第5話 ドランゲン城の悪魔6



 ロベールがいなくなってしまったので、ワレスたちは裏庭のまんなかで立ち往生していた。


 と、どこからか女の子が走ってくる。

 ロベールの妹だ。たしか、ジネットだったか。声をかけてほしそうに近くをウロウロしている。十四、五のくせに仕草が幼い。


「こんにちは」


 ワレスが微笑みかけると、女の子はわかりやすく真っ赤になった。


「こ、こんにちは」

「家族のための神殿があるそうだね。つれていってくれないかな?」


 女の子はさらに目を輝かせる。


「やっぱり! ほんとに守護天使っているのね。スゴイわ」

「守護天使ね。侯爵家を守ってくれるんだそうだね」


 ジネットはうなずく。

「それに認定式のとき、正しい継承者を導いてくれるって」

「ふうん。今で言えば、ロベール?」

「そう。モルガンは乱暴だから嫌い。ロベール兄さまは優しいの。お願い。ロベール兄さまを守ってね」

「守る? おれが?」


 もちろんという目で、ジネットはワレスをながめる。


「神殿はこっちよ。守護天使さま」

「天使? 誰が?」


 少女に手をとられて、裏庭を走るはめになった。ジェイムズが微笑ましげな目をしてついてくる。


 まもなく、背後を森にかこまれた小さな建物に出た。森のなかの東屋のような造りだ。扉はついているが、神殿と言われて想像していたより、だいぶこぢんまりしている。


「ほら、ここ」

「鍵はかかっていないのか?」

「大丈夫」


 扉に手をかけると、かんたんにあいた。建物のなかなので、昼間でも薄暗い。窓が高い位置に一つしかないのだ。


 ワレスはジネットに手をひっぱられたまま、神殿のなかに入った。祭壇があり、その上の天窓から光がそそいでいる。


 祭壇の前まで来て、ワレスは絶句した。すぐあとから追ってきたジェイムズも、うーんとうなる。


 なるほど。どおりで、この城に来てから、やけに拝まれたり、キラキラした目で見られるわけだ。ロベールが再会したワレスを見て言葉を失った意味もわかる。


 祭壇の上には一枚の大きな絵がかけられていた。ほかに神像などはない。その絵が信仰の対象なのだろう。


 巨大な竜を相手に奮闘ふんとうする戦士。

 その背後から彼を守るように翼をひろげる天使の姿が描かれていた。黄金に輝く髪も、凛然りんぜんたる眼差しも、おどろくほどワレスに似ている。


「これは、おれの肖像画かな?」


 はははとジェイムズが笑う。

「そうかもしれないよ。きっと、君の先祖だ」

「おれの先祖の背中に羽なんて生えてないと思うがなぁ」


 だから、この屋敷の人たちは、ワレスがロベールを守ると考えているのだ。

 しかし、そうなると、一人だけワレスを見ておかしな態度を見せた人物がある。


(ということは、あの人はロベールを守ってほしくないってことか? あるいは……)


 それにしても、なぜ、この場所に神殿があるのか、ワレスは気になった。祭壇だけなら城内にあったってかまわないはずだ。


「ジネット。君は家の言い伝えについて聞いたことがある?」


 ジネットは首をふる。

「そういうのは、お兄さまの役目だから。女の子は教えてもらえないの」


 なるほど。一子相伝とまではいかなくても、一族のなかでもあるていど秘匿ひとく性があるということか。


 考えこんだワレスを見て、自分の答えがガッカリさせたと勘違いしたらしい。ジネットがあわてて、つけたす。


「でもね。わたし、見たよ。ここにおもしろいものがあるの」

「何を?」


 ジネットは祭壇の裏にまわる。

 祭壇と言っても供物や儀式用の飾りを置く形には適していない。つまり、テーブル型ではない。縦長で成人男子の胸あたりまであり、ちょうど神官が参拝者の前で説教するとき、聖書を置いてその前に立つための台のようなものだ。


 裏から見ると、祭壇は空洞になっていた。しかも床面に鉄の環がある。ひっぱると、あげぶたになっていた。のぞくと階段があった。地下へむかっている。


「この前ね。神殿のなかへ人が入っていくのを見たの。なかなか出てこなかったから、なんだろうと思ってたしかめたら、ここに穴があった」


 間違いない。認定式をおこなうあの地下扉に通じる隠し通路だ。こんなところに入口があったのだ。


「ジェイムズ。行ってみよう」

「でも、明かりがない」

「ああ……」


 たしかに真っ暗だ。せめてロウソクの一本でもないことには調べようがない。

 すると、ジネットが入口まで走って、壁の燭台からロウソクをむしりとってきた。


「これを使って」

「ありがとう。君はかしこい女の子だね」


 やっぱり、わかりやすく赤くなる。

 だが、地下に女の子をつれていくのは危険だ。


「君はここで待ってるんだ。ジネット」

「わたしも行ってみたい」

「なかで何かあって、おれたちが帰ってこなかったとき、助けを呼ぶ人がいるだろう?」

「……わかった。待ってるわ」


 ジネットが納得したので、ワレスは火打ち石を使って、ロウソクに火をつけた。それをかかげて地下の穴へ入っていく。


 なかはひじょうにせまい。ならんで歩くことは不可能だ。ワレスが先頭、ジェイムズがそのあとについてくる。


 階段はさほど長くはなかった。ただそのさきに廊下が続いている。地盤の岩石を人の手でくりぬいたふうだ。


「ワレス。これ、あの場所に続いてるね?」

「そうだと思う」


 やはり、隠し通路は存在した。あるいは前回の儀式のとき、次男の死亡や、長男の失踪に関連しているかもしれない。


 しかし、意気込んで進んでいったものの、とつぜん、前方は壁にさえぎられた。石組の壁。おそらく、このむこうが、あの認定式をおこなう地下迷宮だ。


「これ以上、進めない」

「ここは秘密のぬけ道じゃないのかな?」

「そんなはずはないけどな」


 ここが通じていないとなれば、どこなら通じているのか? どう考えても、ここがだろうに。


 そのときだ。


「ワレス。ここに動く石がある」

 ジェイムズが言う。


 ワレスはその石をさわってみた。壁の一部に中空があり、そこを石でふさいであった。石をどけると、ほんの小さな空間がある。

 ワレスは手をつっこんだ。


「こういう場所には、たいてい家宝や秘密の文書が隠してあるんだよ」

「何かあるかい?」


 やがて、指さきに何かがさわる。とりだすと、一冊の本だった。

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