第32話 終焉血戦《ラグナロク》の遺産
眼前の扉――いや、その向こう側から発せられている圧迫感は明らかに異質だ。こんなものが国の中枢地下にあっていいわけがない。
流石に驚きを隠し切れないでいる俺の隣で、セラが聞き馴染みのない言葉を紡ぐ。
「――かつて戦争があった。数多の
「それは……」
「最古の文献に記されている“
「辺境で暮らしてると余計な知識だけはついて行くもんでな。でも、ただの伝承だろう?」
「いえ、恐らく本当にあったことです。私の聖剣やヴァンの魔眼、神獣種の存在――
俺の
全てが本当ではないのだろうが、確かに伝承の内容と現実で起こった現象・効果が合致している面が大きいのは確かと言えるかもしれない。
「なら、この扉は?」
「これは我が国に伝わる伝承。過ちと罪の証……」
セラの声が硬質になる。
「ニヴルヘイムにも乱世の時代があったとされている。それは正しく“
「灼熱の国……それに最上級の聖遺物……?」
「ええ、
「いや、この身を裂くような圧迫感は本物。疑う余地はなさそうだ」
眼前の扉から感じられる異形の力。全身を貫く戦慄。
この奥に
「我が国は乱世を経て、他国との争いに参加せぬ理念を掲げたとされている。その理念を体現せんと
「なるほど、この奥に封じられているのは、ニヴルヘイムの戦いの歴史そのもの。罪の証とはそういうことか」
セラの言う通りなら、訳アリどころの話じゃない。聖遺物が武器ということに関しても勿論だが、ニヴルヘイムという国にとっても――。
その一方、聖遺物を引っ張り出さなければならない現状も理解できる。
しかし、その中で一つだけ解せない部分があった。
「どうして
「今の貴方に必要な力と思いましたので……」
さっきのアルバートじゃないが、この聖遺物が渡すならもっと相応しい人選などいくらでもあったはず。
更に俺は、普通の人々が使うような魔力を原動力とする装置が自由に使えない。それこそ奥に封じられている聖遺物の特性次第では、せっかくの超兵器が無用の長物に成り果てる可能性すらある。セラの選択を疑問に感じるのは当然だった。
「でも、ここまで封じられて来たってことは、それなりの理由があるんだろ?」
「無論、その危険性故に……。ですが、もし神獣種が複数押し寄せて来たら? 他国がニヴルヘイムを共同財産とすべく同盟を締結してしまったら? 再びの戦乱を前にした現状を打開する為には闘うしかありません。例え、それが過去の罪を今代に蘇らせることになろうとも……」
「生きるとは選択すること。選択の業を背負って戦うしかないということか」
「――今のヴァンは自分の力を発揮しきれる状況にない。ですから、私は……」
戦争は個で決するものではない。
俺やセラが通常の個人戦力を大きく上回っているとて、限界は存在する。目の前に迫りつつある脅威を振り払う為には、更なる力が必要だということ。
「セラ……?」
だが、セラの表情はどこか悲し気に染まっていた。
「聖遺物という物は得てして、常識の
その言葉を心中で
「故に
「命懸けの試練……?」
「これまで多くの勇士が、かの魔剣を手にしようと試練に挑み、
「武器が所有者を選ぶというわけか。どこかで聞いた話だ」
「ですが、そういう意味では、私の聖剣よりも
セラの悲しみ。
それは等身大の少女としての感情と、皇女としての務めを全うする狭間で生じた声なき慟哭だったのかもしれない。
「もし少しでも
これから先のことを思えば、更なる力を得ることは急務事項。一方、その力を得るには、多大な危険を
だとしても俺を試練に挑ませるべきなのが最適解というのは明白だろう。でも、都合のいいことを言って俺をその気にさせるなり、皇女として命令するなりすれば、一瞬で解決する問題なのにセラは即決出来ないでいる。誰よりも頭のいい彼女が――。
つまりセラは皆が思う程、冷血でも非常でもないということ。
それに
なら、俺は――。
「――扉を開いてくれ」
「ヴァン……!?」
「退いても地獄、進んでも地獄なら、選択肢は一つしかないはずだ。迷う理由はない」
結末がどちらかしかないのなら、前に進むしかない。命を懸けて戦う覚悟など当の昔に済んでいる。
「だから、行くよ。あの扉の向こうに未来を切り拓く術がある。それは、俺にも分かるから……」
セラの
戦うことしか、殺すことしか出来ないこの
「ヴァン……!」
眼前の扉を睨み付けた瞬間、視界全てをセラに
唇に広がる柔らかな感触、
それも一瞬のこと。
「……っ、セラ?」
突然の行動を受け、驚きながらセラを見る。しかし、距離を取った本人からの返答はない。
何故なら、彼女は神聖な
「――これは、
セラの
遺跡各所に生えている水晶がその唄に合わせて何度も発光し、旋律を彩っていく。
「扉が……!」
そうして
程なくして奏でられていた
一瞬の
「――ここから先を進めるのは、試練に挑む一人だけです」
「そうか、ありがとう」
「ヴァン……!」
「行ってくる」
安否の言葉を交わす必要はない。
今は明確に成すべき事がある。かつて
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