37.狂いの研究


「歪みの神殿……だと?」

「そうですよ。ま、別名最果ての神殿とも呼ばれてはいますがね」


 最果ての神殿、やはりここは……


「それで、貴様らなぜ我らは此処へ招待した? 今すぐ理由を言え」

 

 ボルがいつもの如く圧をかけながら、白ローブの男に問う。

 すると白ローブの男は『はっはっは』と笑いながら、


「そんな怖い顔をしないでくださいよ。直に分かりますから」

「おい、聞こえなかったか? 俺はと言ったんだがな」

「おおっと、こりゃ失敬。自己紹介を忘れていましたね」


 ボルのいうことを完全に無視し、勝手に自己紹介を始めだす。


「私はゲイルという者です。そちらのお嬢様方にはちょーっとした御縁がありましてねぇ」

「貴様、我を舐めて――」

「やめろボル! 相手のペースに乗せられるな!」

「っ……!」


 怒りを爆発させそうなボルを鎮火させ、落ち着くよう宥める。

 そして俺の視線はすぐにメロディアたちの方へ。


「メロディア、クローレ。あいつらは一体何者だ? 知り合いなのか?」


 この問いに先に口を開いたのはクローレだった。


「知り合い……というか元々ザンバード近衛師団の一人だった人間です。確か師団金の横領が原因で辺境国へ飛ばされたと聞きましたが……」

「近衛師団……前に襲ってきた六星なんちゃらって奴らと同じような感じか」

「まぁ、一括りにするならそんな感じです」


 ってことはあいつもクローレたちを攫いに来たってことか?

 

 でもそれなら……


「あ、一つ言っておきますが、私はそこのお二人を奪いにあなた方に会いに来たわけじゃありませんよ」

「……なに?」


 抱いていた疑問に答えるかのようにゲイルは補足説明をする。

 そして男は続けて、


「ま、本当は連れて帰って来いという命令を受けてはいたのですがねぇ。どーーーしても知りたいことがありましてね」

「知りたいこと……だと?」

「はい。それがそこにいるお二人の――」


 男は左手の人さし指でメロディアたちを指し、右手の人さし指で自分の首元を指す動作を見せる。

 そしてこう言い放つ。


「刻印……のことをね」

「貴様、まさか……!」

「そうですよ。私はそこにいる二人の……破滅の刻印の真実を知りたくてわざわざここに呼んだんです」


 男は『ふっ』と笑い、事の真相を話し始める。


「苦労しましたよ。ここは人族の世界からかけ離れた場所に位置するいわば異空間のような存在。ここへゲートを繋げるためにどれだけの生贄を差し出したことか……」

「生贄……? お前は一体何を言っている?」

「まぁそれだけ言っても分からないでしょうし、いいでしょう。冥土の土産に全てをお教えいたします」


 男はスタスタと俺たちの方へ近づいてくると、ある真実を語り始めた。


 ♦


 10年以上も前。私は師団金を横領したことが発覚して、近衛師団の師団長でありながらザンバード王国から追放された。

 

 追放され、行き場を失った私はとある小国によって保護されることとなった。

 その小国とは、当時ザンバード王国とは敵対関係にあったフェルゼ公国だ。


 最初はザンバードからのスパイだと勘違いされ、忌み嫌われていた。

 だが私は元々、ザンバードで師団長として活動する傍ら、研究者としての顔も持っていたため、その勘違いを晴らすべくある研究結果をフェルゼ公国に差し出した。


「それが、当時ザンバード王国で極秘裏に研究していた一大プロジェクト。名を当時は『フェルグ計画』と呼んでいましたか」

「フェルグ……?」

「ザンバードの言葉で”刻印”を意味するものです。10年以上も前ということは私たちが……」

「ご明察。あなた方二人が地下牢獄に隔離されていた時ですよ。私もその時、計画の一研究員だったのです」


 ゲイルはさらに話を進める。


「で、その計画の一端をフェルゼ公国に提供した私は何とか誤解を晴らし、国の研究者として迎えられることとなりました」


 そしてここからが一番重要なこと。

 

 私はフェルゼで引き続き、研究を重ね、ある真実を知ってしまった。

 それがこの異空間の存在だ。


 当時、まだザンバードで研究を進めていた刻印から発せられる魔力源。

 その魔力源と同じくらいの規模を持つ場所がフェルゼ公国の地下にあることに気が付いた。


 私は複数の研究員を連れ、フェルゼの地下に潜ると一瞬目を疑うものが自分の目に入ってきた。


 それが――


 ゲイルは指を指し、先ほどボルが触れようとした水晶玉を指さす。


「まさかあの水晶玉が……?」

「そうです。あれがまさしくこの空間と我々の住む人間界を繋ぐ架け橋となったのですよ」


 当時はまだこれが何かは分からなかった。

 研究に熱を入れ、煮ても焼いても謎は深まるばかり。

 

 ただ分かっていたことはかつて研究していた刻印と同じくらいの魔力が溢れ出ていたということだけ。


 だがそんなある時。今まで時間をかけて行っていた研究が一気に進む出来事が起こったのだ。


 それが水晶玉に突如として映し出されたある場所の光景。

 最初は驚いた。


 今まで透明で何の音沙汰もなかった球体が急に光を帯び、見たこともない場所が忽然と映し出されたのだから。


 そしてその場所というのがここ、歪みの神殿だった。


「我々はすぐに研究を進めました。その場所が水晶玉から消える前に少しでも情報を残しておこうとね。ですがある時、私はある方法を思いついたのですよ」

「方法……だと?」

「はい。それが――」


 水晶玉に潜む計り知れないほどの魔力を媒体とした強制転移計画。

 いわば、水晶玉が映し出す世界とこちらの世界とを強制的に一つの橋で繋いでしまおうと計画だ。


 そう考えた理由はフェルゼ公国が最先端の技術を用いて研究しているあることのノウハウを思い出したからだ。


 そのあることとは、人が魔力を使わずとも自然環境の中で生み出される魔力を用い、遠くの場所を移動することを可能とする瞬間転移装置の開発。

 フェルゼ公国が連盟国から多額の資金を供給してもらって行っていた巨大プロジェクトだ。


 私ももちろん、フェルゼの研究員として研究を行っていたのでそのプロジェクトに参加をしていた。

 

 なのでそこで得た転移魔法を簡易化するノウハウを用いれば、向こうの世界とこっちの世界を繋ぐことだってできるのではないかと考えたのだ。


「そんな無理矢理な……」

「確かに無理矢理で強引な考え方です。だが理論上ではそれを実現させることは可能ではあった」

「なんだと?」


 当時の研究で考えられていたことは映し出された向こうの世界が別次元の中にあるのではないかという推測だった。

 そこで私と当時の研究員たちはあることを考え出した。


 それは膨大なる魔力を人からかき集め、それを波動砲として転換させ、外に放出。時空の歪みに穴を開けるという人が考えるにしては頭のおかしい計画だった。


 でも皆それをおかしいとは思っていなかった。


 なぜなら水晶玉が映し出した世界は紛れもなく我々のいる世界とは遥かに異なったものだったからだ。

 もし、水晶玉が真実の示しているのであれば別次元の世界が存在するということになる。


「そう考えればどうだろう? もし世界にぽっかりと穴をあけられたらもしかして……なんて思わないか?」

「……世界に、穴をあけるだと?」

「そうです。当時の私たちはみんな狂ったように狂ったことを研究していましたよ。そして本気でそれを実現するべく、我々はある実験を試みようとした」


 そう、それが転移時の際に時空の歪みに穴を開けるための膨大な魔力を供給するための方法。


 それが……


 ゲイルは一旦間を置き、そして静かに息を吐くと、こう俺たちに言った。


「生贄の存在、だったのですよ」

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