38.機神


「生贄……だと?」

「はい。正しくは莫大な魔力をより効率よく収集するための被験体、と言った方が分かりやすいですかね」

「被験体……お前、まさか!」


 ゲイルはフッと鼻で笑い、不吉な笑みを見せる。


「ご想像通りですよ。我々は”鬼”になったのです。人喰らいの鬼にね……」

「そ、そんな……」

「ひどい……」


 俺たちは言葉を失う。


 ゲイルの口から語られた真実は実に非道なものだった。


 若者、年寄り、女子供も関係なく、手当たり次第にフェルゼの民を誘拐し、転移装置に装着する魔力蓄積装置に流し込むための魔力を供給するべく、その者たちから魔力を吸い取った。


 魔力は人間の身体の一部を構成する大事な要素だ。

 体内から水が無くなれば脱水症状に陥って死に至ったりするのと同じように魔力は人そのものを作り上げるのに必要なものだった。


 もし、そんな魔力が体内からなくなってしまったら人の生命活動は徐々に低下し、いずれ死に至る。

 

 誰でも知るような当たり前のことだ。


 にも関わらず、あの男は自分自身の夢と野望のために人をさも道具のように使った。

 あいつはさっき「どれだけの生贄を差し出したことか」と言った。


 その言葉が意味することはただ一つしかない。

 実験ともプロジェクトとも関係のないただの一般市民を大量に連れてこさせ、そして毎日のように彼らから魔力を吸い上げた。


 そして一人が死に至れば、替えの人間を用意しての繰り返しで魔力を国中からかき集めた。


 これは決して許されることではない。人というものを辞めた人間のすることだ。


 だがゲイルは何も表情一つ変えず、話を進めてくる。


「ホント、ここまで辿りつくのに苦労しましたよ。なんて言ったって5年以上もかかったんですから。これで少しは生贄として死んでいった者たちが報われます。良かったですよ」

「報われる……だと? お前何を言っていやがる」

「だってそうではありませんか。これはいわば、人類の進化です。我々人間は、時空をも越えられる存在になったのですよ。そんな人類の発展に携わることができたのですからさぞ光栄に思っていることでしょう」


 ゲイルは自信満々で何一つ間違っていないと言わんばかりの態度を俺たちに見せつける。

 その瞬間、俺の内から溢れ出る静かな怒りが、一気にこみあげてきた。


「てめぇ……人を何だと――」

「レギルス!」

「なんだよ、ボル!」

「止めろ。そんなことをしても無駄だ」

「で、でも……!」

「落ち着け。奴に何を言おうと無駄だ。奴はもう……人ではない」


 ボルのおかげで俺は何とか踏みとどまる。

 でも俺の怒りは中々収まることはなかった。

 

 関係のない人たちを大量に殺し、メロディアたちをもその歯牙にかけようとしている。

 彼女たちが刻印のせいでどんな思いをしていたかも知らずに。


 そんな外道が、自分は正しいとふんぞり返って笑っている姿が俺はどうしても許せなかったのだ。


「ボル、やっぱりあの男はこの俺が始末する。お前はメロディアたちを守ってやれ」

「貴様、何を言っている?」

「言葉通りだ。お前は手出しするなよ」

「やめておけ」

「なにっ?」

 

 いつもは好戦的なボルが珍しく俺を引き留める。

 普段なら絶対に止めない男が……


「なぜだ? お前らしくもない」

「らしくないだと? 貴様は感じないのか?」

「は? 何をだ」

「……気配だ。この神殿の奥から嫌な気配がする……」

「は、はぁ? なんだよそれ……」


 と、こうして会話をしている最中、ゲイルはふぅーっと息を吐く。

 そして、


「と、まぁそろそろお喋りはこれくらいにしましょうか。クズクズしているとザンバードの無能共が来てしまいます」


 そう言ってゲイルは右腕を天高く掲げる。

 そしてニヤリと笑い、メロディアたちの方を見る。


「おい、お前……一体何を……」

「今に分かりますよ。そう……あなた方が知りたがっている刻印の全てがね!」


 そう大声で告げると男は、


「さぁ、今こそ目覚める時です! 世界を破滅に導きし、至高神よ!」


 ――パチンっ!


 男は右手の指を高らかに鳴らし、何かを呼び寄せようとする。

 その時だった。


「うぅぅ、ああぁぁぁ!!」

「ぐぅぅぅ、ぅぅ!」


 背後から聞こえる甲高い叫び声。

 振り向くと、メロディアとクローレが刻印のある首元を抑えながら悶え苦しみ、地に這いつくばっていた。


「おい、どうした二人とも!」

「ちっ……遂にお目覚めか」

「は? お前何を言って……」


 瞬間。神殿が大きく揺れ、最奥の壁がみるみる削れていく。

 

「何がどうなって……」

「目覚めるんですよ。伝説の災厄が」

「災厄……だと?」

「まぁ見ていなさい。これが――」


 ゲイルの説明よりも早く壁は崩れ、中から二足で歩く謎の巨物が姿を現す。

 ドスッという轟音を轟かせ、ゆっくりゆっくりと壁の向こうから歩いてくる。


「な、なんなんだあれは……」

「ちっ……」


 その大きな巨物はゲイルの丁度真横に停止。

 金属片で身体を覆ったその姿と宝石のように赤く光り輝く二つの眼。


 その姿はまるで神話に出てくる機械神を彷彿させるようなものだった。


 そして、その全貌が明らかとなった時、男はこう口にした。


「これが世界を破滅に導く伝説の古代兵器、機神デス・ナガンです!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る