第5話 ドランゲン城の悪魔9
闇のなかで、ワレスは老婆とむきあった。
「大叔母上。あなたは儀式の秘密を知っていた。ということは、神殿のぬけ道を通ったことがある。あの神殿にある隠し階段は、この地下に通じている。
よく考えたら、もっとも外周の三辺と四辺が同じ長さなのはおかしいんだ。つまり、三辺めで廊下一本ぶんの幅が短いことになる。壁のむこうに、神殿の通路があるから。そうでしょう?」
老婆は首肯する。
「ええ。ただし、隠し通路の出口は正規の扉と連動しています。扉が開錠されているときしか、通路からこのなかへ入ることはできません」
「そのようですね。おれたちがあの本を見つけたときは、扉が閉まっていたから、なかへ入ることができなかったんだ」
老婆は深々とため息をついた。
「あなたが城に来たときから、こうなる気がしていました。やはり、わたしは罰されるのですね」
「でも、あなたは自分のしたことを悔いている。だから、ロベールを助けようとして、ここまで来た。モルガンまで来てしまったのは予想外だっただろうが」
カンテラのあわい光のなかで、老いた婦人は悲しげな瞳をしていた。ずいぶん長いこと苦悩してきたのだと、その目を見ればわかる。
「あなたが結婚しなかったのは、おそらく、それができない相手と恋仲になったからですね? その人との子を成したのではありませんか?」
老婦人はそれにも従順に答える。
「ええ。そのとおりですわ」
「もしかしたら、前回の認定式のときに行方不明になった、長男のグラウではないですか?」
「そうです」
やはりか。そうではないかと思っていた。
「体裁の悪い子どもだから、兄の息子ということにされたのですね? それで長男なのに、認定式から外され、次男が儀式にチャレンジすることになった」
こっくりと無言で認める。
ワレスは続けた。
「だが、あなたはこの儀式の秘密を知っていた。何も言わなければ、次男のスラビアが死ぬことはわかっていた。あなたは迷ったすえ、沈黙した。そうすれば、自分の子どもが侯爵になれると考えたからだ」
また、こっくり。
「案の定、スラビアは毒を飲んで亡くなった。だが、三男は遠く離れていていない。次に長男が儀式を受けた。あなたは期待して待っていたが、あなたの息子はそれきり帰ってこなかった」
こくこくとうなずく婦人の両眼から、涙がとめどなくあふれる。
「これは推測です。あなたの息子は、自分の実母が誰であるか知っていた。そして、隠し通路の存在にも気づいた。あなたと同様に、神殿の地下であの本を見つけたからだ。母が自分のためにスラビアを犠牲にしたことを悟った彼は、別れも告げず、隠し通路から城外へ出ていった」
「きっと……そうなのでしょうね。あの子のためにと思ってしたことだったのに、わたしはわが子を苦しめただけだった」
「グラウとスラビアが婚約者のことでモメていることを知っていた。だから、決断したんですね?」
「あの子にはさみしい思いばかりさせましたから、せめても愛する人と添いとげてと思い……でも、わたしが間違っていたのです。あの子は優しかった。スラビアの命を奪ってまで、自分だけ幸福になることなんてできなかったのですね」
老婆はワレスの前にひざまずいた。
「天使さま。どうぞ、わたくしを罰してくださいませ」
「おれは天使ではない。ただの男だ」
言い放つと、ワレスは老婦人の手をとった。
「帰ろう。あなたにはもう短い時間しか残されていない。亡くなった人たちの魂に祈りをささげ、その時間をすごしなさい」
*
翌日。ワレスたちは皇都へ帰ることになった。
「じゃあな。ロベール」
ワレスが手をさしだすと、ロベールはためらいがちににぎりかえす。
「その……ワレス。君には悪いことを言った。すまない」
「いえ。かまいませんよ」
急に学生時代の口調に戻ると、ロベールは苦笑する。
「私は決心した。エルベットとの婚約は解消する。私にも、きっとどこかに、よい人がいるだろう」
「ああ。そのほうがいい」
苦笑したまま、ロベールは手を離した。
「いつかまた会えるだろうか? 君たちに」
「それはわからない。でも、困ったことがあれば、また呼んでくれ」
友達というのはいいものだなぁと、ロベールはつぶやいた。
手をふって別れる。
城門へむかう途中でジネットに泣きつかれて、さんざん手こずったが、それもいい思い出だ。
「さあ、ジェイムズ。皇都へ帰るぞ。こんな田舎とはおさらばだ」
「またまた、そんなこと言って。ほんとは少しさみしいんだろ? ロベールやジネットと別れること」
ニコニコ笑いながら、ジェイムズが言うので、ワレスは思いきり、そっぽをむいた。
ジェイムズの言うようなことじゃない。ただ、学生時代の思い出は格別。何よりも、そこにルーシサスの姿があったから。あの景色のなかにいる人たちには、誰も傷ついてほしくない……。
なんにせよ、今日は晴れ。
湖面を渡る風が心地よい。
了
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