第2話:アンタップガール(1)

 高崎から半ば投げるように依頼をされたはいいものの、俺は一向にいい案が思い浮かばず、下校時間となっていた。


「にしてもあいつ、ものを頼むにしても頼み方ってもんがあるだろ…。」

 あれでも教師陣からの受けはいいっていうんだから驚きだ。


「よし、じゃあこれでホームルーム終わるぞー。あとで三上と宇佐美、プリント職員室に持って行くの手伝ってもらえるか?」

「あ、了解でーす」

「・・・」

「うーさーみー。ほら、今回こそは文句言わずに手伝ってくれ。」


 あのゴリラのお誘いをバッサリ断ったのは俺ではなく宇佐美成瀬。うちの学校では「触れずの令嬢」なんて呼ばれていたりする。中学の頃はその美貌でスクールカースト1位にもいて、かなり言い寄ってくる男は多かった。だが、高校に上がってからは突如何故か周囲の人との関わりを断つようになり、その当時の様子は見る影すらない。まあ詳しい理由を知らないどころか、俺は彼女と一切言葉を交わしたことすらないからこれ以上の情報。…うん、彼女の前でプリント落とした時も拾うためにしゃがんですらくれなかった記憶があるな。


「おう、よかった宇佐美やってくれるか!」

 とかなんとか思考を巡らせていると、長い沈黙の後、宇佐美の方が折れた。


「よし!結構量あるから、二人で分担して運んでくれ。じゃあ、ホームルーム終わるぞー号令!」

 きをつけー、礼の号令がかかり、それぞれのグループで固まり思い思いの方向に皆が帰宅していく。


 教室には俺と宇佐美だけが残された。宇佐美は無言で全体の1/3ほどのプリントを持ち、すたすたと歩いて行ってしまった。


「おい、そんなに急がなくてもいいだろ。」

「・・・」

 あくまでも無視、と。


 特にそのまま会話もなく職員室へと向かい、無事プリントを職員室へ届けた。

「おう、サンキューな。」

「じゃあ先生、内申点よろしくお願いします。」

「馬鹿お前、お前みたいな素行不良の生徒はいくら内申点挙げてもマイナスだよ。」

 中々手厳しいことを言う。


「宇佐美もありがとな、助かったよ。」

「いえ、別に。」

 その時俺は初めて宇佐美の声を聴いた。なんつーか…

「意外とかわいい感じの声してるんだな、お前」

「っ!何よ藪から棒に。」

「いや、俺初めてお前の声近くでちゃんと聞いた気がして。」

 そんな俺らを見ながらゴリ…担任がにやにやしている。


「三上、ナンパなら職員室じゃなくてよそでやれ、見てるこっちがむずがゆい。」

「いや、先生。言いがかりもいいところですよ!」

「っていうか先生。いい大人がもじもじしないでください。」


 俺に続き宇佐美もゴリに食って掛かる。確かに筋骨隆々の男がもじもじしてる姿はまあお茶の間には到底流せない絵面だった。

「はいはい、ほんと高校生は元気だな、その若さがうらやましいよ。」


 そのままゴリは仕事に戻っていき俺らは彼の「外雨降ってるから気を付けて帰れよー」という声を背にそのまま教室を出た。


 教室を出ると宇佐美はスタスタと俺を置いて早足で歩いて行く。

「ちょっと歩くの早いって…」

「・・・」

「悪かったって、突然声がかわいいとか言ったの謝るから!別にナンパのつもりで言ったわけじゃないから!だからそんな避けないでくれよ…」

 そう言うと彼女はようやく足をピタッと止め、俺の方を振り返る。

「おう、ようやく俺の話を聞く気に…」「別に!」

「別にあなたにナンパされてるなんて思ってないから。」

「じゃ、じゃあなんでそんなに急いで…」

「私そもそも人と、特に男の人と極力近づきたくないから。」

「え?」

 そう吐き捨てるように言って彼女はそのまま帰ろうとした。


 ここで突然だが、状況を整理してみたいと思う。

 1. 彼女、宇佐美成瀬は人嫌い、さらに極度の男性嫌いである。

 2. 俺、三上壮太は生物学上、男である。

 3. 今日は雨が降っているため全体的に学校の湿度は高い。

 そして追加情報

 4. 宇佐美が振り返った場所の目の前には階段があった。


 これら4点から導き出される答えというものは何であろう。答えを一つずつ確認していくと彼女は雨により普段よりやや滑りやすくなっている廊下を振り返り彼女は大嫌いな男である俺、三上から早く逃れるために新たな一歩を踏み出そうとして、しかしそこには階段しかなかったため、うまく歩くことが出来なかった。



 …つまり端的に言うと、「階段を踏み外して、そのまま落ちていった。」


「きゃっ…」「危ないっ!」


 そんな状況を目の当たりにして流石に俺も思わず体が動いた。俺と彼女の間には少し距離があったが、人間の反射を侮るなかれ。俺の体は信じられないほど速く動き、彼女の手をつかもうと手を伸ばした。そう、手を伸ばしたんだ。でも、これもまた今思うとだが、俺はこの時彼女を助けるのが間に合わなければよかったのかもしれない。しかし反射というものはそんな後悔をあざ笑うかのごとく僕を間に合わせやがった。いや、いい。こんなことを考えても情況は何ら変わらないし、話がごちゃつくだけだ。


 話がややこしくなって申し訳ない。結論から言おう、俺は彼女に向けて手を伸ばしつかんだ…。確かに彼女の腕をとった俺の手は、


「・・・え?」


 彼女はそのまま踊り場まで落ちていき、バタンと倒れた。受け身をとっていたとしても怪我は免れないだろう高さだ。俺は空を切った自分の両手を眺めながら茫然と立ち尽くした。


 これが俺、三上壮太と文字通り「触れられざる令嬢」であった宇佐美成瀬の最初の出会いであった…。

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