Happy new Yeah!

九傷

Happy new Yeah!



 ――大晦日。

 俺は何をするでもなく、部屋で一人除夜の鐘の音を聴いていた。

 初めは正確に108回鳴るかを数えてやろうとも思ったのだが、途中で面倒になってやめてしまった。



(そういえば108って数字は煩悩の数らしいけど、本当にそんなにあるのだろうか?)



 確か『三毒の煩悩』というものは習った気がするが、それだって正直曖昧だ。

 貪欲と愚痴と……、あとなんだっけ? 難しい漢字の何かだ。



(貪欲はわかるよなぁ……。要は欲する心に際限はないってことだろ)



 お金は欲しいし、時間も欲しいし、彼女も欲しい。

 細かく区別すればもっとある。きっとどれかを満たせたとしても、欲しい気持ちは無くならないだろう。

 欲は人を狂わせると言うし、これを少しでも消せるなら、人は楽になれるのかもしれない。



(でも、完全に無くすとそれはもう人間とは言えないだろうしなぁ……)



 であれば、除夜の鐘には一時的にソレを忘れさせてくれる程度の効果を期待するのが無難なのだろう。



 愚痴については……、まあたくさんあるよな。

 自分が貪欲に欲しているものを持っている人間を見れば、恨みや妬みの心なんてものは自然と生まれるものだ。

 よく、「羨ましいとは思うけど別に妬みはしない」なんて言う輩がいるが、うらやむとはうらが病むという意味であり、それは妬むのと何も変わりない感情である。

 つまり、ほとんど全ての人間はこの煩悩に苦しめられているのだ。

 これも貪欲と同様、一時的に忘れさせて欲しい感情である。



(でもなぁ……)



 窓の外を覗くと、若いカップルが神社へと向かう姿がチラホラと見かけられる。

 そんなものを見せられては、貪欲も愚痴も打ち消されるとは到底思えなかった。



 さて、三毒のもう一つはなんだったろうか。

 文明の利器たるスマホ様で調べてみることにする。



(え~っと、瞋恚? なんだこれ……)



 漢字が難し過ぎて、初見では全く読めなかった。

 どうやら『しんい』と読むらしい。

 意味は、怒りの心だそうだ。



(これもよくわかるなぁ……)



 急いでいる時に限って余計なことがおきて腹立たしく思ったり、マナーを平気で無視する輩を見て腹を立てたり……

 広く心を持とうと思っても、どうしても腹立たしく思ってしまう自分が恥ずかしい。

 そんなことはしょっちゅうなので、これも鐘の力で一時的に消してくれたら助かる気はする。


 まあ、そんなうまい話はあるハズ無いのだけど、あやかりたいという気持ちはどうしても出てくる。

 これ自体、欲まみれな考えかもしれないが……



(……あ、鐘の音が止んだ。ってことは、年が明けたのか)



 本当に鐘の音を聴いているだけで年を越してしまった。

 勿体ないとは思わないが、なんとなく複雑な気分である。



(結局、煩悩は一瞬も消えることはなかったな……)



 家族も恋人もいない独り身の年越し。

 その寂しさは、むしろ煩悩を募らせるだけであった。



(どうせ寂しいことには変わりはないんだから、いっそ初詣にでも行ってみるか……)



 一人で初詣なんて行ったら孤独感が増すだけなのだろうが、だからこそ開き直れるというものである。

 こんな俺だからこそ、今年は何か良いことありますようにという願っても罰は当たらないハズだ。



(だから神様! お願いだから今年こそ俺に彼女を!)





 ◇





 ――10分後、俺は初詣に来たことを早速後悔していた。



(寒い! 寒すぎる!)



 気温の寒さはもちろんのことだが、周囲との温度差がより寒さを際立てているのである。

 右を見ても、左を見ても、カップルしか見えない。

 こんな所に男一人でいたら、凍え死んでしまいそうだ。


 この神社は俺の住むアパート近くにある普通の神社なのだが、何故かカップル率が高い。

 土地柄というヤツなのだろうか? 確かにこの周辺にはいくつも学校があるが……


 いずれにしても、このままでは知り合いの幸せそうな顔まで見ることになるかもしれない。

 そしたら、折角除夜の鐘で消し去った(つもりの)煩悩に、再び火が点いてしまう。



(さっさと神様にお願いをして、速やかに帰ろう……)



「あれ? もしかして、斎藤?」



 覚悟を決め、長蛇の列に並ぼうと一歩踏み出した所で、後ろから声がかかる。

 いや、他の斎藤さんの可能性もあるので自分だという確証は無いが、一応振り向いてみることにする。



「やっぱり、斎藤だ!」



 どうやら俺であっていたらしい。

 しかし、俺には彼女が誰かはわからなかった。

 なにせ、マフラーでぐるぐる巻きなのである。



「……え~っと、誰さん?」



「私だよ! 浜崎! 浜崎やよい!」



「浜崎って……、ああ! 中学の!」



「そうそう! 三年間一緒のクラスだったでしょ! 超久しぶりだね~」



 名前を言われて、完全に思い出すことができた。

 確かに浜崎さんとは三年間クラスが一緒だったし、顔もはっきりと覚えている。



「久しぶり。マフラー巻いてたから全然わからなかったよ」



「あ、そういえばそうだね」



 そう言って浜崎さんはぐるぐるに巻いてあったマフラーを緩める。

 そのお陰でで口元があらわになったが、そこまで見ても俺の記憶の浜崎さんとは全然一致しなかった。



「……浜崎さん、大分キレイになってない?」



「……ちょ、ちょっとやだ! なにいきなり言ってるのよ!」



 ハッ!? 本当だよ! 俺はいきなり何を言いだしているんだ!



「い、いや、ゴメン。でも、マジで俺の記憶の浜崎さんと一致しなかったからさ……」



「……そう? まあ、嬉しいからいいけどさ」



 まんざらでもなさそうな顔をして笑う浜崎さんを見て、俺は思わず視線を逸らす。

 純粋に恥ずかしかったためだ。



「……それで、斎藤はこんな所で何してるの?」



「何って、初詣だけど……」



「え、一人で?」



 その一言がグサリと心に刺さる。

 それ以外にこんな所にいる理由がないだろ! と言おうと思っていたのだが、確かに一人で初詣というのも違和感がある。

 ボランティアか何かと思われる可能性も十分にありえる。



「……そうだよ。一人で初詣に来たんだよ! 悪いか!」



「ぷっ……、あっはっはっは! いや、悪くないけど、斎藤ってそんなことするタイプだっけ!」



「……普段の俺ならしない。これは気の迷いみたいなヤツだ」



 さっきまでの俺は、間違いなく変なテンションであった。

 煩悩を振り払うだの、神様にお願いだの、俺らしくないにも程がある。

 もしかして、何かの神秘的なモノに突き動かされたりしたのだろうか。



「ふ~ん。でも、一人なら丁度いいや。斎藤、お参りするでしょ? 一緒に並ぼうよ」



「それは構わないけど、浜崎さんこそ一人なの?」



「ウチは親と来たんだけど、二人ともご近所の人と話し込んじゃってさ。手持無沙汰だったんだよね」



 ああ、あるね。そのパターン。

 ご近所付き合いがあると、外に出ただけで井戸端会議が発生するヤツ。

 ウチの両親も、実家に帰っていなければその輪に加わっていたかもしれない。



「なるほどね。じゃあ、俺で良ければ付き合うよ」



「ありがと。それじゃ、並ぼうか」



 浜崎さんに腕を引かれ、長蛇の列に加わる。

 周りはカップルばかりだが、これなら一応は疎外感が薄れた気がする。

 俺としても、浜崎さんの誘いは大変ありがたいものであった。



「……さっきさ、私のことキレイって言ったじゃない? あれって、本音?」



 暫く他愛のない話をしていたら、浜崎さんがふとそんなことを言い出した。

 あれは紛れもなく本音なのだが、それを言ってしまって本当に良いのだろうか……

 俺のキャラ的に「キレイだよ」的なことを言ってしまうと、キモイと思われかねない気がする。



「…………」



 ここはノーコメントを貫いておこう。



「黙るってことは、やっぱり本音ってこと?」



 しまった! 確かにここで黙ってはそうだと言っているようなものであった!



「いや、え~っと、前に比べてっていう意味でね……」



「……そう。でも、それでも嬉しいかな」



 な、なんだよその反応は……

 ちょっとときめいちゃうだろ! 好きになってしまったらどう責任をとってくれる!



「……私ね、一ヶ月くらい前にフラれたんだ」



「っ!?」



 フラれた、ということは、浜崎さんは少し前まで男と付き合っていたということになる。

 そりゃあそうか、これだけ美人なんだから、彼氏の一人や二人いたっておかしくはない。



「……そりゃ、なんつうか、辛いな」



「うん。辛かった。それで、フラれた理由がね、顔が嫌いなんだって」



「馬鹿な!」



 この顔が嫌いとか、ソイツはどんだけ贅沢なんだよ! ふざけやがって……

 今まさに、俺の中で『三毒の煩悩』が爆発していた。



「ぷっ……。馬鹿なって、斎藤の反応面白すぎ」



「い、いやだって、浜崎さんの顔を理由にフるとか、ソイツ贅沢過ぎだろ……」



「あはは……。ありがとね。そう言ってくれると、なんだか救われた気分になるよ」



「……俺が言うのもなんだけど、ソイツ見る目が無いと思うわ」



 『三毒の煩悩』が爆発したが故に、思いのほか文句が出てきてしまう。

 普段の俺だったら、他人に対して絶対にここまで文句を言ったりしないのだが……



「いやぁ、斎藤ってば本当に怒っててビックリだよ。ちょっと嬉しくなっちゃった」



「…………」



 そんな反応をされると、こっちも照れ臭くなってしまう。

 それを察せられまいと暫く黙っていると、再び浜崎の方から語りだす。



「それでね。私、クリスマスも一人だったんだ。凄く、寂しかったよ」



 浜崎はそう言いながら、再びマフラーで顔を隠していく。



「初詣も家族とで、なんだか恥ずかしくて、こうやってマフラーで顔を隠してたんだ」



 成程、それでこんなにグルグル巻きだったワケか……



「でもそしたら、一人で列に並ぼうとしている斎藤っぽい人を見かけてね。思わず声かけちゃったんだ」



「……思わずって、なんか理由無きゃ、普通声なんかかけないだろ」



 恥ずかしいからわざわざ顔を隠していたのに、なんで自分から声かけたりするんだよ……



「本当に咄嗟に声かけちゃったんだよね。……でも、多分だけど、斎藤が顔も隠さず堂々としてたからかな~って気はしているんだ」



 ……俺としては堂々としているつもりなんて無かったが、確かに浜崎に比べれば堂々としていたかもしれない。

 というか、この状況で男一人でいるとか、実は結構目立っていたんじゃないだろうか? ……超恥ずかしい。



「でも、声かけて本当良かったよ。なんだか凄く気持ちが晴れた気がするし」



「……俺も声かけて貰えて良かったよ。一人のままだったら、途中で心が折れてたかもしれないし」



 これなら、見た目だけはカップルに見えなくもないハズだ。

 浜崎は残念ながら顔を隠してしまっているが、体格からして男に間違われることはないだろう。



「そうだね。これなら一応カップルに見えるだろうし、winwinの関係だね!」



 winwinの関係か……

 これで本当に浜崎が彼女なら、真の意味でwinwinなんだがなぁ……



 そうこうしているうちに、ついに俺達の前に賽銭箱が迫ってきていた。

 俺は財布の中から10円玉と5円玉を取り出す。



「斎藤はいくら入れるの?」



「15円だ」



「それって、十分ご縁がありますようにってヤツ?」



「そうだよ。悪いか?」



「ううん。悪くない。私もそうしよっかな」



 浜崎はそう言いつつ、財布の中から小銭を取り出す。



「残念。10円玉しかなかった」



「じゃあ、5円玉やるよ。俺、余らしてるし」



 5円玉の在庫には自信があるのだ。

 願掛けでご縁を求めていたからな……



 カランコロン♪



 鐘を鳴らし、神様にお願いをする。

 内容はもちろん、可愛い彼女ができますように、だ。

 今回は人に5円も恵んだし、ご利益があっても良いと思うぞ。



「ね、斎藤はなんてお願いしたの?」



「……健康でいられますようにだよ」



「嘘だ~! 十分ご縁がありますようになんでしょ?」



「い、いいだろ別に! そういう浜崎さんはどうなんだよ!」



「私は普通に、良い縁がありますように、だよ」



 まあ、それが普通だろうな……

 俺のように隠す方が、むしろ男らしくないような気もする。



「あ、甘酒配っているよ! 貰いに行こう!」



 浜崎さんは、マフラーを緩めて甘酒を貰いに駆けていく。

 どうやら甘酒が好きなようで、その表情はやけにウキウキとしていた。



(ああ、マジで可愛いな。浜崎さん……)



 こんな子をフるとか、本当その男のことが許せない……

 っと、いかんいかん。また煩悩が炸裂してしまった。



「はい、斎藤の分」



「ありがとう」



 手渡された甘酒を一口の見込むと、甘さと温かさで心が癒される気がした。

 俺も甘酒、好きかもしれない。



「今日はありがとね、斎藤」



「こちらこそ。新年早々良い日になったよ」



 彼女では無いけど、こんな可愛い子と初詣に来れたのだ。

 俺にとっては十分な贅沢であった。



「それでさ……。良ければだけど、連絡先……、交換しない?」



「っ!?」



 おいおい、これはどういうことだ!?

 連絡先交換って、もしかして期待しても良いヤツなのか!?



「い、いいのか!?」



「うん。いいよ。私はね、私のことを可愛いと思ってくれる人と、仲良くしたいんだ」



 胸が爆発しそうなくらいドキリとする。

 こんな笑顔向けられて、嬉しくないハズがない!



(メチャクチャご利益あるじゃねぇか、ここの神様……。そりゃあカップルだらけになるワケだよ)



 もしかしたら、この神社には恋愛成就の神様でもいるのかもしれない。

 俺は、これから毎日この神社に向かって感謝の礼をすることを、心に誓ったのであった。


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