第14回 第三の人格

「はぁ……」


 部屋に戻った叶羽はベッドの布団に潜り込み、ただじっとしていた。


「……どうしたら、いいんだよ」


 両親と友人を殺され、家を焼かれ、Vチューバー活動を禁止され、復讐することすら叶わず、モヤモヤした気持ちで一杯だった。


「ボクに何が残ってるっていうんだよ……!」


 心に空いた大きな穴。

 それを何で塞げばいいのかわからなかった。

 引きこもりなせいでリアルの人間関係を作れず、家族や陽子以外で頼れる人はいない。

 ベッドの中で考えながらジタバタしたところで解決の糸口は見付からず、時間だけが無駄に過ぎていく。


「…………死んでるも同然じゃないか」


 生きる希望を見いだせない。

 大好きなロボットプラモも今まで沢山のアニメを録画したレコーダーも焼失した。

 今着ている服もYUSAの椿から貰ったもので、自分の物だと言える品は何一つない。


(なにもかも全部消えた。ならば、いっそのことボクも……)


 先の見えない闇。

 悪い考えが一瞬だけ頭を過ったがそれも嫌だった。

 その時だった。


 ───だったら、やることは一つだよ。


 頭の中に響く声。

 それは自分の声だった。


「……誰?」


 叶羽は机の上に置かれた鏡を見る。

 その鏡に写っていたのは叶羽ではなかった。

 ネットの世界で生きる、もう一人の自分であるVチューバー星神かなうの姿だった。


 ──死んだら意味ないよ。やられっぱなしで死ぬとか意味あるの?


「だってボクには何もないもの! 他に何が出来るって言うんだ!?」


 ──ある。だって“カナウ”なんだよ? 何だって叶う。


「名前は親がつけてくれた願いだよ。そうなる保証じゃない」


 ──大丈夫。さぁ、カナウの手を取って……?


「手を……?」


 ──そう。君も私もひとつの“カナウ”なんだ。



 ◆◆◆◆◆



 その頃、YUSA作戦司令室では、真芯湖を包むIDEALのライヴペインが放った毒ガスが都市部に流れ出ないよう防護シャッターを展開していた。

 地面から競り上がる五十メートルの壁は真芯湖で起きた事件以前から作られた防衛システムである。

 都市再生計画で普段は地面の中に埋まっていた。


『おいおいおい、これじゃ俺も出られないぞ!?』


 真芯湖にいる日暮正継から抗議の通信。

 追い付かれないよう毒ガスから必死に廃墟の中を逃げていた。


「まずは敵を倒すことが最優先事項でしょう?」


 椿は冷ややかな目を必死な正継に向ける。


『はっはっ、ハルカゼは相変わらず無茶を言いなさる』

「やっぱり“ウサギ”も出します?」

『お嬢の手を煩わせることもないさ。それよりも武器を寄越してほしい。遠距離で威力の高いものを頼む』

「わかったわ、キャリーを向かわせるから耐えててね」

『了か……』


 返事の途中でノイズが入り、正継の回線がぷっつりと途絶える。

 毒ガスは通信障害も起こすようだった。


「……急ぎでエアキャリーを彼の元に運んで!」

「副司令! 第二格納庫が開きます!」

「あら、早いわね。もう準備が出来たの?」

「ち、違います! ライヴイヴィルが……!」


 モニターに映し出される格納庫の監視映像。

 分厚い隔壁を力任せに開こうとする赤目の黒いマシン、ライヴイヴィルだ。


「副司令、隔離部屋に新月叶羽の姿がありません!」

「一体どうやって……機体に回線を繋げられる?」


 司令室からライヴイヴィルのコクピットにアクセスしようとした、その時モニターに叶羽らしき少女の姿が映し出された。


『…………こんかな、こんかなぁ! 幾千光年の銀河を越えてバーチャルマイチューバー星神カナウ、装いも新たに復活だヨ!』


 突然、モニターに現れたVチューバーが画面の向こう側に挨拶をかます。

 いきなりの登場に司令室は唖然とする。


「真月さん? 真月叶羽さん、よね。あなた? これは、その……一体どういうつもり?」


 恐る恐る椿が質問する。

 情報として知っていたVチューバー“星神かなう”とは姿が微妙に異なっていた。

 かなうの配信時に使っていたアバターイラストは真正面の2Dグラフィックだったのに対して、新たなカナウは完全に3Dグラフィックで前後左右自在に動き回っている。


『リニューアル一発目と言うことで、今回したいこと……いえ、これからしたいことを発表したいと思います』


 カナウは口を尖らせて自分でドラムロールを鳴らす真似をした。


『ドゥルドゥルドゥル……デンッ! カナウvsIDEAL。正義はどっち? 五番勝負ー!!』

「副司令、この映像は全世界に向けて生配信されているみたいです」

「ふざけているの真月叶羽! いますぐライヴイヴィルから降りなさい!」


 声を上げる椿だったが、カナウには聞こえていないのか無視して続ける。


『第一回目はIDEALの蛇みたいなロボット! なんでも毒ガス攻撃は鉄だろうが腐らせてしまう猛毒だとか! ズルいよね?』

 突然始まった星神カナウの生配信に視聴者がどんどん集まっていく。


「降りなさい真月叶、きゃっ……!?」


 建物内を揺らす強い衝撃に椿が床に倒れる。

 ライヴイヴィルの力によって格納庫の分厚い隔壁が破られたのだ。

 そのまま地上へと繋がる通路へと一直線に駆け出したライヴイヴィル。


『果たしてカナウとライヴイヴィルは敵に見事、勝つことが出来るのか? 挑戦……開始ィッ!!』

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