第29話 ヴァンの戦闘スタイル

 一瞬の瞑目めいもく

 魔眼について詳しく説明する機会はあまりない。

 いくらセラに対してとはいえ、思考の言語化については慎重にならざるを得ないというのが本音だった。


「まず俺が武器を壊して帰って来る理由だけど……」

「ヴァンの特異な力……魔眼によるものと? 確か魔力吸収と自己還元が主であると、認識していますが……」

「そうだな。これから説明することも基本的には知らせた通りのことだ。でも、吸収した力の使い方の用途は思ったよりも多い」

「力の用途……自己強化と魔力放出に伴う力の行使ではないのですか?」

「基本はな。だが、普通の魔法が一の力を二、三、四と段階的に上げていくとすれば、俺は一瞬だけとはいえ、喰らった一の力を五や一〇まで爆発させる」

「つまり魔力吸収・解放時の負荷に耐え切れず、武器の方が自壊を繰り返していると?」

「まあ、そういうことになるな。一応、武器が無くても戦えはするけど……」


 敵の攻撃を喰らって無効化。

 還元した力で己を強化して戦う。

 これが俺の基本戦闘スタイル。


 魔法全盛と呼べるこの時代においては異端そのものであり、“魔法殺し”というのも満更嘘じゃないはず。


「魔法は使えない、武器もない。そんな状況でも戦えるのですか?」

「俺が喰らうのは、魔力攻撃だけじゃない。魔力さえ流れているなら、血肉から直接力を奪うこともできる。武器越しだろうが、素手で触ろうが……な」

「なるほど、究極的に言えば、ヴァン自身が魔法に対する反撃手段カウンターパートになり得るわけですか」

「ああ、だから素手で戦うこともできるし、アースガルズでモンスターを狩りながら生活していた頃は、むしろ肉弾戦主体だった」

「では、どうして今は?」

「単純に武器を持ってる方が強い。範囲リーチと攻撃力は段違いだからな。それに徒手空拳だと、相手からの直接吸収が主体になりやすい。まあ、色々と問題があってだな……」

「問題……?」

「直接血肉ごと喰らうことになるから、耐性がない奴が見ると飯が食えなくなる程度には凄惨グロテスクな光景をお披露目ひろめしないといけなくなる」


 今回のガルダクロウとの戦闘では、連戦の消耗も考えて力を使ったが、それは周りがあの連中だからという選択だった。

 必要以上に力を周囲に見せつけると、味方の不和を招く要因にもなりかねない。


 大き過ぎる力は、相応の責任を伴う。

 俺の魔眼がそうである様に――。

 セラやアイリスの聖剣がそうである様に――。


「ふむ……確かに恐ろしい能力だ。つまり……」

「おい……」

「こうして触られているだけで、私の命は貴方の掌の上ということですか……ゾクゾクしますね」

「楽しんでるな、お前」

「大丈夫です。他の方とは致しませんから」


 そうして少しばかりシリアスな気分に浸っていると、突然隣から寄りかかられた。柔らかい感触というか、最早色々とんでもないことになっているというか――。

 何がどう大丈夫なのかは知らないが、どうもこの皇女様は世間一般で言うところの皇族よりも活動的かつ刺激的アグレッシブ過ぎる。

 だが、物事の本質を見極める確かな目を持っているのは間違いない。


「ですが、無力化できるのが魔力だけ・・なら、いくら貴方が強くとも徒手空拳では心許ない。武器の消耗も必要経費ですね」


 実際、“叛逆眼カルネージ・リベルタ”の弱点を言い当てている。

 この洞察力は天性のもの。お高く留まった皇族や愚将とはかけ離れているはずだ。


「たった数回の戦闘で、そこまで解析されるとはな。他の連中は怖がるか、驚くかのどっちかだったのに……」

「当然です。神獣種であっても、条件が揃えば打倒できる。万能な力など存在しない。なら、どこかにほころびがあると考えるのは自然でしょう?」


 セラの言う通り、“叛逆眼カルネージ・リベルタ”は無から有を生み出す魔法とは違って、対象から力を喰らわなければ自発的に行使できる異能は限られる。

 一の力を一〇にすることは出来ても、〇を一にすることはできないわけだ。

 つまり力を発揮するには、何らかの形で相手か魔力攻撃に接触するというアクションが必要であり、一切の魔力を用いない物理偏重の相手とは相性が悪い。

 それは間違いなく事実だった。


「半分正解ってとこだな」

「半分……というのは?」


 俺の掌に漆黒の光が灯る。

 誰の力を喰らったわけでもなく、当然セラの魔力でもない。


「一応、周囲の空間に存在する魔力素を吸収・還元はできる。生物の魔力と同じ様にな」

「大気中に散布される微量の魔力素を掻き集めて力にですか。そこまで干渉できるとは……」

「でも、普通に吸収するより効率が悪いし、戦闘が始まった直後ぐらいしか使わないけどな」

「とはいえ、魔法を使ってくる相手には通常通り吸収。相手が物理偏重で向かって来ても、自己強化で対応可能。その上、触れただけで重傷は必至……中々に凶悪ですね。流石は神話の力……」


 このご時世、闘うに当たって魔法を使わない理由がない。何故なら、魔法の有無で戦闘能力に天と地ほどの差が生まれてしまうから。

 それは過去の無力な俺が証明している。

 だがその常識を打ち壊したのも、この俺自身。

 “叛逆眼カルネージ・リベルタ”の異常性にセラが驚くのは当然のこと。


「でも、その代償が……」

「ああ、この瞳を持つ者は、自らの魔力を外部に放出して魔法として構成することが出来ない。そんな特異体質になってしまう」

「戦う力を無理やり与えられる代わりに、人間の叡智えいちたる魔力をて去ることを強要される。それはこの世界を生きる人間・・から逸脱いつだつするも同じ……」


 だが強力な力の代償は、余りに重い。

 少なくとも、俺はこんな魔眼チカラが欲しいと望んだわけじゃない。過剰な戦闘能力と歪な唯一性の果てに、他の全てをうしなうのと同義だから。


「ならば普通の人間が用いる武器では、使い捨てになるのも自明の理。たとえクリスクォーツの名剣だとしても……。ある意味、理に叶った話なのかもしれませんね」

「俺もある程度は加減もできるけど、乱戦や上位種を超える相手には流石にな……。武器は護身用にして、これからは素手で戦ってもいいが……」

「いえ、余力を残すのと力を発揮出来ないのでは、全く意味合いが違う。貴方に相応しいを授けるにはどうするか……可及的速やかに対処すべきでしょう」


 人の身を逸脱したこの災厄の力。

 受け入れて向き合ってくれたのは、同じく歪さを抱えるこの少女だけだった。

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