―あの日のヒーロー(4)―

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★前話までのあらすじ

1970年代末。当時の宮野留雄は時代のヒーローだった。村雲健三むらくもけんぞうの芸名で主に特撮俳優として活躍し、初主演を務めた『天誅烈士てんちゅうれっし・斬ヴァルガー』がヒットすると、彼はちびっ子達の憧れとなった。


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 丁度そんな折だった。健三が夜の街で、宝石商を名乗る男と偶然知り合ったのは……。


 そこは都内のとあるバー。

 くたびれた革ジャンに年季の入ったジーンズという万年ラフな格好の健三が、カウンターで独り静かにロックグラスを傾けていると――

「おや? あなたもしかして……」

そいつはハーバルな香りをほのかに漂わせながら、背後から突然話し掛けてきた……。

「ああっ! やっぱりあなたは!」

 男は背後を振り向いた健三の顔を見るや、嬉々として目を輝かせながらそう叫んだ。

 年齢は見た目30代後半くらい。小汚い風体ふうていの健三とは対照的に、成金風なりきんかぜを吹かさんとばかりに、一目で高級ブランド物と判るストライプ柄のスーツをパリッと着こなし、足にはやけに光沢を放つ鰐皮わにがわの革靴を履いて、腕には見栄えばかりを誇張したようなデザインの金の腕時計を身に着けていた。

 およそサラリーマンではなく、実業家といった雰囲気のその男……。

 すると、男は突然――

「えっと、確か……こう……」

 手にしていたジュラルミン製のアタッシュケースをその場に置いて、健三の前でいきなり両腕を広げると――

「変身! 斬ヴァルガー……ってな感じで変身するんでしたかね? ハハハッ」

少々おどけた感じで変身ポーズをマネて見せたのだった。

 と健三は――

「あ……ああ、斬ヴァルガーを見て下さっていたんですね。ありがとうございます」

挨拶もなしに唐突にモノマネを披露されたものだから、一瞬驚いて言葉を失ってしまったが、それでもすぐに平静を装うと、自分の方から腕を差し出して――

「これからも応援よろしくお願いしますよ」

「ややっ、これはどうもどうも。まさか村雲健三さんに握手して頂けるなんて」

男と握手を交わして、有名人らしくその場を取り繕ったのだった。

 共にニコニコほほ笑んでいる健三と男。……それで終わりと思った。男はそれで満足して、立ち去ってくれるとばかり健三はその時思った。


 だが――


「――ハハハッ、いやいや実はそうなんですよ。ウチの子供が斬ヴァルガーが大好きでね、私もよく一緒に観てましたけど御剣護の剣劇アクションが最高にカッコ良くて、大人の私までシビれちゃってましたよ」

「ああ、そりゃどうも……」

「でね、休日には子供にせがまれて遊園地でやってる斬ヴァルガーショーに連れて行ったりしてたんですが、これがまた面白くてねぇ……。ステージに亜人が登場するや、会場のちびっ子達の間から悲鳴が上がって、ウチの息子なんか真っ先に怯えて泣き出すんですが、追ってすぐに『待てい! そうはさせんぞ亜人め!』って声がステージに轟くと、今度はちびっ子達が嬉々として『斬ヴァルガーだ!』って次々に叫ぶじゃないですか。そうすると会場のボルテージが一気に盛り上がって、もうねぇ……大人の私まで一緒になって興奮してしまいまして、それで――」

 シックで落ち着いた雰囲気に包まれた静かな店内に、およそ相応ふさわしくない男のやかましい喋り声がこだまする。

 止まらない男のお喋り……。握手したらすぐ立ち去るのかと思いきや、男は尚もその場に居座り続け、やむなく健三はやや面食らいながらも、しばし耳を傾けて付き合っていた。……が、興奮した様子で一方的に斬ヴァルガーを熱っぽく語る男の話しは、まるで途切れる事なく続き――

「ありがとう、これからも応援よろしく」

これにはさすがに健三も辟易して、強引に会話を遮って適当にあしらおうとしたのだが、それでも男は――

「もちろんですとも! ハハハッ、今後とも親子共々陰ながら応援してますよ。でね、さっきの話しの続きですが、ようやく斬ヴァルガーがステージに登場すると、子供達が一斉に――」

 健三から一向に離れようとせず、そればかりか……勝手に健三の隣のカウンター席に陣取って、さらに話しを続ける有様だった。

 と男の図々しさにたまり兼ねた健三は、店側の迷惑も考えて(こりゃ自分から店を出るしかないな……)と考え、

「おっと……もうこんな時間か。すみません、私はそろそろこれで――」

 さも用事があるように装い、マスターに会計を頼もうとした。が――

「フフッ……村雲さん、そう邪険になさらなくてもいいじゃありませんか……」

男は不敵な笑みを浮かべながらそう言って、

「いやいや、これは失敬。どうやら少しお喋りが過ぎて村雲さんに嫌われてしまったようですな。ハハハッ……」

 気安く健三の肩をポンポンと二度叩いたのだった。

「じゃ、邪険だなんて、そんなつもりは決して……」

「いやぁ、憧れの俳優さんにお目に掛かれる機会なんて滅多にないものですから、ついつい我を忘れて興奮してしまいまして。すみませんねぇ……」

「あ……ああ、そうでしたか……」

「良かったらお近づきのしるしに一杯奢らせてもらえませんかね」

「いや、本当に私はもうこれで失礼を……」

「まぁまぁ、まだよろしいじゃありませんか。……それに、初対面でこんなお話しをするのも不躾ぶしつけですが、ちょっと折り入ってご相談した事もあるんですよ。村雲さんにぜひお願いしたい事と言いますか……」

「私に……?」

「ええ……。私ね、村雲さんをお見掛けした瞬間に『もうこの方しかいない!』とピンときてしまいまして……。ああ、失礼……実は私、こういうものでして……」

 と男は懐から名刺を取り出すと、それを差し出して健三に手渡した。

「……宝田トレーディンググループ・ベルジンダイヤモンド株式会社の……中村さん……。おや、社長さんでしたか」

「まぁ、社長と言ってもグルーブ内の末端企業で大した事はありませんが。その会社で宝石を商いにしてまして、良質なダイヤモンドをお手頃な輸入卸価格でお客様にご提供させて頂いてるんですよ」

「ほぅ、宝石商ですか。それはそれは……」

「ですが、これが時にねぇ……安いダイヤなんて胡散臭うさんくさいとお疑いになるお客様がしばしばいらっしゃいまして……。いえね、物は確かなんですよ? ちゃんと鑑定書もお渡しするご説明もしてますし、販促用のパンフレットにはダイヤ仕入先の国の大使館から品質保証を約束する挨拶文まで掲載してますから。……ですが、それでも疑われるお客様が中にはいらっしゃいまして……。特に……独り暮らしのご高齢の方なんかがねぇ……」

「ほほう……。しかしまぁ、ダイヤなんてのは高価なイメージが定着してますからなぁ……。それが安いとなれば……」

「おっしゃる通りです。……しかしですよ? ならばと値段を吊り上げてしまえば、せっかく同業他社と価格面で差別化を図った意味がなくなってしまう。そのお手頃価格を実現しているのが、我が社が独自に開拓した卸ルートによるものでして、輸入量に限りがある関係で店頭販売は一切しておらず、ごくごく限られた方にのみお電話でご紹介させて頂いているんですよ」

「なるほど、そんなカラクリが……。シテ、そこに私とどう関わりが……?」

「そこなんですよ。……そこでご相談なんですが……私ね、村雲さんを一目見た瞬間にパッと閃いてしまったんです。村雲健三と言えば子供達に大人気で、後に時代劇への出演から今やお年寄り達の間でも幅広く名が知れ渡っている。……そんな知名度抜群のあなたにね、ぜひ我が社のイメージキャラクターを務めて頂きたいんですよ」

「はっ? 私が……イメージキャラクター?」

 中村は確かに健三にそう言った。

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