第19回 大人としての責任

 YUSA日本支部は真芯湖の立ち入り禁止区域に隣接した土地に自社ビルと工場を構えている。

 表向きは食品開発企業であるYUSAがこんな場所に建っているのは、裏の理由で真芯湖の管理が目的だ。

 広大な廃墟に囲まれた湖は隠れて住む不法滞在人や金品を漁る盗賊集団が後を経たない。

 真芯湖が出来たのは五年前。

 戦時中に埋められて、そのままになった大量の不発弾が爆発してしまうという未曾有の大惨事によって引き起こされた。

 未発見の不発弾はまだ地下の何処かに存在すると予想され、約五年前に町は隔離されてしまった、というそれは表向きの話だ。


「真芯湖に接近する熱源あり……い、いえ……あれ?

「どうしたの?」

「それが……熱源、消失しました」

「どういう、キャッ?!」


 不穏な知らせと共に、地下にある作戦司令室が揺れる。

 何者かが地上にあるYUSAの建物に攻撃を加えているようだった。


「生産工場とビルの一部に火災。停電も発生しているようです」

「消火を急いで、防護シャッターを展開!」


 自信のように地面が唸りを上げると、YUSAの敷地を囲うように約30メートルの高く厚い壁が一瞬にして聳え立つ。

 副司令の椿は各職員に指示を送りながら、周辺の監視カメラやレーダーを観察する。


「何が飛んできてるの?」

「か、雷です。雷が真横から落ちてきています!」


 四方八方、見えない場所から光の速度で飛来してくる電気の塊。

 分厚い防護シャッターの壁を何度も、何度も叩き続けた結果は敵の勝ちだ。


「大変です……シャッター、徐々に下がっていきます!?」


 防護シャッターの内部が強力な電気により異常を起こしてしまい地面に戻ろうとする。 司令室側では操作を受け付けなかった。


「正継くんは?!」

「それが、呼び出し中で」

「全くアイツ、早く来なさいよ。このままだと……」


 ◆◇◆◇◆


 ヒタヒタと静かな格納庫へと続く通路。

 何かに導かれるままに歩く叶羽の顔は虚ろで視点も定かではなかった。


 ──カナウ、IDEALが来るよ。今日の配信の時間だよ。


「……配、信…………今日の……戦い……」


 ブツブツと呟きながら進む叶羽の前に、一人の男が立ちはだかる。

 日暮正継だ。


「倒さ、なきゃ……ボクが…………あいつらを……」

「どこ行くんだ?」


 何も見えていないのか叶羽は進路を変えずドスン、と仁王立ちする正継の胸に顔をぶつけ、そのまま尻餅を突いて倒れてしまった。


「痛っ……あれ? どうして、ここどこ?」

「大丈夫か? 立てるか真月君?」

「は、はい……」


 正継が差し伸べた手に掴まり叶羽は立ち上がる。

 父親以外の男性の手を握ったのは初めてだった。


「えぇと、確か」

「日暮正継だ。最初に話したとき以来だったか?」

「はい……ヒグラシ?」


 その名字を聞いて脳裏に浮かんだ少女の姿を思いだし、叶羽は頭を抱えて崩れ落ちる。


「よ、陽子ちゃ……私、アイツらをやっつけなきゃ」

「日暮陽子は、俺の妹なんだ」

「え…………お、お兄さんなの?」


 驚く叶羽。

 翌々、思い出せば陽子には兄がいる話は聞いたことがあった。

 家に遊びに行ったとき、部屋に飾ってあった家族写真に写っていた人物に見覚えがあった気がしていた。

 

「年一しか帰ってない。十歳以上も歳が離れているからな。でもメールで君の事はよく陽子から聞いてるよ」

「……陽子ちゃんは知っているんですか? ここの事を」

「この仕事は国家機密だ。所謂、秘密組織でね、家族にも言えない」


 正継は悲しそうに俯く。


「さっき、思わず電話してしまってね……お袋は泣いていた。親父も巻き込まれて死んだらしい」


 日暮家は町の小さな電気屋だ。

 数少ない叶羽が気さくに喋る事が出来たのが陽子の母親だった。

 世話焼きで明るい、たまに食事も一緒にした田舎のおばちゃんであった。

 陽子父もパソコンのことでよく相談に乗ってもらっていた。


「……真月叶羽、ここからは大人がやることだ。君はここで待っていたまえ」

「それは、出来ません」

「君は自分の力が何なのかわかっているのか?」

「わかんないです。ボクが戦うことで何かを不都合があるなら、そんなの知ったこっちゃないですよ」


 叶羽は正継を睨む。

 その瞳の奥に宿るどす黒い何かに正継は背筋がゾッとしたが、ここで怖じ気づいて引くわけには行かなかった。


「それとも、ボクの特別な力も無しに敵を追っ払えるんですか?」

「大人には例え出来ないとしても“出来ません”とは言えないこともある……だから、見ていたまえ……彼女も来た」


 ぺたぺた、と軽い足音に叶羽は振り返る。


「司令が自ら出るか」

「司令? レフィさんが?」


 そこに居たのは長い赤髪をポニーテールのように纏めた、白い制服の女性だった。


「だって、社長じゃないって……」

「経営の方はな。表向きの社長は吉原さん。よく掃除してるご老人がいるだろう?」

「えぇ?! あの人!?」


 よくドラマか何かかであるようなシチュエーションに驚く叶羽。


「そして裏のYUSA。この組織は彼女のポケットマネーで賄っている」

「レフィさんが司令……どうして?」


 自分も含め、知ってはいけない裏の世界に足を踏み入れてしまったようで叶羽は目眩で倒れそうになった。

 地面に座り込む叶羽は、そっとレフィに目をやる。

 いつもの眠たそうな目ではない凛とした表情で戦いに望む女サムライだった。


「……叶羽、今日はレフィが出る」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る