第7話 色づく日々
その旅は僕らにとって、とても壮大で、爽快で、刺激的なものだった。
今まで僕は休みなしにひっきりなしで働いてばかりで、家から会社を行ったり来たりしている以外は何処にも行かないような日々を送っていただけになおさらだった。
ずっと使わずに貯めこんでおいた貯金も、まさかこんな時に役立つだなんて考えもしなかった。
晴れ渡る空、ジリジリと熱を伝えてくる太陽、そしてひとたびドアウィンドウを開ければ入ってくる潮風だったり、土の柔らかな香りだったり、花や草木の爽やかな香りであったり。そして、行った先々で食べる美味しいご飯の食感や香りを心から楽しんでいた。
まるで、今まで白黒のみだった絵に色がついていくように、失いかけていた五感が返ってきたような気さえしていた。
僕の愛車の二代目パジェロショートも一般道から荒れ地まで道を選ばず走り抜けてくれて、とても心強かった。 数年前祖父から譲り受けてからずっと乗っている車だけれど、いつもただ通勤で使っていただけであったから、真価を見るのは今回が初めてであった。
もう三十年前の車とは思えないほどの快走っぷりである。
そして、とわも、出会った時とは全く別人のように表情が豊かになっていた。
森から出たばかりの時は、あんなに乗り気じゃなかったような様子が嘘のように、来る日も来る日も次は〇〇行こう!!○○行こう!!と元気よく提案するようになってきていた。
よくよく考えたらこの子は昔こんな風に旅行とかしたことがあったんだろうか。
助手席の寝顔を見つめながら、ふとそんなことも思った。
そして、そんな放浪の旅を続けて三か月目になる、ある日の早朝の頃だった。
旅館で宿泊している時、別室にいたとわが、僕の部屋のインターホンを鬼のように連打し、熟睡している僕を叩き起こしてきた。
重い瞼をやっと持ち上げて、布団から起き上がり、自分の部屋のドアを開けるや否や、彼女はこう言ってきた。
「ねえ、凛歌!海に連れてって!!海に!」
と手で僕の腕を掴んで揺さぶりながら言ってきた。
でも、海なんて今までに嫌と言うほど通りがかってきたのに、なんで今更行きたがるんだ。一瞬そんなふうに思ったものの、いつもの軽いノリではなく、ここまで真剣なまなざしを向けて行先を提案してきたことなんて中々なかったから、少し気になっていた。
「でも、なんで今海なんだ?今までだって沢山通りがかってきたじゃないか。」
「今まで通ってきたとことは違うわよ。・・・そこよりも、もうちょっと静かで、小さなところ。 昔家族みんなで行った、思い出の場所なの。」
「そうなのか・・・・ちなみに、大体どのへんだったか、とか、どんなところだった、とかってわかるか?」
えーっとねえ・・・・と言いながら、とわは、うーん・・・手を顎に添えて、一生懸命記憶を探り出した。
そして僕は、とわから聞き出した情報を元手に地図とにらめっこして、どうにか場所を突き止めた。どうやら、今いる場所から四百キロくらい離れているところらしい。
ん~まあちょっと遠いけど、行けなくはない距離だし、行ってみるか。
というわけで、僕たちはその『思い出の海岸』を目指して出発した。
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