Act Cadenza~アクト・カデンツァ~

がじろー

第1話 序章①『ある日の出来事』

 「いいか洸太朗こうたろう―――――」

 小さい頃に師匠に言われた事を思い出した。

 少年、百鬼洸太朗なきりこうたろうは育ての親として、そして自分一人になっても生きる術を教えてくれた師の言葉を聞きながらじっと男の顔を見つめる。

 「別に正義の味方になれとは言わない。でもその〝力〟は誰かの為に使え」

 あぁ、

 と少年は思った。

 恐らくこれは師匠の最後の言葉なのだろう。

 日に日にやつれていく男の横顔はとてもではないが覇気がなかった。

 なので洸太朗は視線を反らし空を見上げる。

 空は腹が立つぐらい青々としており雲一つない晴天だった。

 「仕方ねーな」

 気付かれないように拳を握り締める。

 決して顔は見ないように、

 ただ百鬼洸太朗しょうねんは出来る限り明るく男に言った。

 「師匠じーさんの頼みだ。俺は俺の道を行くよ。だから安心して―――――」

 言い切る前に小さく「そうか」とだけ彼の耳に届き、



 そして男は静かに息を引き取った。



 特別悲しいという感情は無かった。

 ただ悲しさより寂しさが勝っていた。

 もう彼との日常はやってこない。

 今日の晩御飯の当番を決める喧嘩も、

 掃除当番の喧嘩も、

 任務しごとに行く際に「行ってらっしゃい」と声を掛けることも、

 強くなるための修行も、

 何もかも全部出来なくなった。

 それを思うと自然とその幼い眼から涙が静かに流れていった。

 そして百鬼洸太朗は立ち上がり座りながら逝ってしまった男に静かに頭を下げた。

 これは身寄りが無い少年がまだ十歳の時の話。

 月日は流れ、彼の人生は大きな分岐点に立たされる。

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