第5話 ドランゲン城の悪魔2



 湖面を真下に見おろすロベールの居室に移動し、そこでワレスたちはヴァランタン侯爵家に取り憑く悪魔の話を聞いた。


「古代、レマン湖には竜がいた。わが家の始祖は、その竜を退治した英雄だったという。竜の死骸が眠る湖をいつも見守ることができる場所に城を築いた。それがこのドランゲン城だ。一族の継嗣が爵位を継ぐとき、始祖にみとめられるための儀式がある。私ももうじき、この儀式をするのだが……」

「悪魔ってなんです?」


 ワレスは遠慮がないので、聞きにくいこともバンバン聞く。


「悪魔というか、竜の呪いではないかと思う。前回の襲爵認定式のときだ。恐ろしいことが起こった」

「どんな?」

「どんなって……ワレサレス。君はなんだか人が変わったみたいな——」

「いいから、話して」

「う、うむ」


 ロベールは続ける。


「先代のとき、爵位を継いだのは私の父だった。じつは父は三男なのだ。長男は病弱で、次男であるスラビア伯父が継ぐという話が持ちあがった。そこで認定式にいどんだが、スラビア伯父は翌朝、湖に死体となって浮かんだ。それで、長男のグラウ伯父が次にいどんだ」

「しかし、伯父上も失敗した?」

「うむ。地下に入ったまま行方不明になった。それで、三番めに挑戦した父が証を持ち帰り、侯爵になった」


 三人が挑戦し、一人死亡、一人行方不明。なかなかハイリスクだ。


「ずいぶん昔にも、こういうことがあったらしい。始祖に殺された竜が侯爵家を呪っているのだ」

「そんな危険な儀式しなくたっていい」

「そうはいかない。爵位の証を持ち帰らなければ、侯爵にはなれないのだ」


 まったく、貴族なんていうのは、なぜこうも、しちめんどくさい生き物なのだろう?


 ワレスが黙っていると、ロベールは勝手にまたしゃべりだす。


「だから、お願いだ。ついてきてほしい」

「……何に?」

「認定式にだ。守護者をつれていくことがいけないとは、どこにも記されていない。あるいは、式の夜までに悪魔の呪いを解いてほしい!」


 ずいぶん、ザックリかつ重大なお願いをしてくれた。とはいえ、じっさいに人が死んでいるとなると、ただの迷信ではない。しかもロベールの父の襲名のときとなれば、まだ三十年か四十年前のことだろう。伝説になるほどの大昔ではない。


 それなら、邸内を調べれば、少なくとも先代のときの謎は解けるかもしれない。


「ワレス。ほかでもない寮長の頼みだ。やってみよう」とジェイムズが言うので、ワレスはうなずいた。


 ロベールのおもてが輝く。

「ほんとうか? ありがとう。どんなお礼でもするから、なるべく早く解決してくれ」

「認定式というのはいつ?」

「七日後だ」


 あまり日にちがない。さっそく調べるしかない。


「ではまず、あなたの家族構成を教えてほしい」

「家族? そんなもの関係あるのか?」

「あるかないかは、これから調べる」


 ロベールはワレスの口調がだんだん横柄になってくることに戸惑っている。


「ロベール。みんなの話も聞きたいので、どっちみち家族のことは知っておかないと」


 ジェイムズがあわてて、あいだに入る。いつも、こうだ。ジェイムズは気疲れで早死にするに違いない。そう思うと、ちょっと申しわけなくなった。


「それもそうだな。わが家には今、祖父母、父母、それに私の兄妹が三人いる。次男のモルガン、三男のアントワーヌ。末の妹ジネットだ。あとは大叔母のカリーヌ」


 けっこう大所帯だ。いかにも田舎の領主の館らしい。


「あなたの兄妹はまだ誰も未婚なのか?」

「当然だ。跡継ぎの私が結婚していないからな。跡継ぎは認定式を終えてからでなければ結婚資格が得られない。そして、兄妹は跡継ぎの結婚後でなければならない。そういう決まりだ」

「まだそんな古くさい——」

「ああっ、なるほど。さすが、領主家はしきたりがたくさんあるなぁ」


 ジェイムズがワレスの口をふさいできた。ジェイムズの目がお願いだからやめてくれと言っている。

 わかったから手を離せ、と同じく目で伝える。この調子だと、滞在中にアイコンタクトがそうとう上達しそうだ。


 とつぜん、ロベールが笑いだす。


「君たちはあいかわらず仲がいいなぁ。私はこのとおり地方領主の家柄だ。学校を卒業してしまえば、当時の友人たちと会うこともない。うらやましいよ」


 そうだろうか? あのころはいつもルーシサスとベッタリしていて、ジェイムズとはさほど話していなかったと思うが。


「わかりました。あとで家族の話を一人ずつ聞くとして。ところで、問題の認定式というのは、どこで行われるのですか?」

「地下に出入口を封じる扉がある。そこから式の当日、跡継ぎが一人で入っていく」


「図面のようなものはありますか?」

「いや、ない」

「では、儀式を行う当人以外は、そこへ入ることができない?」


 ロベールは考えこむ。


「扉は鍵でふさがれているから、おそらく、そうだろうと思う」


 鍵で封印されているなら考える必要はないはずだ。

 別の入口でもあるのだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る