09.決闘2


 次の日の朝。

 日光がカーテンの隙間から差し込み、俺の目元にあたる。


「……眩しい」


 寝起きの俺はただそう呟き、腕で顔全体を覆う。

 

「もう朝なのか……」


 少しだけ目を開け、周りを見渡す。カーテンで閉め切った部屋は少しばかり薄暗く、外を見るまでは朝と認識できなかった。


「そうか、今日は約束の日だ。時間は……」


 枕元に置いた時計を取ろうと手を伸ばす。

 が……


 ―――ムニュ


「ん?」


 ―――ムニュムニュ


「んん!?」


 手を伸ばした先には柔らかいがあった。今までに感じたことのない感触だ。

 

「これは……なんだ?」


 寝起きで意識が完全に戻っていない俺は迅速な状況整理ができずにいた。ただ理解できるのはとてつもない柔らかさとまるで人の体温に触れているかのような暖かさだった。

 

「やば、なんかこれ癖になりそう……」


 だがひとつだけおかしいと思ったのは触れば触るほどに誰かの声が聞こえたことだ。

 例えば少し強く触ると……


「んんっ……」


 ってな感じで。しかも声から察するに女の声だ。

 しかもかなりエロチックな声が聞こえた。


「おいちょっと待てよ……これってまさか」


 朦朧とした頭の中で情報を整理するうちに段々と目が冴えてくる。

 俺は恐る恐る目を開き、状況を確認する。

 すると俺の手の先にあったのは二つの大きな山。身体を俺のほうに寄せ、ぐっすりと眠るメロディアの豊満なが目に映った。


「やばっっ!」


 俺はすぐさま手を放す。熟睡していたためかメロディアに気づかれることはなかった。それどころか何か寝言を言いながらニコニコしている。


(あ、あっぶねぇ……気づかれたら一巻の合わりだった)


 ふぅ~っと安堵の一息をつき、身体を起こす。

 だがその時だった。


「朝から随分と盛んじゃないか。さすが見境のないサルは格が違う」

「ぼ、ボルっ!?」

 

 向かって玄関側に竜人の姿が一人、両手に本を担ぎながら立っていた。

 その大量に持った本を近くの小テーブルにドサッと置く。


「お前また本かよ。それホントに借りてきただけなんだろうな?」

「さぁな、そんなのは我の勝手だろう」

「勝手に大量の本を買われてたまるか! んなことしたら俺たちの生活は即破産コースだっての!」

「その時はお前がまた他のクソ冒険者と共に金を稼いで来ればよいだけの話だ。我には関係ない」

「お前……ホント根っこから歪んでんな」

「誇り高き戦闘種族の竜人族にとっては褒め言葉だな。ありがとう」

「あーそうかいそうかい」


 いつものように他愛もないやり取りが続く。

 ボルがクズ中のクズなのは昔からのことだ。種族の性もあってか戦闘だけはお得意だがそれ以外はまるっきし頼りにならない。端的にこいつのことを説明すればただ筋肉ムキムキの戦闘バカってところだ。


 そんな戦闘バカは俺の方をじっと見ながら唐突に、


「おい貴様、A級冒険者との決闘とはどういうことだ?」

「は? 決闘?」

「とぼけるな。貴様、決闘を申し込まれたのだろう?」

「え、なんでそれを……」


 ボルは一枚の紙きれを黙って俺の方へと投げ捨てる。

 俺はその紙を手に取り一通り見渡すと、


「これは……」

「そこら中にばらまかれていた。お前の仕業か?」

「はぁ? んなわけあるか。俺は絶対にこんな真似はしない」


 その紙に書かれていた内容は俺とジョセフの決闘についての案内だった。ゼヴァン中央区にある特別闘技場は決闘者の希望があれば一般客を中の観客席へと入れることができる。

 A級冒険者ともなればギルドではそこそこ顔の知れる存在となるのは必然だ。しかも噂によればジョセフたち虚無の黄昏はここら辺のギルドを拠点として活動する冒険者の中では1、2を争うほどの実力派冒険者パーティー。中でもリーダーのジョセフの力量は周りのA級冒険者と比べても群を抜いており、周囲からは一目置かれている存在となっているのだそうだ。

 

(あえてギャラリーを入れるのも自らの力を示して地位を不動のものとするため……ってとこか)


 俺はジョセフと半年間一緒にいたがそこまで他人の力を気にしたことがなかったため、そういった認識はなかった。だが周囲の冒険者にとってはその絶対的な力に憧れを持つ者は多いという。


(あんなクズが憧れって……反吐が出るな)


 力さえあればなんでもしていい、恐らく奴は自身の実力を盾に都合の良い生き方をしてきたのだろう。 例えそれが間違いだとしても力という結果があるからこそ誰に言い返せない。

 今流行りの王族、貴族たちによる権力の乱用と同じような事象が起きてるってわけだ。

 

 ホント、そう思うとイライラが止まらない。


(少々痛めつけるのもありかもな)

 

 そんなことを心の中で思いつつも俺は約束の決闘を受けるために準備を始めた。



 ♦


 ―――ゼヴァン中央区画 特別競技場内アリーナ



「来たなレギルス。昨晩はぐっすりと眠れたか?」

「ああ、快眠だったよ」


 時は正午。俺は約束の地であるゼヴァン中央区にある特別闘技場へと足を運んでいた。

 そして中へ入るとそのまま奥のアリーナへと導かれ、そこにジョセフは立っていた。

 360度見渡せる観客席からはばらまかれた宣伝用のチラシを見て集まった多くの市民や冒険者たちが集まった。もちろんその中にメロディアたちの姿もある。


「どうだ、これだけの人数が観客として集まればやる気が出るだろう?」

「さぁな。別に俺はどっちでもいい」


 いや本当は誰もいない方が好都合だった。そしてここへ来る前、俺はボルにあることを言われた。

 それはむやみな力の解放は避けろというもの。要するに自分の立場を考えた上で行動をしろという警告だった。

 もちろん、俺もそのことは頭の中に入れていた。だが俺はボルトとは違って手加減をするのが苦手なたち、要するに不器用な男だ。

 その点ボルはそういった力の制御が得意という意外さを持っている。


 唯一心配だったのは相手をいかに傷つけないようにするために加減するかという問題だった。

 この観衆の中じゃ使える力なんてごく限られている。


(あまり力を行使せずにうまく勝利を収めるには……)


 そう考えている内に虚無の黄昏の一人で回復術師のカトレアが俺たち二人の元へ姿を見せる。

 

「ジャッジはカトレアにやってもらうことにした。異論はないな?」

「大丈夫です」


 少々冷淡さを滲ませた返答で応対。そしてジョセフは立て続けに話を進める。


「で、ここからが本題だが俺とお前とでは力の差があると見てハンデを用意しようと思う。さすがに一方的な試合じゃ観客の人たちも飽き飽きしてしまうからな」

「はぁ……」

「それでだ、俺はハンデとして魔術は使わないことにした。もちろん、強化系の魔術も同じだ」

「なるほど、じゃあその両手に持っている双剣だけで戦うというのですね?」

「そういうことだ。俺が双剣使いとはいえ、強化系の術を奪われちゃあどうしようもない。お前のような魔術師相手には専ら不利になるのさ」


 ふーん、不利になる……ねぇ。そう言っても恐らく相手は強化系の術を施さなくても勝てるという算段なのだろう。

 確かに無強化の前衛職は丸腰で戦っているのとあまり相違はない。どんなに技術を高めても人間には限界があるからだ。特に魔術を用いる魔族やモンスターが近年増え始めたためかそれが顕著に表れている。 だがジョセフは相手が魔術を使ってくると知っていてもなお自らの双剣の技術だけで戦おうとしている。


 これはもう完全に舐められているとしかいいようがない。そう思うとよほど俺の価値は彼からみたら低いことが分かる。

 ギャラリー集団も口を揃えて俺に対する陰口を叩いているのが聞こえてくる。

「バカだなあいつ、E級がA級勝てるわけないのに」ってね。


「―――ま、別に価値や応援なんかなくても俺は一向に構わないんだけど」


 とりあえず今俺がすべきことはいかに周りの観衆の目に触れずに試合を終わらせるかだ。

 一瞬で決めるという方法くらいしか不器用な俺には選択がない。


 だから……


「―――開始3秒で全て終わらせる」


 俺は心にそう暗示し、臨戦態勢へと移る。

 ジョセフはグッと身構える俺を細目で見る。

 

「さて……お喋りはここまでにしてそろそろ始めよう」

「元から準備は整っている。さっさとかかってこい」

「ほう、いつにも増して強気じゃないかレギルス。いいだろう、ハンデがあろうが格の差って奴をお前に見せてやるよ」


 お互い試合前の挑発が済んだところでジャッジのカトレアが指示を仰ぐ。

 俺はゆっくりと息を吐き、懐に潜めたワンドを取り出した。

 

「―――さてと、身の程知らずのバカヤロウに軽く鉄槌を加えますかね」

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