第47話「時間がない中で Fin」

「いやぁ、ミラちゃんの集中力はすごいね! 俺が入ってきても、ちっとも気づかないんだもん」

「お恥ずかしい限りです…… 叔父さんにも、少しは周りのことを見ろっていつも怒られてたんです。でも、あたし物作りを始めちゃうと、楽しくなっちゃって、つい……」

「分かるよ、俺たちみたいな人間はさ、好きなことしか出来なくて、好きな事のためならどんなにやりたく無い事もやっちまうよな。それが、自分の領分だと時間も食事も忘れてさ、時にはトイレだって我慢する」


 俺がそう言って少し笑うと、彼女の紫色の瞳がキラキラと輝き始めた。


「そ、そうなんです! 私なんか、食事どころか、一週間くらい平気で入浴、睡眠も忘れる事が多くって、水だけ飲んで研究に没頭、したり、してました……//」

「へ、へぇ〜」


 ミラちゃんは、両手で顔を覆って照れていた。それこそ、隠れていない部分が真っ赤に燃え上がっているのが分かるほどに。


 お年頃だものね、女の子が一週間お風呂入らないって告白して、気恥ずかしくなちゃったのよね、きっと。


 それに、彼女をフォローするつもりが正直俺でも引いている。一週間、水だけで寝ずに研究って、バケモンかよ。彼女は、地頭も天才で、努力の化け物なんだなぁ。


 しかし、天才といえば、お約束のように部屋が汚かったりするのだが、ミラちゃんの道具や、部品は見事に整理されていた。それこそ、作業机に面した壁には鉄のラックが取り付けられていて、そこにあらゆる物が収納されており、床にはゴミ一つ落ちていない。


「あのぅ、ショウゴさん」

「ん、なぁに?」

「あんまり部屋をジロジロ見られると、その、恥ずかしいです……」

「え?」


 カイとは同じ部屋で、寝たりしてるのに、部屋を見られて恥ずかしいってどう言う……はっ?! まさか!


「えーっと、ミラちゃん?」

「はい?」

「カイとは、同じ部屋で過ごしているのに、なんで俺に部屋を見られて恥ずかしいの?」

「へぇ?! だって、それは、カイはお兄ちゃんみたいで、異性って感じじゃないですし、そ、それに! ショウゴさんは、あのアントンさんが弟子入りするような、凄腕の職人さんで、私もショウゴさんに……憧れてるから……」


 あぁ……なんてこった。カイ、お前の漢気は、ミラちゃんの変なツボを抑えてしまったようだぞ。うん、これはかわいそうだ。あとで教えておいてやろう。


 じゃないと、黙ってたら俺がユリアに殺される!!!


「あははは、それは嬉しいな〜。ミラちゃんみたいな、天才に憧られているなんて光栄だなぁ〜」

「そんな天才だなんて……それより、ショウゴさんはどうしてここへ?」

「あぁ、実は酒造りが行き詰まっちゃって、息抜きにミラちゃんの作業を見せてもらおうかなって」

「えぇ!? ショウゴさんでも、行き詰まることあるんですか?!」


 おいおい、やめてくれよ。そんな、俺がまるでなんの苦労も知らない天才みたいな扱い。少し、気分がいいです、はい、すみません。


 まぁ、確かに実質苦労はしていないか。神様、さまさまだもんな。


「そりゃあるよ。俺だって、人間なんだから。失敗だってするし、悩んだりもするよ」

「そうなんですね……私も、たくさん行き詰まって、義手が造れなくなった事があるんです」

「聞いたよ、すこしドナートさんから」

「ふぇ!? やだっ、もう叔父さんったら。な、何か、変なこといってませんでしたか?!」

「あ、えっと、あーごめん、おねしょの話とか聞いちゃった!」

「なっ……、国に帰ったら、叔父さんには死んでもらいます」


 おぉ、ミラちゃん阿修羅モードに入っちゃったよ。許せ、ドナートお前の人生もあと幾許だ。心残りがないように、制作に励んでくれよ!


「あははは、今はもう義手制作出来るようになったの?」

「まだ少し、抵抗はあるんです。でも、カイが……ずっと私のそばにいてくれるって言うから」

「ほっ?!」


 カイきゅんかっこいい!! おじさんの知らないところで、なんて漢気を振り撒いてんのよあんた!!


「それだったら! 私の気が済むまで、完璧な義手造りに打ち込めるじゃん! と思ったんです!!」

「……ん? え? なんて?」

「へぇ? だから、そのですね。カイがずっと私の近くにいてくれるなら、カイの義手だけは私が毎回弄れるので、納得のいく仕事が出来る。それだったら、もう一回造ってみてもいいかなって、私……何か変なことを言いましたか?」


 あぁ……、これ、あれだ。カイの思いは、一切伝わってないやつだぁ。兄弟愛に変換されてるよ? どうしてぇ?


「ショウゴさん、どうしたんですか? そんな変な顔して」

「あ? ううん! なんでもない!! なんでもないよ、ただミラちゃんてもしかして、完璧主義なの?」

「っ……はい」

「あぁ〜やっぱりね」


 職人は、完璧主義に陥りやすいのよねぇ〜。特に、頑固者と若者はそれに陥りやすい。器用な奴と大人は、そこは仕事と割り切って妥協が出来る。


 というか、そうじゃないと生きていけねぇんだよな。


「叔父さんからも、完璧よりまずは終わらせろ!! って、よく言われちゃいました。でもですよ、義肢と言うのはですね! 一度失ったものをもう一度取り戻すっていう、奇跡にも近い凄く大事なことなのに……」

「……」


 ミラちゃんは、小さい時に採掘中の事故で両親を失い、遺体すら彼女の元へ帰っていない。そんなミラちゃんにとって、失った何かを復元するという行為は、何か神聖な儀式にも近い事なのかも知れないな。


 俺は、彼女の頭を撫でてやった。思わず、言葉をかけるよりも先に手が出てしまった。彼女はまだ、十一歳の少女にも関わらず、親を早くに無くしたせいか大人びている。


「ミラちゃんは、偉いな。そんな中で、カイの義手を造ってくれて有難う。あいつの言う通り、時間はたくさんあるんだ。じっくり、思う存分納得のいくものを造ったらいいさ」

「えへへ、ショウゴさんにそう言って貰えると、出来る気がして来ました」

「そっか」

「私、叔父さんの所で、お仕事を貰えるようになってから悩んでたんです。時間がない中で、どうやって義肢を造ろうって。私の国じゃ、足や腕が突然無くなる事なんて、日常茶飯事で。義肢の需要は高いのに、義肢装具師の供給は足りてないんです」

「それじゃ、ひっきりなしに注文が入るんだね」

「はい……、だからそう言う時は、あらかじめ完成された『汎用型:鉄の義肢アイアンボディコアを、代用品として使うんです。あとは、その核をお客さんに馴染ませる微調整だけして、その場を凌ぐんです。でも、それは……この業界としては、仕方ないことでも、あたしにとっては、とても苦しくて、ある日義肢を作れなくなりました」


 そっか、確かになぁ。一から全部、オーダーメイドのように造るよりも、あらかじめ用意していた癖の無いものに手を加えた方が、早上がり……。


 俺は今の話に重大なヒントを見た気がした……。


「……予め造られた……そうか、その手があったのか」

「ショウゴ、さん?」

「み、ミラちゃん、君は俺の天使だよ!!」

「えっ?!」


 答えをくれたミラちゃんが、どうしようもなく愛おしくなり、彼女の顔を両手で掴んで、綺麗な紫色の髪が生えた頭に軽くキスをした。


「ヒャッ」


 俺は、ミラちゃんの会話の中に、会談に出す酒の答えを得た。そのおかげで、俺の気分は最高に高揚した。そして俺の中にある酒造りへの渇望が止まらなくなってしまった。そのせいで、ミラちゃんの話を遮ってしまったことは、本当に申し訳ないと思う。

 だけど、だめだ。居ても立っても居られない。俺の体は、全速力で地下工房へと走り出した。


「……行っちゃった。どうしよう、私、キスして……これって妊娠しちゃったの?」


 危ない一言が、聞こえた気がしたが、その過ちを正すほどの余裕が、今の俺には無かった。


 キッチンで、エプロン姿のティナとすれ違った。


「ショウゴ、今日の晩飯だがハンバーグでいいか?」


 ティナは、両手でミンチの肉を包んでいた。そんな彼女の前で俺は、急ブレーキをかけて、彼女の両腕を掴んで頬にキスをした。


「ハンバーグ大好き!」


 そして、また地下階段を急いで駆け降りた。


「……。あぁ……私も、大好きだ」

 ティナの独り言が聞こえた気がしたが、今の俺には酒以外のことは、どうでもよかった。

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