21《懐かしき面影》

 そのころアベルディオはというと__


 __ここは願望の宝玉が創ったアベルディオが思い描く世界。


 アベルディオは、なぜか畑の真ん中に立っていた。



 そうここはダインヘルム国の首都から南西部に位置する名もなき村。そしてこの村には、ハルジオン邸の別荘があるのだ。



(ここは以前、訪れたことがある。確かシェリナの家の畑だったはず。

 でもどうして、こんなとこに立っているんだ? 俺はリューセイ達と洞窟にいたはずだが)


 そう考えながら、何気なく自分が着ている服をみる。


(ん〜、どうなっている。なぜ農作業用の服に変わっているんだ?)


 必死で現状を理解しようと思考を巡らせる。そうこう考えていると、どこからか聞きなれた女性の声がしてきた。


「アベルディオ! 何、ボーっとつったってるの。早く終わらせないと、父さんに怒られるわよ。それに日が暮れちゃうし」


 そう言われアベルディオは声のする方を向くと驚きよろける。


「シェリナ!?」


(どういう事だ!? なぜここにシェリナが)


 涙を浮かべアベルディオは、信じられないと思いながらシェリナの方へ歩みよる。


「シェリナ。生きていたのか? だけど、確か君は三年前に流行り病で倒れ、」


「はあ? 何わけの分からないことを言ってんの。ほら、さっさと終わらせるわよ!」


 シェリナにそう急かされアベルディオは、ひとまず様子をみることにし涙を拭った。


 そして、シェリナとともに畑を耕し始める。


(死んだはずのシェリナが、なぜ目の前にいる。それも生前のままの姿で。

 それにしても、相変わらず綺麗なブロンドの長い髪だな。でも、あの気の強い所がなければもっといいんだが。

 ん〜だが、どうなっている。これは夢なのか? もしそうだとしても、あまりにリアルすぎだ)


 そうこう作業をしながら考えていると、シェリナがニコニコしながらアベルディオに話しかけた。


「でもさぁ。あの時は驚いたわよ。まさかアベルディオが、自分の地位を捨て屋敷を飛び出しアタシの前に現れた時には」


「俺が? なんで?」


「そう、だけど。なんでって、まさかあんだけの事をしておいて覚えてないっていうの。それに、アタシにプロポーズしてくれたことも?」


 そう言いアベルディオをジト目でみる。


(俺が告白を? って、ちょっと待て。確かにシェリナは俺の初恋の相手で好きだった。でもそれは、彼女が生きていた時の話だ。それに今は、)


 そう思い眉をひそめ考えこむ。


(落ち着け! もしかして、これは願望の宝玉が創り出した世界。だとしたら。いや待て。もしそうなら、このままでもいいんじゃないのか?)


 そうアベルディオが思った瞬間__



 __『さぁ、ここはあなたが望む世界。そう、心が欲するままに--』



 そう謎の声が言うとアベルディオは、無意識にシェリナの前まで来ていた。


「……!?」


(なんで目の前にシェリナが!? どういう事だ? 勝手に体が動いたというのか)


 さっきまでシェリナから少し離れた場所にいたはずなのに、なんで近くにいるのかと不思議に思い首を傾げる。


「アベルディオ? えっと、いきなりどうしたのよ」


「あ、すまない。今日の俺は、どうもおかしいようだ」


 そう言うと頭を抱え俯き首を横に振った。


(目の前にシェリナが。ってことは。だが、本当にこれでいいのか? このままで--いや違う! 確かに今でも後悔している。

 なぜ彼女が生きている時に、ちゃんと好きだと言えなかったのかと。

 それに、もっと早く病のことを知っていればなんとかなったかもしれないともな。でも今は、)


 そう思い微かに笑みを浮かべる。



 謎の声は、アベルディオの表情が微かに変わったことに気づき、


『これはどういう事でしょうか? ですがまだ完全にではありません。それならば、』


 そう言うと謎の声は、シェリナにある行動をするように指示を促した。



「ねぇ、アベルディオ。アタシ、今すごく幸せだよ」


 シェリナはそう言いアベルディオを誘うような視線をおくる。


 するとアベルディオは、ニコッと笑いその後シェリナの頬にキスをした。


「ごめんシェリナ。やはり、今の君と一緒にいられない」


 そして、シェリナからすこし遠ざかる。



 するとこの世界のどこかで、「ピキッ」と音がし亀裂が入る。



「それって、どういう事? まさか!?」


 そう言いシェリナは泣きそうな顔でアベルディオに近づこうとした。


 アベルディオは、そんなシェリナを抱きしめたいと思うがグッとこらえ後退りする。


「本当にごめん。今でも、君とこのまま一緒にいたいと思っている。だけど、今はリューセイ達と叶えたい夢があるんだ」


 アベルディオは目を潤ませながら申し訳なさそうな表情でそう言った。


「そっかぁ。やっと、やりたいことが見つかったんだね。うん、それならよかったぁ。昔のアベルディオは、ただ生きてるって感じだったもんね」


 そう言いながらシェリナはそばまでくるとアベルディオを覗きみる。


「あーあ、残念。昔だったら、簡単に口説き落とせたのになぁ」


 そう言われアベルディオは不思議に思った。


「シェリナ。君はまさか、」


「クスクス。うん、今アベルディオが思っている通り。アタシは、」


 そう言うとシェリナの姿が徐々に透けていく。そしてシェリナは、今にも泣きそうな表情になっていた。


「あ、そろそろお別れみたい。本当は、このまま一緒にいられるならって思ったけど。アベルディオの夢を壊したくないしね」


「シェリナ。そっか。なら今、言わせてくれ。俺は君のことが、」


 アベルディオは一瞬言葉に詰まったが、「今でも好きだ」とシェリナに告げる。


「ありがとう。その夢、絶対に叶えてね」


 するとシェリナの姿が消えこの世界の空間が崩れ始めた。



『これはいったい。こんなはずでは。ですが、何が起こったというのでしょう』


 そう言い謎の声は姿を消す。



 アベルディオは泣き崩れそうになるもグッと堪える。


(ああ、シェリナ。絶対にかなえてみせるよ。君のためにも、)


 そしてその後アベルディオは、腕を組み冷静な表情のままその場に立ちこの世界が完全に崩壊するまで待っていたのだった。

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