第5話 ドランゲン城の悪魔5
儀式の扉の奥には、どこかに隠し通路がある。
そうとしか考えられない。
しかし、あの闇のなかで見つけるには、そうとうの時間が必要だ。あるいは人数と明かりを増やし、大々的に探す。
ただ、その必要はないと、ワレスは考慮していた。
なぜなら、すでに城のなかに、その場所を知っている者がいるからだ。
時間はまだ正午だ。
昼食はロベールの部屋で三人でとった。
「ロベール。前回の儀式のことは聞いたが、その前のときはどうだったんだ? あんたの祖父が侯爵になるときは?」
「それについては聞いたことがないな。おじいさまは若いころに落馬して、それから言葉をうまく話せないんだ」
「それはいつぐらいの話?」
「私が子どものころだから、二十年ちょっと前かな」
二十年前ならロベールは四つか五つだ。それより幼ければ、たとえ聞いていたとしても、祖父の話など忘れてしまっていて不思議はない。
「じかに話すことができるだろうか?」
「まあ、おばあさまがいっしょなら、なんとか」
ロベールの祖父が歩くときに杖を使っているのは、昨夜の晩餐の帰りに見ていた。しかし、言葉も話せないとは。
食後、ロベールにつれられて、老夫妻の居間をたずねた。
先代侯爵は体が不自由ではあるが、生活に困るほどではない。夫婦仲もいい。日向の窓辺でのんびりする二人は幸福そうだ。
「こんにちは。お話を聞かせてもらえますか?」
老夫妻はワレスを見ると、両手を組みあわせて祈りだした。
なんだというのか。
いくら超絶美形だからと言って、宗教画でもあるまいに、いきなり拝まれたのは初めてだ。
「先代侯爵。あなたが認定式を受けたとき、何か問題がありませんでしたか?」
白髪頭の老人は八十歳前後。上品な顔つきをして、どこかロベールに似ている。もちろん祖父だから顔立ちは当然だろうが、それだけでない。ふんいきに通じるものがあった。
老人はモゴモゴと口のなかで何かを話す。ちょっとろれつがまわっていない。ワレスには聞きとれなかったが、夫人にはわかるらしく、大きくうなずく。
「夫はこう言っております。私のときには何もなかった。だが、父は兄を亡くしていると」
「なるほど。つまり、認定式では比較的、犠牲になる人が多い?」
モゴモゴモゴ。モゴモゴ。
「始祖に認められぬ者は死に至るのだ。聖杯が始祖の意思を伝える」
「聖杯は儀式の間の最奥にあるゴブレットのことですね?」
モゴモゴ。
「さよう」
「ゴブレットに始祖の意思が宿る?」
モゴモゴ。
「さよう」
モゴモゴモゴモゴ。
「わが家に伝わる始祖の言葉です」
モゴモゴ。モゴモゴモゴモゴモゴモゴ。
「神殿にお祈りすると、守護天使が守ってくれる」
「守護天使?」
神殿の御使いのことだろうか?
しかし、そのあとは何を話しても要領を得なかった。老夫妻は話し疲れたので昼寝をすると言う。しかたなく、部屋を出た。
「ロベール。神殿というのは?」
ロベールはなぜかクスクス笑った。
「裏庭にあるわが家の神殿のことだ。あとで行ってみよう」
「だからって、おれの顔を見て笑うなよ」
「いや、何しろそっくりだから」
しかし、せっかくここまで来たのだから、まず家族の話を個別に聞きたかった。
「近くに大叔母上の部屋があるよ。案内しようか?」
「ああ」
ふたたび、ロベールにつれられていく。さっきの祖父母の部屋もそうだが、老人たちはみんな一階に自室があった。大叔母の部屋からは裏庭が見える。神殿というのは見あたらない。
「話をしてもかまいませんか?」
「…………」
老婆はワレスをひとめ見て悲鳴をあげた。あまつさえ、鼻先でドアを閉めてしまう。
「大叔母上。あの、あけてもらえませんか? 私の友人が昔の話を聞きたいと言うのですが」
ロベールが扉をたたくが、それきり迎え入れられる気配はない。
「……あの大叔母さんは、おれをなんだと思ってるんだ? 魔物? 死神?」
「いや、まあ、それは神殿へ行けばわかるさ」
「ふうん?」
しょうがないので庭へ出たところで、仲よく肩をよせあっている二人に出会った。モルガンとエルベットだ。
あきらかに浮気の現場なのだが、それを見てもロベールはうろたえなかった。
「ごきげんよう。エルベット」
「ごきげんよう。ロベール」
かたくるしくあいさつをかわし、エルベットの指にキスをする。ロベールはそのまま、弟と婚約者のそばを素通りし、神殿があるという方向へ歩きだす。
信じられない。ワレスなら弟の胸ぐらをつかみ、問答無用で一発なぐってるところだ。
しかし、他人の弟をなぐることはできないので、ロベールを追っていく。
「ロベール。あんたはそれでいいのか? エルベットが弟といても?」
「ああ。かまわないよ」
「だけど、エルベットはあんたの婚約者だ。まさか、気づいてないなんて言わないよな? エルベットがモルガンを見るときの目つき。それに、さっきのようすでは、モルガンだってエルベットのことを——」
すると、とつぜん、ロベールがワレスをふりかえり、つきとばすように肩を押す。温厚なロベールにしては激しいふるまいだ。
「私だって君くらい美しい男なら、弟に文句の一つや二つ言ってやるさ」
ロベールの声がふるえていたので、ほんとは悔しいのだとわかった。弟にコンプレックスをいだいているのだと。
ロベールは涙を浮かべて走っていった。
ジェイムズがそばによってくる。
「私だって、恋敵が君なら、戦う前にあきらめるよ」
「だからって、このままじゃ誰も幸せになれない」
とたんに、ジェイムズが至福の笑みを見せる。
「友達だから、ロベールに幸せになってもらいたいんだね。ワレス」
「そんなんじゃない!」
そっぽをむいたものの、カアッと頬がほてるのがわかった。
まったく、ジェイムズは油断ならない。
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