第25話(冒険者たち⑥)13歳
「攻撃の手を緩めるな」
「おう」
レオがヴィルマの指示を受け、アルマに迫った。鋼の塊を軽々と振り回し、斬撃を矢継ぎ早に繰り出す。
ヴィルマの指示は的確だ。
アルマは生前の能力をフルに発揮できる訳ではない。そもそも現世にいるだけで魔力を消費してしまうのだ。それを見越してか、たたみかけるように攻めてきた。
アルマは攻撃を杖で受けずにかわす。あの強烈な斬撃を受けたら、身体ごと吹っ飛ばされそうだ。
「ちょっと、あなたたちが戦う理由はないでしょう」
わたしは思わず声を上げた。
「時の魔女が目の前にいるんだ。魔法使いなら、戦わずして下がることなど出来るものか」
ヴィルマの生き生きとした声と表情は、もはや戦いを楽しんでいるとしか思えない。
そんなヴィルマの言葉に、アルマが応えた。
「構わん。お灸を据えてやる」
魔法使いの戦いにおいて、大事なことは技の相性と駆け引きだ。単純な能力の優劣だけでは勝敗は決まらない。
無敵に思える時間魔法にも弱点はある。
例えば、戦いの流れのなかで、時間魔法をいつどのように使うかは戦略が必要だ。
時間魔法の発動には、相当の魔力が必要だ。気軽に使える訳ではない。魔法の発動前に敵から距離を詰められると、守勢にまわることになる。今のアルマのように。
レオの斬撃は執拗に続いた。
アルマがいったん飛びすさり、距離をとる。
その瞬間だった。
ヴィルマが吠えた。
「レオ、空間を斬れ!」
レオが踏み込み、その言葉通りに空間を斬った。
魔法ではない。驚くことに、それは純粋な剣技だった。
斬撃で空間が削り取られ、レオが瞬時にアルマとの距離を詰める。そこにヴィルマが氷の矢を放つ。アルマが氷の矢をかわして体勢を崩したところを、レオが逆袈裟で剣を振るった。
姉弟の息が合った連続技だ。
アルマは胸元から肩まで斬り上げられた。
「あっ、師匠!」
わたしは悲鳴を上げた。
アルマが笑みを浮かべる。
「狙いは良かった。だが踏み込みが一歩足りないな」
アルマの切られた傷が一瞬で消える。
時が巻き戻った。
「現世で時間魔法を連発するのは辛い。魔力がたまるまで待つ必要があった。それにしても厳しい攻撃だった」
アルマはレオが空間を斬る直前まで時を巻き戻す。レオを当身で倒して剣を奪って捨てる。さらに氷の矢を構えていたヴィルマを衝撃波で打ち倒した。
時が動き出す。
「何だ、これは」
レオが叫んだ。「俺は確かに空間を斬った。それから時の魔女も。いや、まだ斬っていなかったのか」
倒れていたヴィルマも起き上がった。
「我々は時間魔法を食らったようだな。攻撃に成功したイメージが目蓋の裏に浮かんでいるが。その事実は消えてしまった」
ヴィルマは気勢がそがれたようで、嘆息をもらすと天を仰いだ。
「ははは、これがアルマ・レインの時間魔法か。初めて体験したぞ」
レオは笑っている。
まったく、不思議な男だ。わたしの手足を斬ろうとした野蛮で豪胆な剣士とは思えない、邪気のない笑顔だった。
わたしはその場に座り込んだ。
斬られたと思ったアルマが斬られておらず、攻防が収まったことに、ホッとした。
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「おやおや、気が抜けましたか」
かたわらで声がした。
細身の美青年が笑っている。
飄々とした涼しげな表情で。
ルカだ。
彼のことをすっかり忘れていた。
ヴィルマとレオが戦っている間、ルカは参戦せずに高みの見物を決め込んでいたのか。わたしは何だかおかしくなって、釣り込まれて笑った。
「どうぞ」
ルカが再び手を差し出した。わたしは今回は断らず、その手をとって、立ち上がった。
「あっ」
アルマがこちらを見て顔をしかめた。
わたしの視界がぐらりと揺れた。
全身の力が抜ける。
ルカが握った手から、力が奪われている。
あぁ、わたしは馬鹿だ。
何をやっているんだろう。最後の最後に油断するなんて。この男の手を取っては、やはりダメだったのだ。
崩れ落ちたわたしを、ルカが抱きかかえた。
「アイカをどうするつもりだ」
アルマがルカに問う言葉も、何だか遠くに聞こえる。
「心配ないですよ。彼女に害を与えることはありませんから」
「アイカの未熟者め。わたしが何のために戦ったと思っているんだ」
「少しだけ、心を覗きました」
ルカとアルマのやり取りがぼんやりとわたしの耳にも響く。
「精神系の解析魔法か。珍しいな」
「まぁ、そんな感じです。あぁ、アルマ殿、お願いですから、時間を巻き戻さないで下さいね。彼女の心を操ったり服従させたりはしませんよ」
悪意をむき出しにしている敵ばかりではない。愛想よく近づいてくる敵もいる。それは分かっていたはずなのに。
ヴィルマも、レオも、恐るべき格上の魔法使いだ。だが、わたしが本当に警戒すべき相手は、最初からこのルカだったのだ。
アルマがルカを見つめる。
「ふうむ。そなたの顔、見覚えがあるな」
「まさか、時の魔女に会うのは初めてですよ」
「いや、ユリウス帝の面影を感じる」
「あぁ、なるほど」
「もっと早くに気づくべきだった」
アルマの言葉に答えたルカの声色は、これまでとは何だか違っていた。
「わたしも珍しいものを見せてもらった。ヴィルマとレオに土をつけられる魔法使いは、うちにはいないのでね」
ヴィルマがルカに歩み寄ると頭を下げた。
「いろいろ不手際があった。面目ない」
「いや、結果としては、まずくない。時の魔女ともこうして邂逅できたのだから」
「さすがは骨のある相手だった」
「楽しんだようで、よかったじゃないか」
わたしはうつろな頭で、自分を抱えた美青年を見つめる。
わたしは声を絞り出し、何とかたずねた。
「ルカ・ハーリン卿、あなたは、何者なの?」
「ふふ、それは仮の名だ。ルカは幼少のときの通称、ハーリンは母方の苗字だ。貴殿のレインという苗字と同じようなものだ」
話し方も、表情も、さっきまでとは変わって、泰然としている。
にこやかな笑顔は消え、射るような視線でわたしを見下ろしていた。
「いまの名は、ルーカス・フレデリック・ノールだ」
皇太子ルーカス。
後にわたしの主君となる男の第一印象は、控えめに言っても最悪だった
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