第37話「金よりも、大事なこと」

 みんなで俺の作った朝食を食べた。

 その朝食は、二色のそぼろ丼に海鮮の塩煮と言うもので、中々の好評だった。ユリアに関しては、拗ねたように一度も目を合わせてくれなかったが。ユリアとカイ、そしてミラとドナートは、アクアリンデルへと出発した。


 どうやらミラとカイが、昨夜から意気投合してカイの職場を案内するようだ。ドナートは付き添いで、ついて行った。


 その一方、リビングでドワーフの親子と俺とティナは、朝のコーヒータイムを満喫しながら、談笑していた。


「いやぁ、まともな料理は久々じゃったわい。感謝するぞ、ショウゴ」

「いえ、お粗末さまでした」


 アントンは、高齢のためか魚料理をいたく気に入っていた。ウラヌス山脈は、大陸の中心に近いために、海魚を食べる機会が少ないらしい。


「それにしても、ショウゴ! コーヒーは毎日飲んでるのか?」


 赤毛のヴァジムが物珍しそうに聞いてきた。


「うん、俺は朝コーヒーがないとダメなんだよね」

「ウヘェ〜、コーヒー豆は貴重だぜ。昔ほどじゃないが、コーヒー豆は銀貨がないと買えないからなぁ。羽振りがいいんだな、ショウゴは。ま、あれだけの酒を独占してるんだ。羽振りが悪いわけないわな!! ガハハハッ」

「まぁ、ぼちぼちです」


 ヴァジムの言う通り、コーヒー豆は嗜好品であり、高級品だ。その香りと味は、苦くて砂糖も買えない人がほとんどなのに、好き好んで買うのは、財布に余裕がある人だけだ。


 俺の収入源は、アクアリンデルにあるお酒ショップのみだ。そこでは、月に金貨百枚、つまり大金貨一枚ほどの売り上げをあげていた。だから、この家でコーヒーを飲むのは、俺だけだから、あ、ティナとユリアは砂糖があれば飲むけど、そんなわけで銀貨の出費は痛くない。


「コーヒー豆を使った、お酒もありますよ」

「「「?!」」」


 そう言うと、ドワーフ親子の見えないセンサーが、反応を示したことがすぐわかった。


「コーヒー豆を酒にしたじゃと? 一体どうやって?! あんな苦味の塊を発酵はさせれんじゃろう?」

「アントンさん落ち着いて、とりあえず飲んでみますか?」

「「「もちろん」」」


 はは、息ぴったり。朝から酒を飲むことになるが、そうは言っても俺たちは酔わないので問題ない。いや、カルーアは度数が高めだ。朝から酔われたら、面倒だから少量にしようかな。


 それぞれのグラスに、カルーアを注いでいく。そこには、コーヒーのエキスが染み出した黒いウオッカがあった。


「どうぞ、カルーアというお酒です」

「おぉ、確かにこの色味と香りは、コーヒーじゃ」

「そうだな、でも発酵した酒特有の酸味が全く感じられないぞ」


 おっさんずは、思い思いにカルーアを吟味していた。


「このお酒はですね。ウオッカという蒸留酒、昨日皆さんに飲んでいただいたウイスキーも蒸留酒になるのですが、それにコーヒー豆を漬けて、蜂蜜をたっぷり入れて寝かせたものになります」

「おぉ、これも蒸留酒が使われているんじゃな!」


 アントンさんは、夕陽色の目を輝かせながら、カルーアの入ったグラスを見つめていた。


「ちょ、ちょっと待てショウゴ! なんでお前は、俺達に酒の造り方を教えるんだ? 蒸留酒にしたって、ドワーフの俺たちですら、全く知らない酒の製造手法だ。それだけで、お前は巨万の富を得ることが出来るし、このカルーアにしたって金になる。俺には、理解できないぜ、自ら金の卵を手放すなんて……」


 金の卵か、確かにヴァジムの言う通りだ。この世界にはない、蒸留酒、その価値は一般人の俺には計り知れない。だからこそ、俺が独占することで要らぬ争いに巻き込まれそうだし、それに巨万の富の扱い方も俺は知らないし要らない。


「俺はただ……、美味い酒が飲みたいんです。世界中の酒職人が、俺の酒こそ世界一だと叫びながら、美味い酒を造る。そして、自分だけのウイスキー、生涯を通して自宅に常備する、自分好みのウイスキーが世界中の人々の手元に届く。そんな世界を作りたいんです。お酒は、千差万別存在して、人の好みもそれと同じくらい違います。だから、俺一人じゃ造りきれないんです。俺の酒を好きになってくれる人ばかりではありませんから」

「……そんな、馬鹿な」


 ヴァジムは、俺の理由に納得できなかったようだ。目の前に、自分の常識を真っ向から否定する存在が現れて、拒絶反応が出てるような顔をしていた。


 そういう顔には見覚えがある。前世でよくみた顔だ、たかが酒に、そんな情熱を注ぐなんてどうかしている。そう言われた事は少なくない。


 すると、アントンがヴァジムの頭に大きなゲンコツを落とした。


「馬鹿者!!」

「イッテェェ!!! 何すんだ、死に損ないのクソ親父!!」

「全く、こんなのがわしの息子とは嘆かわしい。お前は、次代のドワーフ王国の杜氏なのじゃぞ!? 杜氏が、酒を造らず、金のことばかり考えるなど、嘆かわしい限りじゃ!!」

「……チッ、俺だって杜氏になりたい訳じゃねぇのによ」

「な?! 何だと!! この青二才!!」


 アントンが、さらにヴァジムに追い討ちをかけようとしていた。これ以上はまずいと思った俺と、ティナが、それぞれを抑えた。


 しかし、さすがドワーフ、その小さな体のどこに、これほどの力があるのだろうか。非力な俺は、吹き飛ばされ、あのティナですらヴァジムを押さえ付けるのが精一杯の様子だ。こうなっては、予定を繰り上げるしかない。


「あ! そうだ! 蒸留酒を造っている工場を案内しましょうか!?」

「「……」」


 ドワーフ親子の、動きは驚くほどピタッと止まった。


「そ、それは本当か? ショウゴや」

「ほ、本気で言ってるのか? お前」

「はい、先程の僕の気持ちに嘘偽りはありません。ぜひ、見て盗めるものがあれば、国に持ち帰ってください。そうでなくても、全て説明して差し上げますから、興味があれば蒸留酒造りに挑戦してみてはいかがですか。ただ、これからお見せする機械を、どうやって製造するかはお答えできません。俺もわからないんです」

「……分かったわい。ワシらは、ドワーフじゃ、物作りにおいて右に出る者はおらん! 必ず、見て盗んで見せるわい!」

「……」


 アントンは、瞳を燃やして、やる気は十分と言ったところだった。一方で、ヴァジムは本当に俺を理解できないと言った様子だった。それでも蒸留酒の秘密を知れる、そんな機会を逃すわけにはいかない、そんな顔だ。


 この先も、俺の酒を知った人たちは遥々俺のところに訪ねてくるかもしれない。このドワーフ達のように、友好的であればいいが、ヴァジムの言う通り蒸留酒が金のなる木に見える輩も増えるだろう。


 秘密にすればするほど、俺と俺の大事な仲間が危険に晒される。それだけは、回避しなければいけないし、きっとドワーフ達なら俺も飲んだことのないような、ウイスキーの名酒を造ってくれる。


 俺は、そう信じている。


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