派遣

M.S.

派遣

 昔、高一の時に派遣会社に登録したんだけど、初めにもらった仕事が酷くてさ。

 二度と、派遣はやらないと思ったね。


 元々は家の近くのスーパーでレジ打ちとして、最低賃金で働いてたんだけど、頭の可笑しい客、うざいパートと正社員のババァに嫌気が差してさ。

 辞めてやったよ。

 家から近い所は良かったんだけど、近いってだけで、それ以外はクソだった。


 辞めてから少しして、そのスーパーに夜、ジュースを買いに行ったんだ。

 そしたら、僕が居た時のバイトは皆んな辞めてて、新しい学生のバイトが入ってるみたいだった。

 もうその時間になると正社員の人は居ない。多分、十七時くらいには帰ってあとはパートと学生のバイトに丸投げさ。

 バックヤードに通じる扉の窓からは事務所が見えて、そこの椅子には店長がふんぞりかえって煙草を吸いながら、パソコンでネットサーフィンしてた。

 バイトはころころ変わるけど、店長はずっと変わっていないみたいだ。


 ていうか、そんな話はどうでもいいんだ。

 派遣の話ね。


 まず、派遣会社に登録をしないといけないんだ。

 じゃないと、派遣先を紹介してもらって、仕事を請け負う事が出来ないからね。

 派遣会社自体は調べると阿呆みたいに数があった。

 日本は派遣会社の数が他所の国と比べて多いんだって。


 僕は家から近い所の派遣会社に行く事にしたよ。

 給料の受け取りは派遣会社でするから、家から近い方が良いんだ。


 僕が目星を付けた派遣会社は、自転車で十分くらいの所にあって、繁華街を貫く大通り沿いを東に行くとあるんだ。

 その派遣会社のある辺りはもう、繁華街の外れなんだけど、下品なネオンとか、吐瀉物があっちこっちに転がってて。

 治安が悪そうだなって思ったんだ。


 でも、ここまで来て何もせずに家に帰るのも憚られるし、二度手間とか、骨折り損っていうの、僕、滅茶苦茶嫌いなんだよ。


 その派遣会社の事務所は七階建ての雑居ビルの六階にあるらしかった。

 そのビルは両隣の大きいビルに挟まれて、肩を竦めているようにも見えたし、入り口を口に見立てれば、ムンクの叫びに見えなくもなかった。

 一階に、入ってるテナントの名前が載っている看板がある。

 『6F 株式会社○○』

 うん。ネットで見た派遣会社の名前だ。


 汚くて、今にも下に落ちちゃいそうなエレベーターで六階に着くと、廊下を挟んで目の前にすぐ、事務所の入り口があった。

「失礼します」

 こんこん、とノックしてから入る。

 入ると、派遣会社の人が居たんだけど、こっちには見向きもせず、パソコンから目を離さない。

 挨拶が聞こえなかったのかな?

 パソコンが置かれた机の上には、他にコーヒー缶やお菓子の類が沢山置かれてた。

 きっと儲けたピンハネ料で買ったんだ。

「ごめんなさい、登録に来たのですが」

「ああ……」

 一番僕に近い、やる気の無さそうな若い男の人が対応してくれた。

「……じゃあ、この給与体系とか、勤務の注意点のビデオを流すので、見終わったら、また教えて下さい」

 そう言って、その人は僕の目の前にノートパソコンを置いた。

 ビデオが再生される。

 『貴方達は社会不適合者です。何故なら普通に生きていれば、このような所に来る事は無いからです』

 『仕事すら、紹介されないと出来ないと言うのは、非常に恥ずかしい事なのです』

 『勤務の注意点として、

  ・貴方達は、勤務先では奴隷です。派遣先での指示には完璧に従って下さい。

  ・しっかり労働したと言う証明書を、派遣先の人に書いてもらって下さい。派遣先の人から認められない場合、給与が発生しません。

  ・更に、給与支払い手数料として、派遣先からいただいた給与の三十%を引かせていただきます。だって、社会不適合者に私達の時間を使って給料を支払うというのは、とてもとても苦痛なのです』

 『こちらも、貴方達のゴミみたいな人生の後始末を、ボランティアでやる訳では無いので、あしからず』


 ビデオが終わると、僕はさっきの人に声を掛けた。

 その人は大層気怠そうに立ち上がって、こっちに向かって来る。

「……では、お仕事の紹介に移ります。現在紹介出来るのは、明日の、この仕事のみです。やってもらえますか?」

 その人がこっちに差し出した求人の紙には、『什器搬入作業』と書いてある。

「ここの……、『待機手当』とは、何ですか?」

「それは、現場に向かう際、移動に時間がかかるので、その移動の間も給与が発生するという事です」

 それは嬉しいや。

「そんな事くらい、事前に分かっておいて下さい。移動しているだけでお金をもらおうなんて、社会不適合者の癖に生意気です。待機手当はこちらで受け取っておきます」

 その人は、求人に書いてある『待機手当』の所に二重線を引いた。

 ああ、そんな。

「明日は○○町の○○会社の玄関前で、他の方と合流して下さい。そこからは派遣先の指示に従って下さい」

 まだ、やるって言ってないのに……。

「もしかして、やる気無いんですか? 断るなら、私の時間的損失に対する罰金として、十万円をお支払いしていただきます。こっちも沢山、社会不適合者を派遣して、ピンハネしないと、家族を養えないんです」

「や、やります……」


────────────


 その集合場所は、ビジネス街の外れにあった。

 向こうを見上げると、高いビルが立ち並んで縄張りを主張しているみたい。

 底辺はお断りです、スーツを着ないと此処には入れませんよ?

 って、そんな具合でね。


 暫く待ってると、人が集まって来た。

 派遣されて来た他の人達だ。

「おはようございます」

「……っ」

 聞こえて無いのかな?

 何だか、この街は難聴の人が多いみたい。


 少しすると、派遣先の会社の玄関から、何人か人が出て来た。

 きっと、ここの会社の社員の人だ。

「一、二、三、四……、一人足りてねーじゃん、死ねよ」

 その内の一人は、やたらと愚痴を言っていた。

 契約していた人が来なかったのだろうか?

「……じゃあ、○○さんに、ついて行って」

 別の社員の人が、僕達派遣にそう言った。

 ○○さんって、誰だろう?

 ん? 他の派遣の人達は、あのハイエースに乗り込むみたい。

 他の派遣の人達は何だか、勝手が分かってるみたいだ。

 僕もそれに連られて乗る。


 エンジンが不機嫌な音を立てて、ハイエースは動き出した。

 すっごい煙草臭いハイエースだった。

 お年寄りの社員が運転手で、助手席の若い社員はダッシュボードに足を乗せて寛いで、煙草を蒸していた。

 ハイエースの窓から見える、底辺お断り高層ビル群はどんどん遠ざかる。

 ハイエースは高速に乗った。

 何処まで行くんだろう?

 三十分経っても、まだ高速の上だった。

 そろそろ車内の臭いと、運転手の厳つい運転と、不規則な揺れに辟易して、僕はipodで音楽を聴いて寝る事にしたよ。


「おい、寝てんじゃねぇよ、起きろ」

 いきなり叩き起こされた。

 確かに、移動も勤務中だとすれば、僕は怠慢という事になる。ごめんなさい。

 もう、目的地に着いたみたいだ。

「ここ、何処ですか?」

「○○県」

 聞いた事も無い県だった。

 でも、そんな事、有り得る?

 日本には四十七都道府県があって、高校生にもなれば当然、全部覚えてるよね?

 でも、それは聞き覚えが無い県だった。

 きっと、知識が、あの臭いハイエースの中でガソリンと混じった後に、排気ガスになって飛んでっちゃったんだ。


 そこは、何かの会社の事務所で、模様替えをするからそれを手伝うって事だった。

 仕事の内容は、大きなロッカーとか机、キャビネットとかを運ぶというものだった。

 奇妙なのは、それらの什器が、全部真っ黒だったって事。

 まるで、光の反射を少しも許さない素材を使ってるみたいに真っ黒なんだ。

 小さいものから大きなものまで、色々ある。

 でも、これが本当に重いんだ。

 小さいのなら、何とか一人でも持てるけど。

 大きいものは二、三人で運ばないと無理だ。

 僕は、一緒に作業していた事務所の女の人に聞いてみた。

「この中、何が入ってるんですか?」

「魂が入っているの」

「何の、魂ですか?」

「ん〜? 色んな、生きとし生けるものだった命のよ」

「じゃあ、大切に運ばなくちゃ」

「ええ、宜しく頼むわね」

 女の人はにっこり笑ってたけど、重いキャビネットを片手に一つずつ、ひょいと持ち上げて運んで行く。

 女の人なのにすごいな。

 僕も一生懸命やらなくちゃ。


 途端、大きな音が聴こえた。

 大きい什器を持っていた二人の派遣の人が、その什器を落としてしまったみたいだ。

「何やってやがるんだ」

 すると、監督してた、ハイエースの助手席に座ってた若い社員の人が、怒鳴り散らした。

 派遣の二人はぼーっと立ち尽くして、心此処に在らずって感じだった。

「あーあ。やっちゃったわね」

 さっきの女の人だ。

「不味いんですか?」

「うん。ああやって落としたりすると、中の魂が飛んで行っちゃうの。あれじゃ後で、採算が合わなくなっちゃう」

「輪廻から、出ちゃうんですか」

「……そう、そうなったら、もう、その魂は戻って来れないわ」

「可哀想、ですね」

「……まぁ、優しいのね。知らない魂なのに」

「……でも、僕も死んだら、いつかこうやって、運んでもらう日が来ると思うから…」

 僕は、自分が抱えている真っ黒のキャビネットに、視線を落とした。

「……ねぇ、君。仕事が終わったら、すぐにこの建物の裏に来て頂戴」

「え?」

「必ずよ」

 ……何だか、良く分からないけど、今はしっかりこの仕事をしなくちゃ。

 もし、手に持ってるこの什器を落としたら、大変だ。


「てめぇは。巫山戯やがって。死ね。死ね」

 何とか仕事は終わったけど、ミスをした派遣の二人は、ハイエースの横で社員の人に、ぼこぼこにされていた。

 遠目で見ても、怖くて近付けなかったな。

「おい。もう一人居た派遣の餓鬼はどうした。あいつも殺してやる。殺す。殺す」

 うわぁ。

 そう言えば、女の人に呼び出されてるんだった。

 そっちに行こう。

 あれじゃあ、ハイエースで帰る前に殺されちゃう。


 什器を搬入した建物の裏に行くと、女の人が白いレクサスのセダンに凭れ掛かって煙草を吸ってた。

 女の人は真っ黒な喪服みたいなスーツを着ていたから、それが対比になって格好良いや。

 丁度、向こうから、怒鳴り声が聴こえて来た。

「ちっ。もういい。行くぞ」

 ハイエースが出発してしまったらしい。

「私達も、行きましょうか」


 そのハイエースを追うようにして、レクサスも走った。

 高速には乗らずに、ずっと下道を走ってる。

「どの辺の子なの?」

 女の人が、助手席の僕に訊いた。

 片手でハンドルを操作して、とっても格好良い。

「○○ってとこから来ました」

 女の人は、僕の返事を聞いて訝しんだ。

「何処? それ。聞いた事無いわ」

 何だか僕は、怖くなって来た。

 今日中に、家に帰れるのかな?

 もう車窓から見る景色は黄昏を過ぎて、帷が降りてる。

 段々、田舎道らしくなって来て、車も見なくなった。

「ここからはライト消すね。追ってるのバレたら面倒くさそうだから」

 そう言って、女の人は車のライトを消した。

 すると、田舎だと言う所為もあって、周りは何も見えなくなる。

 それでもレクサスはスピードを変えずに、ハイエースを追う。

 相変わらず、曲がる度に女の人は片手でハンドルをぐるぐる回してる。

 頼りは少し前を走る、ハイエースのテールランプだけだ。


 車窓から外を見ると、何もかも真っ暗で平衡感覚が可笑しくなる。

 目を開いているのに、閉じているみたい。

 すると、その黒い景色の一部分がゆらゆらと、揺蕩っているのが分かった。

 いつの間にか、海に面する埠頭に来たようだ。

 ハイエースが埠頭の端っこで止まる。

 レクサスは少し遠い所に止まって、エンジンを切った。

「さぁ、見てて」

 女の人はにやにやしてる。

 僕は、ハイエースをじっと眺めた。

 すると、ハイエースの中から、社員の人が、派遣の二人を引っ張り出した。

 什器を落としてしまった二人だ。

 社員の人は何か叫んでいるけど、ここまでは聞こえない。

 派遣の二人は埠頭の端で正座させられた。

 もう、その後ろは海だ。

 正社員の人は、ヤンキー座りで派遣の人に顔を近付けて、何か叫んでる。

 遂に、社員の人は、俯いて正座していた派遣の人を一人、蹴飛ばして海に落とした。

「あ……!」

 僕は、無意識に身を乗り出したけど。

「駄目よ」

 女の人が僕を手で制した。

「で、でも」

「……最近はね、魂の数が合ってないの。だから、ああやって、新しい魂を作って、数を合わせる必要があるの」

「……」

 残ったもう一人の派遣の人は、怯える様子も無く、項垂れている。

 何の抵抗も無く、襤褸人形みたいにまた、海に蹴落とされていった。

 すると、用事は済んだとでも言うように、ハイエースは埠頭を出た。

「貴方も、ハイエースに乗ってたら、ああなってたのよ?」


 僕は帰る足が無いから、女の人がそのまま送ってくれる事になった。

「これ。労働証明書ね。これが無いと、給料がもらえないんでしょ?」

「あ、ありがとうございます」

 すっかり、証明書の事なんか忘れてたな。

 でも、書いてくれて、助かった。

「あのハイエースを追って行けば、貴方の街に着くかしら?」

「多分、着くと思います」

 また、レクサスは闇の中を走って行く。

 その闇が景色なのか、微睡みから来ているのか分からなくなって。

 僕はいつの間にか寝ちゃったみたいだ。


────────────


 次に目が覚めると、今朝、集合してた派遣先の会社の前に居た。

 その前に停められたレクサスの助手席で、僕は目覚めた。

 ……でも、運転席には女の人は乗っていなかった。


 見渡すと、景色の様子が可笑しい。

 目の前の会社の建物は、時間が百年経ったみたいに古ぼけてる。

 振り返ると、あの底辺お断り高層ビル群、その一つ一つも朽ちて殆どが崩れている。

 そのビル群の前を横切る高速も。

 あそこのマンションも。

 デパートも。

 視界に映る全てのものが朽ち果てていた。

 そして、このレクサスも……。

 エアコンの送風口から雑草が生えているし、足下のフロアマットからは花が沢山咲いている。


 僕はレクサスから脱出を図る。

 ドアハンドルが固まってたけど、どうにか出れた。

「なんだよ……。これ……」

 周りの世界は完全にゴーストタウンのディストピアの頽廃的廃墟の集まりになっていた。

 僕がレクサスの中でうたた寝している内に、世界では何百年も経っちゃったような……。


 僕は高層ビルの建つビジネス街に入る。

 もう今は底辺お断りの雰囲気どころか、人間お断りみたいな雰囲気だった。

 だって人が一人も見当たらない。

 独りぼっちの街を駆けて行く。

「駄目だ……」

 だあれも居ない。

 世界に僕、独りになっちゃったらしい。

「そ、そうだ」

 手に握られていた労働証明書を確かめる。

「給料を、もらわなきゃ」


 走って、昨日登録に行った派遣会社に向かう。

 やっぱり、派遣会社が入っているその雑居ビルも、その周りも、廃墟、廃墟、廃墟。

 エレベーターのボタンを押したら反応したけど、今度こそ乗ってる間に落ちちゃいそうだ。止めておこう。

 階段も所々崩れてて危ないけど、何とか、しっかりした足場を見つけて登って行く。


 六階に着くと、派遣会社の事務所入り口の扉は半開きだった。

 光が漏れてる。

 中に入ると、やっぱり人っ子独り居ない。

 パソコンだけが生きて、机の上のコーヒー缶と、お菓子のビニール袋に、画面の光をちらちら反射させてる。

 僕は、そのパソコンを操作して、登録者の名簿を見てみる。


 ○○ ○○様 ピンハネ済

 ○○ ○○様 ピンハネ済

 ○○ ○○様 ピンハネ済

 ○○ ○○様 ピンハネ済

 ○○ ○○様 ピンハネ済

 ……


 ずらっ、と人の名前が連なる横には、何だか不吉な文字が書いてある。

 僕はそのページを、只管下にスクロールする。


 僕   様 現在進行中


 名簿の一番下には、僕の名前があった。

 どう言う意味だろう?

 僕はビルの屋上に出た。

 周りを見渡す。

 人の営みを感じられる場所は、見当たらない。

 ふと、視線を感じて、見上げる。

 向こうの、高層ビルの天辺から、レクサスの女の人が、こっちに手を振っていた。

 もう片手には、スナイパーライフルを携えている。

「折角助けてあげたんだから、頑張って逃げ回って、楽しませてね?」

 女の人はそう言って、スナイパーライフルの照準をこちらに合わせた。

 僕は、本能的に恐怖を感じた。

 逃げなきゃ。


 僕は、ビルを飛び出して、あっちこっちに走った。

 誰か、仲間は居ないだろうか?

 捨ててあった自転車に跨って走る。

 途中、大通り沿いに、地下鉄への入り口があった。

 『丸の内駅』って書いてある。

 中に入るべきだろうか? でも、今にも崩れそうだ。

「き、君!」

 誰かに呼び掛けられた。

 良かった。まだ他に人が生きてたんだ。

「……⁉︎」

 僕は振り返ると吃驚してしまった。

 武装した人が、こっちにライフルを向けている。

 その人は、僕を値踏みするように問うた。

「……貴方は、『正社員』か『派遣』か……、どっち⁉︎ 『正社員』なら、この場で……」

「ぼ、僕は『派遣』です! この労働証明書を見て下さい!」

 僕は、手に握っていた紙切れを差し出した。

「……な、なら良かった……。まだ、『派遣』の人が残っていたなんて……」

「一体……、何が起きているんですか? 派遣から帰って来たら、何もかもが、廃墟になってて……、何が何だか……」

「分からないの⁉︎ もう『正社員』と『派遣』の戦争が、何百年も続いてる! まだ『正社員』は百人生き残ってて、『派遣』はもう、貴方と私を含めても十人しか生き残ってない!」

「そ、そんな……」

「あの、一番高い高層ビルに『正社員』の奴らが立て篭ってる。……あのビルの根元を見て! 転がってる真っ黒なキャビネットの数! 全部! 全部! 私達『派遣』の亡骸なの!」

「……っ」

「あのビルはもう、私達『派遣』の墓標になってる! でも、いつか私達『派遣』があのビルを崩し、『正社員』を


 そこで、その人は倒れた。

 側頭部から血が噴き出す。

 撃たれたんだ。

 向こうの高層ビルの屋上から、女の人が手を振っているのが見えた。

「後、九人ね?」

 女の人の横に、沢山のスナイパーが姿を現した。

 皆んな、こっちを狙っている。

 僕は走った。

 銃弾を掻い潜って走った。

 銃弾の雨が、どんどん降ってくる。

 『丸の内駅』に入って、地下に潜らないと。

 「うっ!」

 四肢を銃弾が掠めた。大丈夫、掠り傷だ。

 九死に一生を得て、何とか地下鉄構内に入り込む。

 奥に進んで行くと、そこには今まで虐げられてきた『派遣』の先人が作り上げた、巨大な地下都市が広がっていた。

 誰も居ない地下都市の真ん中に辿り着くと、そこには生き残りの『派遣』の八人が、肩を寄せ合っていた。

 僕が近付くと、八人は僕に気付いた。

「貴方は……」

「……今から、僕を含む九人で『抵抗軍』を組織し、『正社員』を一人残らず殺します」


────────────


 その日から、戦争は激しさを増した。

 数年後、遂に『正社員』が根城にするビルに突撃する時には、もう『派遣』は僕独りになっていた。

 両手にサブマシンガンを携えて、『正社員』を。

 殺す。

 殺す。

 殺す。


 『正社員』は、後、一人だけだ。


 階段を駆け上り、屋上に出る扉を開く。

 そこには、やはり僕をレクサスの助手席に乗せてくれた女の人が待ち構えていた。

「まぁ、こんな所まで来るなんて、社畜の才能があるんじゃないかしら?」

「……一つ、聞きたいのですが……」

「……なぁに?」

「なんであの日、ハイエースから僕を救ったんですか?」

「……あの日は、二つで良かったの」

「……?」

「あの日は、魂が二つ、足りていなかった。貴方まで殺すと、過剰になっちゃうの。それだけ。何か勘違いした?」

 女の人は、会った日と変わらない笑顔で笑ってる。

「此処は、魂の帳尻を合わせる場所。私達の母星では、今もどんどん新しい命が生まれている。その分、此処で命を消して魂を作らないといけないの。今日は母星であと一人、命が生まれるみたい」

 次の瞬間、僕の二丁のサブマシンガンと、彼女が手にしていたミニガンが、同時に火を吹いた。


────────────


 あの日、埠頭で、海に蹴落とされた『派遣』の二人のように、僕は彼女の亡骸を、ビルの屋上から蹴落とした。

 すると、彼女の死骸は汚い音を立てて、真っ黒の什器の、残骸の山の天辺に落ちて、赤い液体を薔薇みたいに撒き散らした。

 墓標に供える献花としては、お誂え向きだろう。


────────────


 僕は今も、この『旧地球』の、このビルの屋上で、『派遣』の仲間達の墓標を護りながら、荒廃してしまった一人きりの地球を見渡している。


 もう、派遣なんか、二度とやりたくないや。


────────────


 ○○ ○○様 ピンハネ済

 ○○ ○○様 ピンハネ済

 ○○ ○○様 ピンハネ済

 ○○ ○○様 ピンハネ済

 ○○ ○○様 ピンハネ済

 ……


 僕   様 ピンハネ失敗


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