第81話「ミラちゃんのご要望」

「ショウゴ、一体今のは何だったんだ?」


 ティナが俺に説明を求めて来た。ミラちゃんは無言で俺を見つめてきた。どうやらティナと同じく気になっているようだ。


 ここは当然説明する必要があるよな。ミラちゃんには何も教えてなかったけど、怖い思いをさせたんだ納得いく真実を教えなきゃな。でないと、信頼関係が崩れてしまうかもしれない。


「実はね--」


 俺は今起きた出来事の顛末を、ミラちゃんにも分かるように最初から説明した。ただ、ミラちゃんは俺が異世界から来たことを、イマイチ理解できなかったようで。


「--えー! ショウゴさんって使徒様だったんですか?!」


 あ、ははは、異世界部分は使徒ということに変換されてしまったようだった。俺もいまいち使徒という存在を理解出来てはいない、が。


「うん、実はそうなんだよね」


俺はミラちゃんの都合の良い解釈を否定しなかった。少しずつ分かってくれれば良いさ。


「しかし、ショウゴお前と言うやつは呆れた奴だ。使徒としての自覚が足りないにも程があるぞ?」


うぅ、説教を二度されるとは耳が痛い。なぜかティナが神様の代弁をしているように見えた。


「忙しかったもので……」

「そんな言い訳が本来、神々に通じると思うのか? 使徒や私のような巫女が加護を享受し続けるには、日々のたゆまぬ祈りが必須なんだぞ? それをお前は半年近く忘れていたにも関わらず、いまだに変わらぬ寵愛をその身に受けているとは……まさか時空神クロノスは女神か?」


 うっ! 何故かティナの鋭い、問い詰めるような目つきが俺を捉えた。というか、聞くまでもなく、目の前にある石像は女神を模してるんだからそうでしょ……。


「め、女神様だけど……それがどうかしたかな……」

「むむっ、女神は男神と違って万物を愛するが、唯一つの使徒に限っては嫉妬深くなると聞く……まさか、女神もショウゴの事を狙っている?!」


 すごい妄想を聞かされている……。

 滅多に慌てないティナが、飛躍した仮想敵を前にしてあたふたし始めた。安心してティナ、クロノス様は俺じゃなくて酒を狙ってるだけだから……。


 ティナが一人の世界に浸っていると、ミラちゃんが俺のズボンをちょんちょんと引っ張ってきた。ミラちゃんの綺麗な紫色のまんまるお目々が俺を見上げてきた。ぐぅぅ、可愛い。


「ショウゴさん」

「うん、どうした?」


 可愛い少女を前にして、俺の声色は自然と優しいものとなった。そして少女は事実を思い浮かべて、何かと照らし合わせ確認するようにゆっくり言葉を口にした。


「ショウゴさんが使徒って事は、ショウゴさんが造ったお酒はお神酒みきですよね?」

「え? どういう事かな?」


お神酒って確か……神社とか神棚に供えられている酒だよな。


「はい、使徒様が一から造った物には必ず神力が宿るんです。ドワーフ王国の祭司様も鍛治の神ヘファイストス様の使徒様なのですが、祭司様が採掘から鍛治、研ぎ、全てをご自身の手で行うと、その出来に左右はされますが神力が宿り、高い確率でご神物となります。だから、ショウゴさんが造ったお酒も、神力が宿ったお酒、お神酒なのかなって……思ったんです」


 ん?? 俺はかなり混乱した。名物の次は、ご神物? あぁ〜! もうよく分からないよ! でも多分だが聞く感じ……、名物は誰もが頑張れば作れるもので、ご神物は使徒様しか作れないのボーナス品ってところか?


 とにかく、俺の知っているお神酒とは意味合いがかなり違うようだな。


「えーっと……どうかな〜俺自身、自分が神様の使徒かどうか、はっきりとは自覚していないんだよねぇ」

「そうなんですか、神様の啓示や声を直接聞けるのは使徒様だけだって、祭司のお爺ちゃんが言ってたので早とちりしちゃいました!」


ミラちゃんは戸惑っている俺をこれ以上困らせまいと、にへらと明るく優しい笑みを浮かべてくれた。その笑顔を見た俺は、天使や! と思いつつも罪悪感があった。子供に気を使わせてしまった! と。


「でも、ミラちゃんが言うように俺がお酒の原料を一から育てて、全ての酒造過程をこなしたら確かめられそうだね! 今度試してみるよ」

「はい! その時は私にも手伝わせてください! でも、ショウゴさんのお酒はとっても美味しそうなので、ご神物かどうかなんて関係ないと思います!」


 溌剌とした態度で俺の酒を飲んだ事もないのに、全肯定してくれるなんて……これも周りの大人たちが美味しそうに、俺の酒を飲んでくれてるからだなぁ〜。


 俺は嬉しくなって、愛おしくなって、しゃがみ込んでミラちゃんの瞳を見据えながら、その艶々した紫色の頭を優しく撫でた。


「んっ」


 ミラちゃんは頭を触られて小さく息を漏らした。そんな少女を見て俺は笑った。


「ミラちゃん、何か俺にお願いしたいことがあったら、いつでも言ってね」


 そう言うと、ミラちゃんは少し目を丸くしてその瞳が斜め上を向いた。何かお願い事を考えているようだ。そして思いついたのか、拳を二つ胸の前で作り、俺をまっすぐ見つめてこう言った。


「完璧なウイスキーが見たいです!」


 少女は少し興奮気味に鼻息を漏らして、紫色の瞳を輝かせてそう言った。逆に俺はその意外な希望に少しだけ呆気に取られてしまった。


「完璧なウイスキー……?」


 どう言うことだ……? ミラちゃんが完璧なウイスキーを見たいなんて言い出すなんて。

 ……ん、そういえば……。俺はミラちゃんの叔父にあたるドナートさんを思い出した。


 ミラちゃんは俺のお酒を知りたくてここに残ったんだっけな。


「よし、わかった。それじゃ、ウイスキーがおねんねしている酒庫エージングセラーを案内しよっかな」


 俺がそう言うと、ミラちゃんは火がついた線香花火のように明るい顔を見せてくれた。コロコロと表情が変わって可愛いなぁ。


「はい! お願いします!」


 ティナはというと……いつの間にか石像の神様に向かって剣を向けて、「神といえどショウゴは渡さん!」とか「神は神同士でよろしくやるのが通例ではないか!」等々言い出していたので、教育に悪そうな言葉が子供の耳に入るのは悪いと思い、ミラちゃんの耳を塞ぎながら地下階段へと向かった。


 それにしても、完璧なウイスキーか。完全無欠なウイスキーなんて無いんだけど、どう説明したら良いだろうか……真実、そっか、ありのままのウイスキーをミラちゃんに伝えれば良いよな。


 この世界の仕組みを利用して造ったウイスキーはまだ紹介できないけど、今あるものをそのまま見せればいい。それから何を感じ取るかはミラちゃん次第だ。





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