第2話 ワレスは素敵なジゴロ3
エリアーヌと出かけたのは服屋だ。
伯爵令嬢のエリアーヌは決して一度も来たことがないだろう。
服なんて服屋のほうが屋敷にやってきて、服地とデザインを勧め、あとは選んだものを勝手に仕立てて持ってくるのだ。そのためのエリアーヌの体格にあわせた専用の型を服屋は持っている。貴族の娘にとって、服とはそういうふうに手に入れるものだ。
「しかし、今の服は誰が選んだ?」
「これは……お母さまが。わたしにはひかえめな色のほうが似合うって」
「だからって、それじゃ子ども服だ。あなたはもう少女ではないだろう?」
「まあ、あなたって、とっても失礼ね!」
ワレスはちょっと強引に手をひいて、エリアーヌを服屋のなかへつれこむ。
ワレスがいつも自分の服を買う店だ。服地からも作ってくれるが、店頭に仕立てあがりの服をたくさん置いていた。
「あなたに一番似合う服を買ってあげるよ」
「いらないわ。服なんて、たくさん持ってるもの」
「いいから、いいから。ほら、この服なんか、あなたに似合う」
ワレスが見せたワインレッドのローブを見て、エリアーヌのおもては悲しみに沈んだ。
「ダメよ。それは……」
「どうして?」
「だって……」
わけを話すことをしぶっていた。気長に問いかけると、どうやら、以前、マルクにプレゼントされた同じ色のローブが似合わなかったせいらしい。
「プレゼントだから、それを着て夜会へ行ったの。贈りものといっしょに入っていた手紙にも、そうしてほしいと書いてあったし。でも、あのときのマルクのガッカリした顔……二度と忘れないわ」
「どんなローブだった?」
「胸があいてたわ。このへんまで。それで、袖をふくらませて飾りがたくさんヒラヒラして、えりと裾に金糸の縁取りと黒いレースがついていたわ」
「ああ」
それじゃ、エリアーヌには似合わない。服が華やかすぎて、顔立ちのおとなしさが強調されてしまう。さぞかし、舞台衣装をむりやり着せられた小間使いのように見えたことだろう。
「いいから、着てごらん」
「でも……」
ワレスが微笑むと、エリアーヌはおしだまり、言われたとおり奥の間で着替えてきた。
「……おかしくないかしら?」
「これをつけて、鏡を見て」
ワレスはエリアーヌの庭からつんできたヒナゲシを、彼女の結いあげた髪にさした。
不安げに鏡をのぞいたエリアーヌがハッと息をのむ。
「変じゃないわ」
「美しいよ」
ハイウエストで体にそった自然な形のAライン。赤を毒々しく見せる金や黒は排除し、飾りは胸元を豊かに見せるドレープだけだ。白い下着を重ね着しているので、袖や裾からそれらがのぞき、華やかだが清楚にも見えた。
「あなたはとても美しいんだ。あなた自身がそれを知らなかっただけ。そして、マルクもね」
「嬉しい……」
エリアーヌの目に涙が浮かんでくる。でもそれは、マルクの裏切りに対して見せた悔し涙ではない。
おかげで、その日のうちにエリアーヌのベッドにまで入りこむことができた。
「わたし、マルクとは別れるわ」
「それはいけない」
「どうして? わたしが好きなのは、あなたよ。ワレス」
「エリアーヌ。あなたは伯爵家のお姫さまだ。いずれは親の決めた相手と結婚しなければならない。その事実は変えられない。そうだろ?」
「そうだけど……」
「それなら相手はマルクだっていい。マルクは地方領主の息子だから、一年じゅう皇都にいるわけじゃないだろう? あなたは結婚しても皇都を離れなければいい。そうすれば、おれたちはいつでも会えるよ。マルクがいないすきに」
エリアーヌは急に笑いだした。
「マルクの生家はシュマリオ州の一番東にあるのよ。皇都まで馬でも三ヶ月かかるの」
「すごい田舎じゃないか。
「そうなの。田舎者なのよ」
「だから、あんたにあんな趣味の悪い服を贈ったんだな」
「センスはないわよね」
「これからはあんたの着る服は、おれが選んでやるよ」
エリアーヌは裏切られていた腹いせからか、すっかりワレスにまるめこまれた。
数日後。
あわてふためいて、ジェイムズがル・サラエール邸にやってくる。
「ワレス。君はまだ、ここにいたのか。大変だ。マルクがまた命を狙われた」
「いつ?」
「ついさっき。今度は食事に毒が盛られていたらしい」
ワレスは寝室の外から響くジェイムズの声を聞きながら、エリアーヌの唇でチュッと音を立てた。
「行ってくるよ」
「必ず帰ってきてね。ワレス」
「あなたはおれのヒナゲシだ」
急いで服を着て、廊下へとびだす。
死にかけたというマルクの容体を確認するために、ヴォルヴァ邸へ急ぐ。道中、ジェイムズはワレスをとがめた。
「なんで、いつまでもサラエール家から離れないんだ?」
「エリアーヌの無実を証明するためさ。この五日、ずっとエリアーヌにつきっきりだったが、彼女はヴォルヴァ邸に近づきもしないし、誰かに命令するヒマもなかった。とにかく、おれがずっととなりにいたからな」
「…………」
ジェイムズはちょっとだけ責めるような目をした。が、それについては何も言わない。言ってもムダだと悟っているのだろう。
「マルクは生きているんだろうな?」
「ああ。何度も殺されかけているから、彼も用心深くなっている。飲食物はすべて自分が食べる前に観賞魚にたべさせているんだ」
「それを屋敷の者は知っているよな?」
「それはまあ、毎食ごとにしてるなら、知れ渡ってるだろうな」
「だよな」
この時点で犯人はすでに一人しかいない。しかし、今回は別の目的もある。
ワレスたちはヴォルヴァ邸へ急行した。
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