第23話(冒険者たち④)13歳

 わたしは、アルマに何度も質問している。

「終幕の魔法使いとは、いったい何者なの?」


 アルマはそのたびに微妙な表情を浮かべた。

 知っているが、言えない。

 もしくは、言うつもりがない。

 それは、そんなときの表情だった。


「ねぇ、師匠。知っていることがあるなら、教えてほしい」

 わたしはアルマにそう詰めよった。


 終幕の魔法使いをこの手で倒す——。

 それが、いまやわたしが魔法を学ぶ目的になっていた。


 正直に言うと、最初からそんな大それたことを考えていた訳ではない。父と母とイーダから受け継いだ魔法と、もっと真剣に向き合いたい。最初はそんな思いから鍛錬を始めた。


 だが、アルマのもとで自分の力が目覚めてきたのを感じたとき、わたしはさらにその先を目指そうと思った。


 時間魔法を極め、父と母とイーダの無念を晴らす。それが自分の使命ではないか。そう思うようになったのだ。


 子供のころから魔法が苦手で、魔法からずっと逃げていた。そんなわたしが、そんなことを考えるなんて。自分でもどうかしていると思うけれど。


 アルマは嘆息をもらし、こうつぶやいた。

「アイカ、ひとつ言えることは、あいつは魔法使いの天敵、ということだ」

「天敵?」

「そうだ。魔法使いを倒すために存在する魔法使い。それが終幕の魔法使いだ」


 アルマが右手の人差し指を天に向ける。

 指先にはいつのまにかシーソーのようなオモチャがのっている。長い手を左右に張り出した人形で、指先でバランスを保っていた。


「力と調和」

 アルマはそう言った。

 わたしは、ゆらゆらと指先で揺れるそのオモチャを眺める。


 アルマはそのままのポーズで説明する。

「魔法という大いなる力が、ただ生み出されるだけでは、世界の均衡が保てない」


「均衡というと、つまり?」

「力を打ち消す力が必要になる」

 オモチャが大きく傾いた。

 アルマの指先から落ち、そのまま宙空で消える。

「それが、終幕の魔法使いだというの?」

「ああ、そうかもしれん。あくまで、わたしの推測だがな」


 なんだそれは。

 わたしはアルマの説明に納得がいかなかった。


 だって、もしもそれが真実だというなら。終幕の魔法使いとは、まるで神の意思そのものではないか。それこそ本当に、女神ノルンの御使だとでも言うのか——。


  ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎


 わたしはアルマと問答を繰り返してきた。そして、終幕の魔法使いのことを考え続けてきた。


 その秘密を。

 その正体を。

 その倒し方を。


 だからこそ、わたしはヴィルマの言葉に深く傷つき、そして怒りを覚えた。


 あの事件で、わたしがどれだけのものを失ったと思っているのか。そして、終幕の魔法使いのことをどれだけ憎み、憎みながら考えていると思っているのか。


 そのわたし自身が、終幕の魔法使いだなんて。そんな馬鹿な話、ある訳がない。


 わたしは思わず魔力を体内で循環し、臨戦態勢をとってしまった。だが、それは歴戦の魔法使いを奮い立たせただけだった。


「ほう、面白いな。アイカ殿、あなたの魔力、もっと見たいものだ。そこからどうするつもりなのか」


 ヴィルマが笑みをみせた。

 彼女の周囲がキラキラと輝いている。空気中の水分が彼女の魔力で凍りつき、氷の結晶と化しているのだ。


 わたしは後に知る。

 氷のヴィルマ。

 彼女は水属性の魔法使いだが、その魔力は天災のレベルだ。周囲を凍らせるブリザードも、氷の粒を操ることで雷すらも、自在に生み出すことができる。


 ヴィルマと対峙したわたしは、その魔力の凄まじさに圧倒された。

 向き合うだけでわかる。彼女の能力は破格だ。


「ちょっと待ってくれ」

 ヨナスが割って入った。

「ほぉ」

 ヴィルマが感心した声を漏らす。


 わたしもヨナスには感心した。

 いまの状況で、よくもまぁ、ヴィルマに声をかけられるものだ。

 魔法使いではない、魔力を感知できない普通の人間だからこそ、逆に平気なのかもしれない。

 ヨナスは言った。

「アイカは魔法使いだが、人を傷つけるような魔法は使えない」


 ヴィルマは嘲笑の表情を浮かべた。

「それはどうかな。アイカ殿は先ほどから魔力を充溢させているが、並の魔力ではない」

「アイカは魔法をまともに扱えないはずだ」

 わたしはヨナスには、魔法の鍛錬をしていることを話していなかった。


「ヨナス殿には分からないだろうがな。アイカ殿は魔法を使えるはずだ。彼女の魔力は頭抜けて大きく、磨き上げられている」

「いや、そんなはずは」

 これはヴィルマが正しい。せっかくわたしをかばってくれたヨナスには申し訳ないが。


 ヴィルマが右手を振る。

 空気が震えた。彼女の右手が氷の鞭となり、わたしを打ち据えた。


「ぐはっ」

 ヴィルマは氷の鞭でわたしの上半身を縛り、持ち上げた。

 鞭を打たれた痛みと鞭が絡んだ苦しさと鞭そのものの冷たさが、同時に襲ってきた。


  ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎


「アイカ!」

 ヨナスがヴィルマとわたしに近寄ろうとするが、足元が凍りついていて動けない。


 ヴィルマが言う。

「世の中にはいろいろな魔法があるのだ。人に憑依して精神や肉体を乗っ取る能力もある。終幕の魔法使いとは、そういう憑依型の能力者だと思うのだ」

 氷の鞭がさらにわたしを締め上げ、わたしは激しくもがいた。


 ヴィルマの声は氷のように冷ややかだ。

「そういう連中は、もはや魔物と呼んでも良いだろう。もしも終幕の魔法使いが憑依型の魔物ならば。アイカ殿、あなたに成り代わっている可能性だってある」


 痛みと悔しさで涙がこぼれた。

「わたし、わたしは、終幕の魔法使いなんかじゃない」

「どうかな。その身体の奥に潜んでいるのかもしれない」

「違う。わたしはわたし。そんな訳はない」


「じゃあ、なぜだ」。ヴィルマの鞭がさらに強さを増す。「なぜ、イーダの魔力をこんなにも強く感じるのだ。イーダの魔力を取り込んだだろう」

「!」


 わたしは放り投げられた。落ちたときに顔面を殴打する。痛みで気が遠くなりそうだ。

 こめかみから血が垂れてきた。スカートがまくれあがって足が見えていたが、直す余裕すらない。


「ひどいことを」

 ヨナスが思わず言った。

「そんな傷くらい、後で回復魔法で直してやる。その代わり、安心して死の手前までは傷ついてもらおう」


 わたしは倒れた姿勢のままヴィルマを見上げた。

「いまイーダって言った。あなたは、イーダを知っているの?」

「ああ、よく知っている。イーダの魔力を感じ取れるくらいにはな」


 ヴィルマの氷の鞭が再びわたしを軽々と持ち上げる。

「さて、もう一度問おう。イーダだけじゃない。複数の別の魔力を感じるな。全部で三人分くらいか」


 ヴィルマが美しい黒い瞳でこちらを見る。

「わたしにはアイカ殿が、魔法使いを食う魔物に見えるのだがな。違うか?」





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