらない。よって行動を起こすにしても、不確定要素が多すぎる。


 試練の達成――それが何を意味しているのか。

 炎獄の魔神は俺に何を求めていて、何をさせようとしているのか。


 その何か・・を見極めなければ、試練の達成は成し得ないということなのだろう。

 現に奴は一点に留まって弾幕を張るのみであり、最初に見せた剣戟や高速移動を一度も放ってくることはない。文字通り、何かを試しているかのようだ。


「滅撃、劫火……」

「闘いながら謎を解けってことか」


 これまでとは比較にならない威力を秘めた灼熱大球が迫り来る。

 対する俺は、抜刀した長剣に漆黒を纏わせて一閃。灼熱球を両断。

 だが今の一撃により、僅かではあるが蒼い刀身に亀裂が生じた。刻限は近い。


「――これは!?」


 恐らくすべての事象・発言には何らかの意味があるはず。炎獄の魔神が発したこれまでの言葉を反芻はんすうしながら攻撃に対処する最中、俺の背後にそびえる巨柱が灼熱を放った。

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