第26話 二人だけの発表会
そして、ある時。僕ととわはいつも練習をしている練習場で、二人だけの中間発表会をすることにした。
曲は、あの時車の中で歌ったのと同じ曲だ。僕は最初もっと流行りの曲にしようとしたけれど、とわきってのリクエストで、この曲にすることにした。
練習場に入って、少しストレッチをして、発声練習をして、備える。
「よーし、今日は中間発表だね。今できる、凛歌の全て・・・・出し切って頂戴ね。」
「もちろんだよ、とわ。 まあ、今出せるものはすべて出し切ってみせるよ。・・・とわ、そこのステレオの準備お願いね。」
うん、と声を弾ませてとわはステレオの横にちょこんと座った。
僕も小さなステージに登って、マイクスタンドを調整して、しっかりと構えた。
「じゃあ、とわ。音楽を頼む。」
コクンっと頷いて、とわはステレオの再生ボタンをトンっと押した。
イントロが流れ出す。僕の心も徐々に昂っていく。昔の懐かしい記憶と、あの日渋滞の中、カーラジオの中で歌った記憶、そして今の僕の昂った気持ちが、優しく抱き合うように混ざり合って広がりだす。
今僕にできる全てを。今目の前にいる、僕の大切な人へと。届けるために、今歌う。
イントロが明け、遂に僕は歌い始めた。
湧き水のようにあふれ出る気持ちを、自分の喉に、心に、伝達させて優しく歌った。
あの時よりずっと。いや、最初に夢を追ってた頃よりずっと、僕は美しく強かな歌声を響かせてその曲を歌えていた気がする。
幾つもの波を超えて、サビ、間奏、二つ目のサビ、ラスサビ・・・・すべてに本当の気持ちを込めて歌った。 あっという間の時間だった。
最後の最後に少しどもってしまったけれど、それ以外は自分でもかなり納得のいく歌が歌えた。
歌いあげて、僕はとっても晴れやかな気持ちになった。
少し余韻に浸ってから彼女の方を見てみると、彼女もまた、見ていて嬉しくなるような、うっとりとした、優しい表情を浮かべていた。
よかった、その顔が見たかったんだ。
少し僕は安堵した。
拍手をして、悪戯な笑顔を浮かべて彼女は語り掛けてきた。
「ふぅーーん・・・・やるじゃない・・・。あの時と同じくらい・・・・いや、あの時以上に心にジーンときたわ・・・・最後の最後だけ少し残念だったけれど。」
「あーーー・・・・やっぱ気付かれてたか。あそこだけどうにも音外しちゃうんだよねえ・・・・次までの課題だな。」
「だね。そういえば、出たいオーディション決まったりしたの?」
「うん。ジャパニーズ・ゴッド・シンガーってオーディション番組に出てみようと思ってる。・・・・実はこの間選考に受かってたんだよね。」
ジャパニーズ・ゴッド・シンガー。通称ゴトシンとして知られるこのオーディションは、テレビ放送で行う公開オーディション番組で、日本中の腕利き、いや喉利きの集まるオーディションなのだ。
僕は、つい少し前に自分の歌声を音声データとして記録して応募して、見事選考を通過することができていたのだ。 そもそも選考の段階で競争率がえらい高いオーディションだったから、僕自身かなり手ごたえを感じていた。
「そうなんだ! ・・・・実はよく私もその辺分かんないんだけど、なんか凄そうだから、頑張ってね!」
「うん!もちろん。 僕もここまで来たら、絶対やり遂げてみせるよ!!」
僕も、笑顔でサムズアップをして答えてみせた。
「さあーて。なんか夕飯でも食べいくか。 とわは何が食べたい?」
「そうねえ・・・・また『たぴおか』と『なたでここ』がいい!」
「まーたその二つか・・・。なんでそんなその二つばっか食べたがるんだ?」
「山にずっといたから、あんな流行りものなんて滅多に食べなかったからよ・・・・もそうだし、貴方と食べた思い出の味だから・・・・・・ってなんでもないわよ!」
彼女は少し慌ててそう言った。
僕らは、近くの喫茶チェーン店で、タピオカドリンクとナタデココのデザートを食べて帰った。
そこで食べたタピオカドリンクとナタデココは、少し優しい味がした気がした。
ご飯を食べ終わって、僕はそのまま森までとわを送り届けた。その時、とわはある一つのプレゼントをくれた。
「ねえ、凛歌。これ、あげる。私が頑張っておまじないをかけて作った必勝祈願のお守りだよ・・・・大事に持っててね。」
何処までも白い生地に金色の糸で「必勝祈願」とかかれたそれを、彼女は手渡してくれた。
何だか、いままでもらったお守りの中でも一番利きそうな気がする。何せ、神社の子が作ったものだし。・・・・そして何より、大事なとわが作ってくれたものなのだし。
「ありがとう! とわ。肌身離さず、大事に持っておくよ!」
「うん・・・・ありがと・・・・それじゃあ、ね。」
「おう、また明日も頼むよ! またね。」
そう言葉を交わして、とわと僕は別れた。
今日はなんだか自分でも凄く前に進めた気がした。
「よーし!! 今日は帰って早よ寝て明日に備えるか!!」
僕はパジェロのアクセルを更にグイっと踏み込んだ。
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