第48話「シールズ侯爵陣営、会談準備」
私の城が、今日は一段と騒々しかった。
その原因を作ったのは、我が侯爵領の北部に隣接するアレス商国、通称拝金主義者どものおかげだ。奴らは、この大陸の北部と南部を繋げる要衝に国を構えている。大陸の北部と南部間の移動は容易ではない。
ウラヌス山脈、大陸の中間を端から端まで遮る大山脈だ。此処を越えるには、方法は三つだけである。海路か、ドワーフ王国を通過、陸路でアレス商国か。しかし、この内二つは、ランバーグにとって実質使えない物だった。
海路は、海賊や、海獣、災害によって絶対的な安全は確保できず、ドワーフ王国に至っては、敵国が隣接しているために行路の確保は絶望的。となれば、陸路でのアレス商国を通過するのが、最善の貿易行路であることは明白だった。
アレス商国をランバーグお抱えの商人が通過及び、商品を輸出入するには、通行税と関税を払わなければならない。それらの料金を明確にするために、我が国とアレスは通商条約を締結しており、その契約更新には五年ごとに話し合いの上で、契約を見直すとある。
そして、今年がその契約更新年。本来であれば、夏が終わり、木々が色づき始める秋の初旬を予定していたのだが、急遽、アレスの使者が現れ、会談を早める事となった。調べてみれば、アレスの東部に隣接しているタリスカー帝国が戦争を始めるようだった。
アレスを狙っての事なのかは、定かでは無かったが戦争となれば、アレスを経由しての貿易に支障が出る。そうなれば、各国から戦時に置ける税の特価を求められることは明白。そうなる前に、契約を結び直しておきたいのだろう。
私は、恨めしそうに執務室のベランダから、北方を見やった。
「閣下」
「なんだ?」
「スタンプ伯爵が面会に来ております」
「……通せ」
「はっ」
侍従が、恭しく一礼してから下がっていった。
私は、ベランダから執務室へと戻った。すると、ちょうどスタンプの奴が部屋に入ってくるところだった。スタンプには、アレスの大臣たちを迎え入れる準備をさせていた。
私は、革張りの椅子に深々と腰をかけた。
「閣下、失礼いたします。王都からの知らせをお持ちしました」
「例の、騎士団派遣の件だな?」
「はい、おそらくは」
「よし、貴様が読め」
「御意」
元老院の紋章が入った封蝋が、スタンプの魔力を感じ取り溶けて跡形もなくなっていった。伝言の魔導書は盗聴の恐れがあるが、この連絡方法ならそれはまずあり得ない。
スタンプは、最近老眼気味で私が買ってやった眼鏡をかけて、手紙を読み始めた。手紙の内容は、王都への騎士団派遣要請の返信の筈だ。今回の会談時期の変更要請は、アレスが先の戦争で、我が国と侯爵である私が疲弊していることを良い事に、我々を軽んじている証左だった。
我が騎士団の戦力は、その戦争のせいで現在従来の半分ほどに低下してしまっているのが現状だ。それを他国に隠し切ることは困難であり、小国から舐められるのもいたしかない事だった。
手紙を読み進めるスタンプの変わらぬ顔色で大体の内容は分かった。
「やはり、だめか……」
「はっ、その様であります」
「ふぅ……やってられん! 元老院の無能どもも、色狂いの国王も皆首を刎ねてしまいたいわ!!」
私は、机上の資料や筆記具をかなぐり捨て、怒りをあらわにした。
「閣下! どうか、あまり大声でそのような事を口走られませんように。どこに、元老院と陛下の耳目がいるかわかりません」
「ふん! 私を殺せる物なら、殺してみろと言うのだ。この国の北西部を支えられる者が、私以外にいると言うならな……」
「経験がまだ浅い陛下はともかく、まさか元老院までもが要請を拒絶してくるとは思いませんでした」
「その理由なら簡単だ。昨年から、元老院に参入した者のせいだろう」
「……ドルト侯爵ですか。それなら、納得がいきます。あの御仁は、このアクアリンデルを虎視眈々と狙っておりますから」
「そうだ。あいつも懲りぬ豚だ。この地を得られるはずも無いというのに。私を中央政界で失脚させれば、自分が後釜に選ばれるとでも思っているのだろうな」
「愚かな事です」
この地は、元王都であり、ランバーグの交易の要、つまり、巨万の富と歴史がある街だ。もちろん、私のように王家の血を継ぐ者以外が任せられる土地では無い。そんなことにも気付けぬ豚を、元老院に迎え入れるとは……獅子身中の虫とはまさにあの白豚のことである。
「まぁいい、武力での脅しはやはり使えぬようだ。当初の予定通り、外交は食卓の上で行う事とする。我々がかけられる圧力は、文化力と経済力の差、それのみだ。スタンプ、抜かりないな?」
「はい。万事抜かりなく進めております。会談に備えて、最高級魔灯シャンデリアを大神殿から、絨毯およびテーブルクロスといった布は全て東部地方からのシルクに、食器は全て銀、厳しく教育した選りすぐりの使用人、生活魔道具は最新式の物をドワーフ王国から買い付け、国王陛下専属の料理人を王都より、最高級ワインを王国南部のシャルトーニュ地方から取り寄せましてでございます。その他も現在収集させております」
「うむ、こちらが出来うる事に金を惜しむなよ。失敗すれば、この先五年の私の中央における権力は失墜し、アクアリンデルに貧困が訪れる。成功すれば、いくらでも金は回収できる。それこそ、中央からしこたまな」
「御意」
「あとは……思わぬ奇貨が手に入れば良いのだがな」
思わず笑みが溢れた。
「ショウゴ殿ですな」
「そうだ。どうだ、あれから何か知らせはあるのか?」
この私が平民に何かを期待している、笑わずにはいられない。
「はい、それが当日台所を貸して欲しいとの事です」
「ふっ、何? 台所を貸せだと? ふっフハハハ、相変わらず意味のわからない男だ。まぁいい、好きにさせてやれ。あれは、自由にさせてこそ、力を発揮する男だ。下がれ」
「御意」
スタンプが下がると、私は立ち上がり執務室の窓辺に置かれたグラスを手に取り、ウイスキーを注いだ。
「
魔法によって、酒の中に氷を落とす。
そして、少し香りを楽しんでから、一口程飲み込み口を潤した。はぁ、いつ飲んでも悪魔的美味さだな。ワインも良いが、このウイスキーの何とも言えない深みのある味わいを前にすると、ワインは味気ない気がしてしまう。
この酒は知ってはいけない贅沢の一つだと言い切れる。
「……はぁ、美味いな。全く、騎士団の一つでも寄越すなら、この酒を教えてやってもよかったのだがな、くくくっ」
この会談、貴様の酒で好転しようものなら、褒美をいくらでもくれてやるぞ?ふふふっ。ショウゴ、貴様は一体何者なのか、この会談でそれも分かるだろうよ。
はてさて、あの職人は、か弱い私の守るべき
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