祝愛
尾乃ミノリ
第1話:プロローグ
「それ」、について人が口にするようになったの一体いつごろからであっただろうか。しかし、思い返してみれば「それ」をテーマにした作品は数多く存在する。
例えば明治。ラブカディオ・ハーンまたの名を小泉八雲の名で知られる男はこれを「妖怪」と名付け本にまとめ上げた。
例えば1940年代、D.Cラブクラフトの名で知られる男は死してなお「邪神」と言う名でそれらの名を世に広めた。彼らはそれらによって当時の一世を風靡し一躍の人となったであろう(まあ、ラブクラフトは死後有名になった人物だが。
彼らが記した記録は今となっては漫画やゲームなどとどまるところを知らない、いやはや.彼らも幸せだろう。こんな風に何百年後なってまで自分の書いたものが話題になっているとは。…んなわけあるか。彼らは何だ、地位や名声を欲していたのか?そうではない。彼らが行いたかったのはそう、一種の「警撞」だ。人々は「それ」に対してあまりにも無知で、蒙昧でそして何より無警戒であった。そんな人々に彼らは開易して、それでも少しでも人々を救うために尽力したのである。ここでは僕も、そんな彼らに敬意を表してこの警鐘を鳴らす仕事を引き継いでいこう。さしあたっては僕も「それ」について何かしら名前を付けてみるとしよう。
そうだな…ありきたりだが、「呪い」なんてのはどうだろうか。
しんと静まり返った教室で、教師の声だけが響き渡る。
「じゃあ、次の問題、分かるやつはいるか?」
体育教師と見まがうほど鍛え上げられたその肉体は大学時代のアメフトにより培われたものだが意外なことに彼は数学教師。太い上腕二頭筋と丸文字で書かれた三次式がどこか奇妙な調和を果たしている。
しかしそんな彼の呼びかけに応じるものは誰一人としていない。そりゃあそうだろう。黒板に書かれた問題は基礎を習ったばかりの高校生が解くにはいささか難しい。
「なんだ、誰もいないのか…じゃあ、三上、いけるか?」
「あれ、皆わからないんですか?まあ、俺は大丈夫ですけど。」
僕が席を立つ音だけが静寂を切り裂く。黒板にすらすらと問題の答えを書いていく。
「ざっとこんなもんですかね。」
「おお、さすがだな三上!」
このくらいの問題なんて朝飯前だ。この程度の内容、小学校高学年のころに学習は終わっている。
人々からの羨望のまなざしを一身に受け、僕は満足げに席へと戻る。
「じゃあ、次の問題も三上頼めるか」
「ええ、どんな問題でもどんとこいですよ、なんちゃって。」
皆が笑いの渦に巻き込まれる。
「じゃあそんな三上に質問だが、」
「はい、なんでしょうか。」
「なんで⋯なんでお前は授業中にそんなにぐっすり寝てるんだ!」
ぱぁんという小気味良い音とともに俺の意識も現実へと引き戻される。眠い目をこすりながら周囲を見渡すとそこには笑いをかみ殺すクラスメートたちと半袖のシャツから太い上腕二頭筋を見せつけるゴリラがいた。
「おい、三上。何か言うことは。」
「ええと、素敵な上腕二頭筋、ですね?」
ゴリはため息をつきながら答えた。
「ちがう、なぜこんなにぐっすり寝てたのか理由を聞いているんだ。」
ああ、それが聞きたかったのか。
「それならそうと言ってくれないと分からないですよ…さすがの俺だって完璧じゃないんですから。」
「ああ、そうだな…まったくもってその通りだな…。」
ありゃ、なんだかゴリさんお怒りのようだな。俺がきょとんとしているとゴリはもう一回大きなため息をついた。
「もういい三上。ちゃんと教科書開け、次からは寝るなよ。」
「はい、善処します。」
そんな非常にウィットにとんだ会話をゴリと試みていたら、背中に違和感を感じた。後ろを振り返ってみると高崎杏(きょう)がシャーペンで俺の背中を突いていた。高崎杏、中学からの同級生。中学時代は部活が同じだった影響もあり他の人よりはまあ、多少は親交の深い人物だと言える。
「何か用か。」
「うん。あのさ、ちょっと相談があるからお昼時間とれない?」
「はぁ、ってかなんでこのタイミングだよ。」
「ちょっ、ちょっと声が大きいって!」
教師の前ではあくまで優等生の彼女からしたら授業中こんな風に喋ってるのを見られるのはいささか都合が悪いのだろう。
「で、どうしたんだよ。」
「わざわざこのタイミングで言ってるんだから察しなさいよ。」
「いや、全然想像もつかないが。」
「じゃあその時話す!昼休み、視聴覚室ね!」
言い捨てるようにそう告げると高崎は黒板の方を向いた。
その後は特に誰かが寝ることも無く何のアクシデントもなく最後に課題のプリントを配り、授業は終わった。
そして時は流れ、昼休み。約束通り視聴覚室に向かうと既に高崎が昼食のパンうを食べ始めていた。。そのまま彼女の2つ隣に座る。
「ずいぶん早いんだな。」
「うん、授業終わってそのまま来たから…ってなんか遠くない?」
「そうか?こんなもんだろ。」
「つれないなー、これでも中学からの付き合いじゃん、ほら!」
そう言って彼女は自分の隣の椅子を叩くので俺も言われるがまま移動する。
「で、話ってなんだ?」
「うん、突然なんだけど…アンタ、幽霊とかオカルトとか信じる?」
「まあ、お前ほどじゃないが多少は信じてる。」
「私ほどじゃないって、そんな褒めなくても。」
今の言葉のどこに褒めてる要素があったのか、そういって高崎は照れたような表情をする。
「ほら、ふざけてないで続けろ」
やや不満そうながらも彼女は続ける
「最近うちの学校の女子の間で不思議なことがよく起きるんだって。」
「不思議なことって?」
「例えば―、ある子が自分の親友のことをすっかり忘れちゃったりとか、真面目が取り柄みたいな子がある日突然髪の毛染めて派手な格好始めたりとか。」
「そんなにおかしいか、それ?どーせ派手に喧嘩したとか、ドラマに影響を受けてじゃないのか?」
そう言うと彼女は急に体を乗り出してきた。
「全っ然違う!その子がイメチェンして学校来た時学校大騒ぎだったんだから。職員会議の議題にもなったくらいだったし…。ていうか、一個目に関しては何かの影響とかでは説明できないでしょ?」
確かにそれはそうだが。
「だけど、それが何だってんだよ。」
「うん、だから、調べてきて?」
「なるほどなるほど…って、おい、今なんつった?」
「いま、この学校の女の子たちが怪現象に悩まされてるでしょ?」
ああ、その通りだな。
「で、私は新聞部副部長でしょ?」
それも確かにそうだ。
「だから、三上は私にネタを提供するべきでしょ?」
そういいながら彼女はすっと俺の弁当の卵焼きを奪っていく。
「いやその理屈はおかしい。あと人の卵焼きをサラッと盗るな。」
何の義理があって俺がお前にそれだけのことしてやらなきゃならないんだ。あと卵焼き今日イチの自信作だったのに…。
「まあまあ、いいじゃんいいじゃん!人助けだと思って!」
「それはもはや人にものを頼む態度じゃないだろ・・・」
「え~?高校数学を小学校で体得した天才君ならこのくらい朝飯前でしょ?」
と、彼女は悪戯っぽく笑って見せる。
「お前っ、聞こえてたのか!」
「後ろの席だから丸聞こえよ。」
「嘘だろ、おい…」
言葉に詰まっている俺をよそに、彼女はパンの袋をくしゃくしゃっと丸めて片づけを始める。
「ちょっ、ちょっと待てって!」
「待たない、私この後用事あるから、ばいばーい。」
俺の静止もむなしく高崎はそのまま視聴覚室を出て行ってしまった。
「いや、調べようにも方法がないじゃねぇか…。」
後々から考えると彼女のこの判断は英断だったといえよう。いや、ひょっとすると彼女はこうなる事すら見えていたのかもしれない。そう思ってしまうほど、俺はこの後数奇な運命に巻きこまれるわけだが、しかしこの時はもう既に、あまりにも、後の祭りであった。
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