第9話 敵襲

 俺とセラフィーナは、自らの身体で夜風を切り裂きながら一直線に疾走している。

 隣り合って並走するのは俺たち二人のみであり、他の兵士の姿はない。

 その理由は、単純明快。両瞳に蒼穹の紋様を浮かべる俺と完全武装したセラフィーナの移動速度に追従できる者がいなかったからだ。


 こうなるに至った過程――脳裏に水晶の遺跡でのやり取りが過る。


『皇女殿下ッ! 敵襲です! 既に小都市が焼き討ちにされており、至急援護を……ッ!』

『――分かりました。私が出撃ましょう。ヴァン、貴方は……』

『乗り掛かった船だ。俺も付き合おう。戦闘なら足手纏あしでまといにならないはずだ』


 セラフィーナを見て一度、更に俺を見てもう一度、ぎょっとした表情を浮かべる兵士だったが、状況を考えて完全無視。蒼銀の皇女へと視線を向ける。


『私はやい。ついて来られなければ、そのまま置いていく事になるが?』

『心配するな。いくら他国とはいえ、皇女一人を戦場に向かわせるなんて無粋な真似まねをする気はないさ』

『なら付き添いエスコート願おうか』

『え、っ……ええっ!?』


 セラフィーナの素に戻った口調。先の戦闘と同様、打てば響く会話の応酬を受けて不思議な感覚にさいなまれるが、今は気にしている場合じゃない。素っ頓狂な声を上げる伝達の兵士を置き去りにして、俺たちは夜の街へと駆け出した。


 そして、今――。


「――敵襲って話だけど、一体どうなってるんだ? ニヴルヘイムは中立国じゃないのか?」


 隣を並走するセラフィーナに率直な疑問を投げかける。


 ニヴルヘイム皇国は、代々中立を宣言する小国。争いと無縁に近いのは、俗世に疎い俺ですら知っている。

 つまり、度々侵略戦争を吹っかけていたアースガルズや他の国々とは違って、他国から恨みを買う機会は少ないと考えていい。有り体に言ってしまえば、他国を攻める理由も、攻められる理由もない。


 何より兵士は“賊が来た”ではなく、“敵襲”と言っていたし、セラフィーナも大して驚きもせず対応していた。これらから導かれる結論は、今回が初めてではないということ。


「“他国を侵略しない・他国の侵略を許さない・他国の争いに介入しない”――それが我が国の基本理念。忘れたことは一度もありません」

「つまり国家間の軋轢あつれき……侵略戦争に巻き込まれた・・・・・・ってことか」

「そういうことなのでしょうね。従属せねば、賊国として討つ。対話の余地すらない。故に襲って来ているのは各国の尖兵……」

「なるほど、どうりで手慣れた対応だったわけだ」

「あまり好ましくはないが、その通りです。とはいえ、いくら非常事態に慣れていようが、我が国に疲労は蓄積している」


 セラフィーナは沈痛そうな面持ちを浮かべながら言い放つ。それはついさっき、水晶に照らされていた時と同じ表情。

 他国からの侵略行為――彼女の憂いの一因なのだろう。


 何はともあれ、事態の大枠は理解した。俺はこの国の人間というわけではない為、積極交戦に出るべきかは定かじゃない。つまりは力を振るうべきかを見極めなければならない状況にあるということ。

 だが、この状況を理解しても退くという選択肢はない。俺が今も走り続ける理由は一つだけ。

 セラフィーナを護る。

 ただそれだけの理由だった。


 別に彼女と信頼関係を築けたなどと、自惚うぬぼれるつもりは毛頭ない。それは逆も然りであるはずだ。

 第一、セラフィーナの戦闘能力を思えば、余計なお世話である可能性も十二分にある。


 だとしても、俺は――。


 月光に照らされながら鮮血に消え去った少女。

 蒼光に照らされながら消えてしまいそうだった少女。


 俺の脳裏で、似ても似つかないはずの二つの面影が重なった。


「――ヴァン、気を引き締めてください。状況は私たちが思っていたより悪いかもしれません」

「ああ、分かってる」


 そんな想いを他所よそに、俺たちは目的の街へと到着した。


 各所から立ち昇っている黒煙と火炎、今も響く炸裂音から察するに、まだ戦闘は終わっていない。それも民衆側が押されているのは明白。

 セラフィーナと共に大跳躍。一気にメインストリートへと降り立つが、予想通り最低の光景が広がっていた。


「お願い、もう止め……ッ!?」

「早く逃げろォ!!」

「い、いや!? きゃあああぁ――ッッ!?」


 鉄の弾ける音と煌びやかな魔力光――戦場と化した街に、人々の悲鳴が木霊こだまする。


「はっ! オラオラッ! そんなもんかァ!?」

「テメェらは狩りハンティングの獲物なんだ! しっかり尻振って逃げやがれ!」


 怯える住民たちを多くの影が追い立てる。

 醜悪な笑みを浮かべて街を闊歩かっぽする余所者よそものが身に纏うのは、豪勢な鎧と武具の数々。その装備には、見覚えが・・・・あり過ぎる・・・・・紋章が刻み込まれており、思わぬ不意打ちで一瞬思考が止まる。


「何故、こんなことが……平然とできる!?」


 その瞬間、俺の隣で蒼銀の光が疾風はやてと化す。進行方向は、今も悲劇が広がり続ける戦場。セラフィーナは先んじて飛び出してしまっていた。


「セラフィーナ!?」


 予想外の事態が重なった所為せいで一呼吸出遅れながらも、後を追うように戦場を駆ける。


「こんな小国にわざわざ出向いてやったんだからさァ! せめてストレス解消には付き合うべきよねッ!! この不細工ブサイクがッ!」


 すると襲撃者の奥から、これまた見覚えの・・・・ある少女・・・・が顔を覗かせ、恐怖に逃げ惑う小さな少女目がけて手にした刃を振り下ろす。

 それを見て、俺たちは更に加速した。


「な……ッ!?」


 蒼銀の一閃を以て、襲撃者の刃が粉々に砕け散る。


「ふえ……っ!?」


 まぶたを固く閉じ、ペタンと地面に座り込んだ小さな少女は、痛みが迫ってこない事実に戸惑いの声を漏らしていた。

 更に次の瞬間、俺もそんな少女の眼前へと躍り出る。


「全く、これはどういう縁なんだ? 次から次へとッ!」


 セラフィーナの一閃で剣を粉砕された直後、衝撃で両手を上げるように無防備を晒している襲撃者に肉薄。その腹部に靴底を押し込み、襲撃者の群れへと蹴り飛ばした。直接、攻撃を加えた相手は違えど、いつかの雷雨の夜を思い出させるように――。

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