冬
神澤直子
第1話
まるで心のうちを見透かすような、限りなく透明で白々しい空が僕を包む。風は冷たくさすようで、首許に巻かれたマフラーなんて、正直全く役には立たなかった。
冷えきった気温とは裏腹に街は道ゆく人で活気付いている。
僕は人混みをくぐり抜けて、電車へと乗り込んだ。吹きさらしのホームから電車の中へ入ると、少し暑いくらいの暖房が入っている。
寒さのせいか妙に急いでいた気分が少しだけ落ち着いた気がした。電車の中は空いていて、席は空いていたが僕はドアのそばに立った。
最寄り駅に着いたらすぐに電車から出て家へと急ぎたいのと、あとは今のこの大荷物で座ったりなんかしたら少し迷惑ではないかと思ったからだ。
僕の手には今大きな大きな熊のぬいぐるみが抱えられている。熊の頭には真っ赤なリボン。こんな可愛らしいものを、僕みたいなおじさんが持っているのは些か不思議かもしれないけれども、今日は娘の誕生日なのだ。
何年も何年もかかって、やっとできた一人娘。
今日、やっと3歳の誕生日を迎える娘。
こんなおめでたい日を盛大に祝ってやらないでどうするというのだろう。
そうだ。ケーキを取りに行かなければならない。近所のパティスリーで妻が予約をしているはずのだ。ケーキのことが娘にバレないように、僕が取りに行く算段なのだ。
娘がどれほど喜んでくれるかとか、ケーキを見たときの娘の顔とか、熊のぬいぐるみに抱きつく娘とか、色々妄想していたら最寄り駅に着いていた。
最寄り駅は少し田舎で、やはり田舎の気温は街中に比べて少しだけ低い。微かに雪がちらついていた。
僕は電車を降りて、駅の階段を駆け上がった。
早く、早く帰らなけらばならない。
温かな家で娘が僕の帰りを今か今かと待っているのだから。
冬 神澤直子 @kena0928
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