第12話 魔眼と聖剣
四散する魔力の光。
砕け散る二つの剣。
大国が誇る騎士たちは凄まじい威力で吹き飛び、再び味方の群れへと突撃。身体を
「ぐ……ぉ!? くそっ!? 何だってんだよ!」
「う、うがっ!? 腕が……ァ!?」
最初にアメリアを蹴り飛ばした時以上の大事故。
そんな連中に呆れていると、手にしていた住民の剣が砕け散った。
「流石にクリスクォーツ製とは違うか。でも……」
斬撃威力を最低まで抑えていたものの、最後の激突で限界を超えたのだろう。あの
でも、もしかしたら不条理に虐げられた住民の想いが、ユリオンたちを地に伏せさせる時までこの剣を
「この……どこ触って……ちょっ、痛い!?」
「どいつもこいつも積み重なりやがって! 早く
「――おい」
「なんだよ!?」
「楽しんでるとこ悪いが、もう
「はァ!? 何言って……って、ええぇッ!?」
不本意ながら声をかければ、ストレングスと呼ばれていた部隊長が素っ頓狂な声を上げながら周囲を見回し始める。
奴の視界に映るのは、荒れ果てた街と逃げ惑う人々。そんな住民を仲間たちが蹂躙していく光景――のはずだった。
しかし、現実は違う。それも完全に真逆――。
「アーノルド、エミリオ!? なんでやられてるんだ!? こいつらに何しやがった!?」
ストレングスは自らの足元に吹き飛んで来た仲間の姿を見ると、目を
元々、この連中にしてみれば、俺とユリオンたちの戦いはただの余興でしかない。何故なら、大人数で街を取り囲んでいる以上、自分たちの絶対的有利が揺らぐことは無いと確信していたからだ。若手に好き勝手やらせていたのも、そういう理由だろう。
だが、突如として自分たちの牙城が突き崩されかけてしまっている。動揺を隠しきれないのも無理はない。
「それに……あまりにも静かだ。他の連中はどうした!? 一体どうなってやがんだよォ!?」
「返事がない。それが答えだろうな」
「その澄まし顔……お、お前、何か知ってやがるな!?」
「俺の隣にいた奴が消えていることにも気づかなかったのか? あれだけ目立つのに……」
「ふ、ふざけるなッ! あんな女一人で一体何ができる!?」
動揺と焦りを振り払うように叫ぶストレングスと、慌てて周囲を見回すアースガルズ兵士。
そんな彼らを嘲笑うかのように、蒼銀の
「――そうだな。貴様らの進軍を捻じ伏せて戻って来るくらいは造作もないが?」
「なに……ッ!? テメェ!? 女ァ!」
俺の隣に戻って来たのは、セラフィーナ・ニヴルヘイム。
ただ、その手には神聖なる剣が携えられていた。
「じゃあ、この
「最初から
「更に言えば、既にそちらの将兵は全員捕えている。我が国の増援も時を待たずに到着するでしょう。貴方たちに打開する手立てはない」
蒼銀の皇女が地に伏せる兵士たちに最終宣告を下す。
そう、さっきまでのユリオンたちとの戦いは、敵の情報を引き出しながら主戦力の目を俺に引き付けるためのもの。その間にセラフィーナが住民の安全確保・分散した戦力の排除を行い、最後に二人で挟み撃ちをかけたのが現状――というのが分かりやすいだろう。
俺個人としては住民の安否など二の次だったが、セラフィーナの考えを汲み取ってしまった以上、止めるわけにもいかない。無論、彼女の力量なら鎮圧が容易だと判断しての行動なのは言うまでもないが。
そして皇女様は返り血一つ浴びずに戻って来た。これが結果。後は目の前の連中を処理するだけ。
更に連中からしたら味方が実質人質なっているわけであり、残された選択肢は投降か自害のみ。
「
「そうだッ! 我ら精鋭部隊の力を見せてやるッ!」
「このゴミ虫野郎がァ! ヴァン……絶対に殺すゥゥッ!!」
だが連中の選択は、そのどちらでもない。
先ほどのユリオンたちと同様、数の利を活かしてたった二人の戦力でしかない俺たちを圧殺し、戦闘を切り抜けるというもの。
つまり連中にとっては、人質はあくまで助けられたら助けておこうという程度の扱い。実質的には見捨てたも同じ。
別にその選択が間違っていると断じるつもりはない。
戦場には、たとえ味方を見捨ててでも戦わなければならない状況が存在すると理解しているからだ。
だとしても、連中の行動や発言の節々からニヴルヘイムの住民どころか、味方同士でも見下し合う薄っぺらい関係性が伝わって来る。大陸最強の騎士という触れ込みがこれほど虚しく輝きを失うとは、何とも皮肉極まりない。
「全軍抜刀! 目前の敵を殲滅するッ!!」
「御意ッ!!」
その上で連中の選択肢は致命的なまでに悪手だった。
「――やかましい奴らだ。とはいえ、人質に構わず突っ込んで来るとは……」
「同胞の命よりも、自らのちっぽけな
何故、曲がりなりにも若手エリートであるユリオンとアメリアが地に伏せることになったのか。
何故、これまで一方的だった戦況が短時間でひっくり返されたのか。
明らかな異常事態でありながら、その答えを見定めないまま全員突撃を
「でえええぇぇぇっっ……な、っ!?!?」
正面から向かって来る大国の兵士たち。
しかし、急ブレーキと共にその足が止まった。
「
「同じことを三度も言うつもりはありません。武器を
俺の瞳で妖しく輝く蒼穹の光。
更に背中から漆黒の翼が顕現し、俺自身も堕ちた騎士か悪魔もかくやという姿に変質している。
その上でトドメを刺すようにセラフィーナが掲げた聖剣からは、猛々しい蒼銀の波導が発せられている。これ見よがしに神聖さを感じさせる力の奔流は、宛ら蒼銀の太陽。
それは本来相反し合うはずの災厄と栄華の象徴が並び立つという異端の光景だった。
「こんなの……勝てるわけないわよ!」
「なんだ、何だってんだよッ!? テメェらはよォ!?」
「ひぃっ!? ヴァン……貴様ァ!」
理解不可能な存在と純然たる脅威が立ち塞がる。
異形の姿を執る俺に対し、自分の魔法は通用しないのではないか。
セラフィーナが剣を振り下ろせば、自分たちなど一掃されてしまうのではないか。
ストレングスやユリオンたちは、そう思ったはずだ。
迷いは剣を鈍らせる。動揺は伝染する。
周りを見回し、困惑しながら仲間の出方を
つまり命を懸けて敵に立ち向かう覚悟もなければ、最後まで戦い抜く信念もないという証明だろう。それでいながら、小国の兵士――だと思っている少女と、魔法が使えない欠陥人間を相手に降伏するという選択肢も、
「都合が悪くなれば
「戦う者ではない一般市民を嬉々として
俺とセラフィーナの眼差しがアースガルズ兵士を射抜く。
戦場での問答は、これ以上必要ない。後は牢屋の中でじっくりと話を聞けばいい。それでも刃を向けて来るのなら――。
「ぐ……くぅ、っ!?」
連中もようやく頭が冷えて、自分たちの置かれた状況を認識したのだろう。それぞれ武器の切っ先が、
「投降か、全滅か……自ら選ぶといい。少しでもおかしな真似をすれば……即座に斬り捨てるが……?」
セラフィーナの言葉を最後に一つ、また一つ――カランという音が地面で打ち鳴らされていく。
たった二人の子供に大陸最強の戦士が自らの誇りを放棄させられるなど、屈辱どころじゃないはず。だとしても、我が身大事とあれば選択肢は一つしかない。
「……ぐ、ぅ、ッッ!!」
とうとうアースガルズ兵士たちは武器を投げ捨て、その場で
連中に全面投降を選択させたのは、俺とセラフィーナ。
最後に決め手となったのは――。
「――ニヴルヘイム皇国が先槍、第七小隊……これより戦列に加わります!」
遅れに遅れてニヴルヘイムの兵士が姿を見せたということ。唯一の希望であった数的有利すらひっくり返されたわけだ。
これで決着。
いや、俺とセラフィーナが万全の状態で戦場に到着した時点で、既に決着はついていたというべきか。後はニヴルヘイム皇国とアースガルズ帝国の問題であり、俺が介入していい領域じゃない。
成すべきことは果たした。
蒼銀の少女と駆けた鮮烈な夜も、これで終わり。
そんな風に考えていると、未だ立ち上がったままで微動だにしない敵軍兵士が一人。
「――けるな」
拘束に応じようともせず、武器を持ったままの兵士に対して全員の視線が集まる。
「――ふざけるな。この僕がゴミ虫に
皆の視線の向く先には、ユリオン・ユグドラシル。柄だけになった長剣を握りしめて俯いていた。
前髪が顔にかかって表情は伺い知れないが、ぶつぶつと何かを呟いている様は異様の一言。ユリオンを拘束すべく集まって来た兵士も困惑で息を呑む。
「そんなことが許されるわけがない。僕はあの愚兄よりも全てにおいて優れているんだ! そうさ、いつだってェ!!」
そうして何とも言えない空気が周囲を包む中、ユリオンがバッと顔を上げて走り出した。
「ふざけるな……ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなぁぁぁっ!!!!」
「何ッ!? おい貴様……!?」
「と、捕らえろ!」
突然の疾駆。
奇声を発しながらの突進に驚いたのか、周りの兵士も対応も一歩遅れてしまい、ユリオンは包囲を抜けて猛然とこちらに向かって来る。
「うおおおおおお――ぉぉぉっっ!!!!」
鬼気迫る表情を浮かべながらの雄叫び。誰かの槍を拾い上げると、鈍く光る穂先を俺に向けた。
セラフィーナが前に出ようとするものの、彼女を制して
「この期に及んで……ヴァン?」
「大丈夫だ。もう終わってる」
困惑の表情を浮かべるセラフィーナに対し、黒翼と魔眼を解除しながら答える。最早戦う必要はない。何故なら、ユリオンはとっくに限界を迎えているのだから――。
「がっ!? ぐああぁっ!?!?」
ユリオンは足を
「――両腕各所、肋骨が何本か、それから左足……そこら中の骨が折れてるんだ。普通に歩くのでも一苦労なのに、身体強化の出力を無理やり引き上げて突っ込んで来るからそうなる」
「い、だ……ふじゃけるなぁぁぁっっ!!!! 僕を見下ろすなァ!!」
当の本人は手にした槍を投げ出し、ようやく知覚したであろう激痛に悶えていた。地を這う
「ぐ……はっっ! う、ぐぐぅ……!? 初級魔法一つ使えないお前が……僕たちの魔法を語るんじゃないッ!!」
「そうだな。確かに“魔法”は使えない。でも戦う力がないわけでもない。自分の眼で見たはずだが?」
普段どれほど恵まれた環境で勉学に励んでいるのかは知らないが、この状況でユリオンの暴論が通る道理などない。熱くなって平静を失っているのだから尚更だ。
これ以上、他国間の問題に介入する気はないと早々に会話を打ち切ろうとするが、ユリオンが上げた怒号によって、再び戦場全体が困惑に包まれる。
「――そういう所だ……そういう澄まし顔が気に入らないんだよ! お前のなァ!!」
何故なら、奴の口調が俺ですら耳に覚えがないほどに激しいものだったからだ。
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