第13話 醜い過去との決別

「いつもそうだ……僕の方が努力しているはずなのに、お前ばかりがもてはやされる。家族も、友達も、学業でも……いつも皆の中心にはお前がいた。皆の期待はお前に寄せられるッ! それに僕が一番許せなかったのは……お前はそれが当然かのように振舞っていたことだ!」

「一体、何を言ってるんだ? それにお前の言う通りだったのだとしても、それは……」

「ああ、そうさ! お前が魔法を使うことができなくてドロップアウトするまでのことだ! だとしても僕は……僕の受けた屈辱は未来永劫消えることはない!」


 ユリオンの口ぶりには困惑を隠せないでいた。でも今にしてみれば、家族ユリオンとこうして腹を割って話すのは初めてのことなのかもしれない。


「だから、お前のことを皆に広めて蹴落としてやった! 周りの期待が失望に変わっていくのは……羨望の的だったお前が嘲笑され、カースト最下層の連中よりも下に落ちぶれていく過程は最高の楽しみだった! だが、どうして僕の心は晴れない!?」

「いや、知らん。というか、俺には関係ない」

「そう、それだ……! その澄ました態度が気に食わないんだよ! 痛かったら、痛いと泣き喚けよ! 悔しかったら少しは、悔しがる素振りを見せろよ!」


 ユリオンは脇をニヴルヘイムの兵士に固められながらも激昂。双眸そうぼうが向く先は、この俺自身――。


「どうして自分の境遇を悲観して絶望しない!? どうして無実の罪で晒し上げられて、国を追われても平然としていられる!? そんなの……おかしいじゃないか!」

「……」

「僕が疎ましいんだろう!? 八つ裂きにしても足りないぐらい憎いんだろう!? だったらどうして怒りをぶつけて来ない!? どうしてそんな風に悟ったような顔をして、僕の前に立ち塞がる!?」


 凄まじい支離滅裂っぷりではあるが、発言の意図ニュアンスは理解できる。胸に秘めていた想い――家族と別れる前にこんな会話ができていたのなら、少しはマシな未来もあったのかもしれない。

 だけど、もう全て壊れてしまった。何もかもが手遅れだ。

 そして戦場に立つ以上、俺たちはもう子供ではいられない。つまり議論に値する問題ですらないということ。

 だから、俺から伝えるのは一つだけ。


「――別に俺だって聖人君子じゃない。人並みには色々感じていた。だから、お前たちを許そうとも思わないし、許す理由もない。お前たちへの憎しみは、今も残っている」

「だったら……どうして!?」

「今更お前たちにやり返して、俺の心は癒されるのか? 本当の意味で失った日々モノが戻って来るのか?」

「それは……ッ!?」


 確かにユリオンやアメリアたちへの憎しみが無いといえば嘘になる。感情に任せて、この連中に復讐してしまう――というのも、一つの選択肢ではあるのだろう。

 実際、ニヴルヘイムの連中も若手の捕虜を一人や二人殺したところで、共闘した俺に刃を向けることはないはずだ。つまりユリオンたちの生殺与奪は、全て俺の手にある。


「別に綺麗事を並べようってわけじゃないが、自分を気持ち良くさせるためだけにお前たちと同類になるつもりは更々ない。ましてや、これから先……お前たちの命を背負って生きていくなんて御免被る」

「ぼ、僕は殺す価値すらないというのか!?」

「そうだな」

「え……?」

「俺はただの放浪者。お前はただの一兵士。それ以上でも以下でもない。この戦いは世紀の一戦でもなければ、因縁の戦いですらない。取るに足らない、小競り合いだ」

「そ、そんな!? 僕は……僕はァ!?」


 俺はこの連中やアースガルズへの復讐を生きる理由にするつもりはない。そんなことのために生きるぐらいなら死んだ方がマシだし、アースガルズの平穏が脅かされれば、あの少女の身にも危険が生じる可能性がある。


 勇者アイリス皇女セラフィーナも、皆の光となる存在だ。何もかも失くした俺ではあるが、彼女たちこそが真に護るべき存在であるということぐらいは理解している。

 家族やアースガルズを許すつもりは絶対にないが、履き違えてはいけない。この力を向ける矛先と護るべきものを――。


「――お前にとって俺がどんな存在なのかは知らんが、もう終わったことだ。正直、どうでもいいな」

「な……ァ、ッ!?」

「それと……せめて対等に向き合って欲しいなら、もう少し大人になったらどうだ? 今のままじゃ、我儘わがままな子供と変わらない」


 全てが始まったあの夜――。

 俺は地に落ちた剣を拾い上げ、悲鳴と絶叫を背に戦場を駆けた。


 乾いた大地と鼻を突く死臭。

 山賊の頭蓋を砕き、巨狼の首を斬り落とす。生者の骨肉を断ち穿ち、命を奪う感覚は今もこの手に残っている。

 降りかかった少女の鮮血は、今も俺をあかに染め上げたまま――。


 そして、蒼穹の十字を宿した瞳で多くの死を見送って来た。既にこの身は死に触れ過ぎた。だから理解できる。こんな連中ユリオンたちは、殺す価値もない。

 法の裁きを受け、敗者の烙印と砕け散ったプライドを抱えて、怯えながら生き続けるのがお似合いだ。


「そんな……こんなはずじゃ……」


 対等に話す価値すらない。それは明確な拒絶であり、人間として下に見られていると断言されたも同じ。

 余程ショックだったんだろう。さっきまでの勢いから一転、ユリオンは項垂うなだれて動かなくなった。兵士たちは虚ろな目でぶつぶつと何かを呟き続けるユリオンに戸惑いながらも、地面を引きずっていく。出荷される家畜にも等しい無様な退場劇となった。


「それと奥で被害者ぶってる非常識女もな」

「へっ……!? だ、だって私は……!?」


 不貞腐れた様子で兵士に囲まれていたアメリアが素っ頓狂な声を上げる。それは俺たちのやり取りを話し半分で聞いていたという証明。

 俺とユリオンからすれば幼馴染とも言うべき間柄でありながら、アメリアには当事者意識の欠片もないということでもある。


「皆やってたからやっただけだし、私だけじゃないもん! それに大人だって、一緒にだったんだよ!? 私は悪くないよね!?」


 今時の女子と言えば聞こえはいいが、さっきから兵士に対して縄を強く縛り過ぎだとか、どこを触っているだとかと喚いていたことを踏まえれば、もう気が触れているとしか思えない。

 その上で、このふざけ切った発言だ。もう俺には、泣き叫びながら必死で呼びかけて来るアメリアが人間ではなく、汚物にしか見えない。


「そんな昔のこと、どうでもいいんでしょ!? それより助けてェ!! ねぇ、ヴァンッ!」

「都合のいい自己解釈もここまで来ると才能だな。褒める気は全くないけど」


 そうして泣きながら出荷されるアメリアから早々に離れようとするが、この期に及んで非常識女が動き出した。

 しかし浅まし過ぎる救援申請は、思わぬ形で叩き潰されることになる。


「――話は牢屋の中で……と言ったはずだ。連れて行きなさい」

「ぎ、御意ッ!」


 理由はこれまで静観を貫いていたセラフィーナが会話の流れを両断したからだ。他人の会話をこんな形で遮るなんて、普段のセラフィーナを思えば異質な行動。彼女をよく知る臣下たちですら戸惑っているのだから、俺が感じたことは間違っていないのだろう。


「部外者は引っ込んでて! これは私とヴァンの話よ!」


 両脇を兵士に吊るし上げられたアメリアが抗議の声を上げるが、絶対零度の覇気をまとっているセラフィーナには取り付く島もない。


「貴女との会話には、生産性の欠片もない。これ以上は無意味だ。行きなさい」

「ちょっ!? まぢふざけんなし! 痛っ!? 無理やり引っ張らないでぇぇッ!!」


 直後、泣き叫ぶアメリアは怯えた様子の兵士たちによって、やたら足早に出荷されていく。この後、怖いお兄さんたちとの楽しいお話が待っているのは想像に難くない。


 曲がりなりにも、アレと幼馴染をやっていたかと思うと本気で頭が痛い。静謐せいひつで利発なセラフィーナと並べられてしまえば、なおのこと。ここまで無様で自業自得な結末には、最早怒りを通り越して呆れの方が勝ってしまっていた。


 とはいえ、夜更けの襲撃を乗り切って状況が終了したことには変わりない。それも敵対勢力を一網打尽かつ捕虜にしたともなれば、最上の戦果と言えるだろう。

 だがさっきユリオンにも言った通り、ここから先はニヴルヘイム皇国の領域。中途半端に手を貸したつもりになるなんて、命懸けで戦っているセラフィーナや兵士たちに対する最大の冒涜だ。後は任せるしかない。


「――悪いな。余計なことに時間を取らせて」

「いえ、貴方のおかげで多くの民草が救われた。些末なことです。それに複雑な事情を抱えているのでしょう? 貴方も・・・……」

「セラフィーナ……?」


 そんなことを考えていると、いつの間にかセラフィーナが目の前に立っていた。その表情は、水晶の遺跡で最後に見たものと同じ。

 朝焼けに彩られる彼女はどこか儚く、消えてしまいそうで――。


「もう夜が明けてしまいましたね」

「ああ、そうだな……」


 しかし俺も彼女も、互いについて追及することはなかった。それは多分、仲間でも友人でもない今の関係性を表している。


「結局、今夜は付き合わせてしまいましたから、是非もう少し傍にいて下さい。二度も救われた恩人を無下にするほど、我が国は落ちぶれていません」

「流石に徹夜明けで旅に出るほど元気じゃない。言葉に甘えさせてもらうよ」


 ただ俺たちは、空に昇りゆく陽の光を隣り合って見上げていた。

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