第30話 皇女専任騎士としての資質
セラとの会合から一夜明け、翌日。
昨日出撃が重なった俺たち四人は、休暇を与えられていた。またも通常の隊列から浮く形になって悪目立ちした感は否めないが、疲労を考えれば当然だろう。無論、緊急出撃の際は引っ張り出されるのは言うまでもない。
結果、グレイブは通常通り、リアンとコーデリアも監視の令を解かれての完全休暇となった。
そして俺は――。
「さあ、参りましょう」
朝一で突撃してきたセラと共に宮殿を歩いている。
「それで……いきなり来るなんて一体どうしたんだ?」
「昨日の件、早速動かねばならない状況となってしまいました。貴方の力を
セラは完全武装しており、優雅な休日の朝と呼ぶには少々物騒な光景だ。だがその出で立ちに違わず、彼女の雰囲気は硬い。
「何があった?」
「今日戻った
「侵攻準備が整いつつあるってことか?」
「恐らくは……。少しでも早く宣戦布告して、戦争に持ち込みたいのでしょうね」
正式な手順を踏んで宣戦布告をした後の戦争であれば、不条理な侵攻より国際世論に与える影響は少ない。むしろ、正式に戦争をしている中、他の勢力が介入することがあれば、非難はそちらに注がれることだろう。
互いが互いを牽制し合う泥沼の政争。
そして、いよいよ他国を出し抜くべく各国が動き始めたということ。
どの道、戦争という内容は変わらないし、
つまり来るべき時が目前に迫っているも同じ。セラの行動もそれに起因する。
そんなことを考えながら宮殿を歩いていると、俺たちの前に一人の男が姿を見せる。
「――それだけ現状を憂いているのでしたら、
紫を基調とした法衣服に細長いシルエット。
同色の四角形帽子を身につけた男性は、俺たちの姿を見て呆れたように嘆息を漏らす。
「私は現状を打破する為に行動している。貴方に口を挟まれる
対するセラは、男性を前に能面のような無表情。絶対零度の眼差しを向けていた。
セラの発言通りであれば、この男の名はアルバート・ロエルで間違いないはず。直接会ったことはないが名前だけは知っている。そんな人物だった。
「ようやく洗礼の儀を終えたのです。そこは素直に新たな
「失礼。ですが貴方を示す呼び名など、いくらでもあるのだろう?」
「これはこれは……神の教えを解く司祭、法を司る判事、そして国の大舵を握る
何故、会ったこともない人間の名前を知っているのかといえば、アルバートの言う通り、彼が有名だからに尽きる。
高貴な家に生まれ、周囲からの信頼も厚い。更には僅か三四歳の若さで異例の出世。並大抵の優秀さではない。文官と武官という違いはあれ、言ってしまえば皇女のコネクションで重用されるようになった俺とは対極に位置する存在なのかもしれない。
しかし若き新星と言えど、俺ともセラとも違う銀色の髪――というよりも、帽子から覗く短く切り揃えられた
ただ宮殿に出入りできるほどの政治家でありながら、アルバートとセラの相性はどうにもよろしくないようだった。
「殿下もお年頃なのは分かりますが、同行させる相手はよく選んだ方が良いのでは? それにようやく“選任騎士”を決めたかと思えば、まさかどこの馬の骨とも知れない……」
「彼はこれ以上ないほどの結果を出してくれています。名家の血脈を重んじる感情は理解出来ますが、私が騎士を決めることと何か関係があるのですか?」
「っ! 優秀な兵士としての資質を見出したのなら、一兵卒として迎え入れればよかったはずです。貴方の騎士には、もっと相応しい人材がいくらでもいたでしょうに……」
当初セラは、“私の騎士”という分かりやすい言葉で伝えてくれていたが、この国における俺の立場を一言で表すとすれば、文字通りそういうことになるわけだ。
「騎士の資質と共に歩んで欲しい存在なのかは、私が決める。それとも、自分こそが私の騎士に相応しいとでも言うつもりか?」
「な……ッ!? それは……!」
「そうだな。その議論には、
「しかし国外の人間……それも災厄の魔眼を宿す放浪者が皇族の騎士となるなど、神と国への冒涜! 正義に背く行為であり、最大の罪! 決して許されることではない!」
「それは貴方の主観であり、私には関係ない」
「殿下!」
「少なくとも、私は彼に護られることを
「……っ!?」
ここまでどこか皮肉気で大人然としていたアルバートだったが、徐々に歯切れが悪くなり始めた。
逆にセラの言葉の節々にも、鋭い棘を感じられる。言い合いというわけではないが、
「私は正統な手順を踏んで権利を行使した。ヴァンはその想いに答えてくれた」
「そんな
「アルバート・ロエル、貴方には関係のない話だ。これ以上は私への侮辱と受け取るが?」
「くっ……殿下!」
静観を貫いていると、突如としてセラが腕を絡めて来る。それはアルバートに対する明確な拒絶の意志。この男も愛すべき市民であるにも関わらずだ。普段のセラなら、こんな行動は取らない。
恐らくそれが決定打となったのだろう。アルバート・ロエルは、これ以上ない程まで苦々しそうに表情を歪めている。
そして、この場から逃げ去った。
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