第5話 ドランゲン城の悪魔3
「ところで、その地下扉の鍵は誰が持ってるんだ?」
ワレスがたずねると、ロベールはうなずいた。ワレスのぞんざいな口調にだいぶなれてきたらしい。
「今は現侯爵の父上だ」
「誰も持ちだすことができない?」
「できないだろうな。父上の寝室の壁に専用の金庫がある。金庫にも鍵がかかっているから」
「鍵のための鍵がいるわけか」
「金庫の鍵は代々、当主が受け継ぐ印象指輪だ」
「その指輪はどこで保管しているんだ?」
「父上が常時、身につけていらっしゃる」
なるほど。たしかにほかの誰にもつけいるスキがない。それでは鍵を盗むことは不可能だ。
「試しにおれやジェイムズがなかへ入ることは?」
「それは、父上に頼めばできる。当主のゆるしがあれば」
「今日はもう日暮れ前なので、明朝、そこへ入ってみたい」
「わかった。父上に話をつけておこう」
自分が助かりたいものだから、ロベールはなんでも言うことを聞いてくれる。
そのあと、じきに晩餐の時間になった。ワレスたちはロベールの大切な客としてもてなされた。湖でとれる新鮮な魚料理や、近くの森で狩りだされた鹿肉も出される。スープにはふんだんなキノコ。これなら田舎暮らしも悪くないと思える料理だ。地酒がまた美味い。
家族はロベールが紹介してくれたとおりだった。見ための年齢で誰がそれなのかわかる。仲むつまじい老夫婦。これまた仲むつましい中年夫婦。大叔母というのは未婚なのだろうか?
あとは、モジモジしながらワレスを見つめている少女と、ロベールの弟とおぼしき二十歳くらいの男。
ロベールはワレスたちより五つくらい年上だから、弟がちょうど同じ年齢だ。
「弟は二人じゃなかったか?」
ワレスがロベールの耳元でささやくと、
「あれは次男のモルガンだ。アントワーヌは皇都の学校に行ってるんだ。だから、長い休暇のときしか戻ってこない」という答えだ。
それに、一人は妹だろうが、もう一人、若い女がいる。二十歳前後。少し茶がかっているが、金色と言えなくもない髪の娘だ。なかなかの美人だ。
「あれは?」
「か、彼女は私の婚約者のエルベット。私の認定式がすめば、すぐに婚儀だから」
婚家で花嫁修行でもしているわけか。
しかし、美味な料理を食べつつ、家族の観察を続けるうちに、ワレスは気づいた。エルベットの視線は婚約者のロベールより、弟のモルガンに多くなげられる、と。
(これは、三角関係か? まあ、ロベールはまじめだが退屈な男だしな。それにくらべて、モルガンは明るくよくしゃべる)
確実にいっしょにいて楽しいのは、モルガンのほうだ。顔立ちも基本的には兄弟似ているものの、モルガンがちょっとだけハンサム。
晩餐の席で、ジェイムズが以前の認定式のことを聞いたが、誰からもこれという情報は得られなかった。
みんなほんとうに呪いだと信じているように見える。少なくとも外から見たかぎりでは。
が、晩餐のあと、ロベールの父、現在の侯爵に呼びとめられた。
「私の部屋に来てはくれまいか。都のお客人よ」
なんだろうと思いながら、ジェイムズと二人でついていく。部屋に入ると、侯爵は深いため息をついた。
「儀式の呪いについて調べるために、ロベールがそなたたちを呼んだらしいな。私にはどうも気になることがある」
「それは?」
「見ただろう? 食卓でのこと。ロベールの婚約者は弟のモルガンのほうばかり見ている」
ワレスはうなずいた。
やはり、家族もそれに気づいているのだ。
「兄弟で一人の女をとりあうのは不幸の始まりです。侯爵閣下。さしさわりがないなら、お二人の婚約をとりけしてはいかがでしょう?」
ワレスは提言した。が、それについても、しきたりだの家同士の約束だのあるらしく、侯爵は首をふる。
「それはできない。しかし、四十年前、私が爵位を継いだときと、今の状態はとても似ている。よくないことが起こりそうで怖いのだよ」
「以前の認定式で、閣下の兄上が亡くなられたそうですね?」
侯爵は苦々しいおもてで首肯する。
「私はあのころ、まだ騎士学校にいたから、当時の家のふんいきを知らないのだが、どうも父母によれば、長兄の婚約者のことで、次兄ともめていたらしい」
「なるほど」
長男、次男で婚約者をとりあい、結果、二人が消えて爵位は三男のものに。たしかに似ている。
「とにかく、頼む。ロベールを救ってやってはくれないか」
「では閣下は、爵位は長兄が継ぐべきとお考えなのですね?」
「ロベールは優秀な子だ。性根も優しい。たしかに男としては、モルガンのほうが魅力的に映るかもしれん。が、領主になれば、ロベールは善政を敷いてくれるだろう」
そうかもしれない。ロベールは寮長だったころも、みんなのケンカをうまく仲裁していたし、幼い寮生に慕われていた。彼なら、いい領主になる。
だが、ロベールに何かあれば、爵位は順番から言って、モルガンのものになる。当然、婚約者も。ということは、兄の婚約者を自分のものにしたいと、モルガンが思っているかどうかだ。
もしそうなら、モルガンにも、エルベットにも、ロベールを殺す動機があることになる。
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