第10話 過去との再会

「へぶぅ!?」

「何ぃ!? うごぉっ!?」


 間抜けな声を上げながら、少女騎士が吹き飛んでいく。その上、吹き飛ばされた勢いで周囲の仲間も巻き込み、襲撃者たちは面白いように絡み合って転げ回る。

 言葉尻だけならコミカルではあるが、全員が武装状態とあって、とんでもない大惨事と化していた。


「さて、俺はどう動くべきか……」

「ヴァン……?」

「いや、何でもない」


 早速、知り合い・・・・相手にブチかましてしまったが、びるつもりはない。むしろ刃物も使わず、顔を狙わなかったのだから温情をかけた方だろう。

 まあ両国間の混乱を招かない様、部外者の俺が倒すべきではないと判断したのが大きな理由だったわけだが――。


「あ、あっ、くぅぅ……一体、何なのよッ!? って……アンタはヴァン!?」


 俺とセラフィーナの前、多くの男たちを下敷きに起き上がったのは、アメリア・エブリー。一応、俺にとって幼馴染と呼べる人物であり、正しく予期せぬ再会だった。

 対するアメリアは立ちはだかる俺を前に茫然としていたが、程なくして状況を理解したのだろう。目尻をつり上げ、憤慨した様子でこちらを睨みつけて来る。


「なんでアンタがこんな所に居るのよ!?」

「ひぅっ!?」


 俺たちが庇った少女は、鬼の形相を前に身体を震わせる。

 一方、セラフィーナは全く動じる素振りを見せなかったばかりか、キョトンとした表情を浮かべて視線を寄越よこして来た。


「ヴァン……アレは?」


 セラフィーナが小首を傾げると、膝下近くまで伸ばされた蒼銀の髪がサラリと流れる。こんな状況の困り顔すら様になる辺りは、流石皇女様といったところか。

 しれっとアレ扱いされているアメリアには内心苦笑を禁じ得ないが、セラフィーナ本人にけなす意図が皆無であるというのは言うまでもない


「まあ顔見知りと言えば、顔見知り……かな。しかし、この連中が相手とは……」

「なるほど、そちらにとっても因縁ある相手ということですか?」

「どうだろうな……あると言えばあるし、ないと言えばない。ついこの間、捨てたばかりの生まれ故郷。ただ、それだけだ」

「なら、貴方は……」

「大丈夫だ。俺に気をつかう必要は無い。それよりアースガルズが攻めて来るのは、これが初めてなのか?」

「いや……むしろ――」


 この戦闘を引き起こしたのは、アースガルズ帝国の正規軍。

 大国アースガルズの成り立ちを考えれば、侵略戦争を吹っ掛けて来るのは無い話じゃない。とはいえ、国家間の戦いともなれば、慎重になって然るべき。

 よって行動の是非ぜひをセラフィーナに問いかけるが、それをさえぎる様に甲高い声で怒鳴りつけられる。


「ご、ゴミ虫の分際でこの私を足蹴にするなんて……! ちょっと、そこ! こっち向きなさいよ!?」


 渋々視線を向ければ案の定というべきか、アメリアがヒステリックに喚き散らしている。目を血走らせながら髪をむしっている様は、発狂と言って差し支えない。

 アメリアの狂乱っぷりに気を引かれたのか、出奔したはずの俺に気付いたのかは分からないが、蹂躙の様相をていしていた戦場は完全に停止していた。


「この敵意……いえ、悪意は尋常ではない。ヴァン、どういうことですか?」

魔眼コレ関係というか、そうでないというか……話すと長くなるな。まあ、幼馴染アレに変な情はいらない。必要があれば、斬ってくれ」

「分かりました。今は何も聞きません」

「気を遣わせるな」

「いえ、それはお互い様でしょう」


 “叛逆眼カルネージ・リベルタ”を人前で使ったのは、先のケルベロスとの戦いだけ。つまりアメリアからすれば、俺は今も無力な出来損ないのままだということ。

 その俺の手で最高潮だった気分を台無しにされたのだから、怒り狂うのは予想の範疇はんちゅう

 だからアメリアをガン無視して、セラフィーナと言葉を交わしていたわけだが――。


「生まれて来たこと自体が間違いで、生産性皆無の欠陥人間がこの私を無視!? ふっざけんじゃないわよ!!」


 当の本人は粗雑に扱われたとでも思ったのか、更にヒートアップ。まくし立てる様にキャンキャンと金切り声を上げている


 そんなこんなで混乱を極める中、更なる軍勢が戦場に姿を現した。


「――何の騒ぎだ! これはッ!」


 その存在を認識した瞬間、俺たちの出現で身を固くしていた敵軍兵士は安堵し、ヒステリーを起こしていたアメリアの表情も晴れやかなものへと変わる。


「ストレングス隊長!」

「全く、この私が出張る羽目になるとは……こんな田舎一つ制圧するのに、一体どれだけ時間をかけるつもりなのだ?」


 現れたのは、恰幅かっぷくのいい男性を先頭とした武装集団。

 武具に刻まれている紋章はアメリアと同じ。

 つまりアースガルズ帝国からの援軍。

 それも“アースガルズレッド”――連中が肩口をあかく染めた鎧を着こんでいる辺り、本国の精鋭部隊であるということも明白。今までの連中とは、文字通り格が違う。

 更にはそんな集団の中から抜け出た一人が俺を指さし、驚愕の表情を浮かべながら叫んだ。


「ヴァン・ユグドラシル……! どうしてお前がこんな所にいるんだ!?」


 そう、真新しい鎧を着こんだ少年――ユリオン・ユグドラシルが――。

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