第43話 悪魔の指輪。視点、皇気

 大きな穴の底から、青空に消える煙が立ち上る。

穴を覗くと、赤く煮えたぎったマグマが見える。

そうここは、キラウエア火山のとある火口の1つだ。

やはりここに降りて正解だった。

動画撮影に最適なロケーション、ここで録画すれば再生数爆増間違いなし!

俺はスマホを岩のくぼみに起き、録画ボタンを押下した。

そして、アブラヘルと名乗る誘拐犯の女に先ほど渡した台本をしまわせた。


「いいですか、ちゃんと演技してくださいよ」


 録画のカウントが終わる前に忠告すると、彼女はダルそうにため息を吐いた。


「えー日本にいるこいつの家族と、政府の犬ども! お前らの対応が遅すぎるため、私が本気であることをえーなんだ」


 棒読みで言い淀むと、彼女は渡した台本を裾から取り出す。

その瞬間、俺はスマホの録画を停止した。

そして彼女に詰め寄り、怒気を強くして口を開いた。


「あのアブラヘルさん、真面目に演技してくださいよ! そんなんじゃ再生数とれないんですけど?」


「あ? 再生数?」


「そうですよ! あなたがちゃんと演技してくれないと、俺のサキュチューブの登録者伸びないんですから!」


 もう、犯罪者って頭悪いっていうけど信ぴょう性高そうだなぁ。

せっかく逆転のチャンス掴んだと思ったのに、この女のゴミ演技のせいでバズる気しなくなったなぁ。

なんか誰かの企画でもパクるか。

スマホで動画を漁り始めた直後、俺の身体は火口の縁から放り出された。

足が浮いたことより、真下にある高熱の物体を見下ろして恐怖した。

間一髪、蓋を右手で掴むことに成功した。

しかし、腕力のない俺にはこの体制から身体を持ち上げることは不可能だ。

早いところ、あの女に助けてもらわねば。

そう声を荒げようとしたが、彼女は冷たく見下す目をしていた。


「勘違いするなよガキ! テメェの脳みそ改竄しないのは、オモチャとしておもしろいからってだけの理由だ。それと、私の目的を果たすのに貴様のチャンネルなどいらん」


 人外であることは認知していたが、ここまで凶暴だったとは想定外だ。

天使という存在がこちらの創作物と異なるのは当たり前だが。

いや、そんなこと考えている間に手の力が限界を迎えてきた。


「わかった! お姉さんの言う通りにするよ!」


 心にもないことだが、命には変えられない。

彼女は少し間を置いて俺を引き上げた。

そして、躊躇なく腹を蹴り上げられる。

うずくまる俺へ、彼女は追撃の蹴りを何度も続けた。

クソ、謝ったのになんなんだよ!

睨みつけると、彼女は蹴るのをやめる。

やっと疲れたかと思ったが、そうではなかった。

彼女は黒い指輪をはめると、近くにいたネズミを指差し、魔法陣を展開した。


「てめぇにいい物見せてやるよ」


 ネズミは気絶し、しばらくすると風船のように身体が膨張して破裂した。

それを見てケラケラ笑う彼女に、俺はようやく間違いに気づいた。

この女、暴力を何とも思ってない。

ガチで俺を暇つぶしの道具として扱ってるんだ。

もし、兄たちが絶望した姿を確認し終えたら俺はどうなるんだ?

いや、どうなるもこうなるもない。


「この指輪は悪魔から貰ったやつでな、悪夢で死んだ生物を本当に殺すことができるんだ。お前もあんま調子こいてると、これで遊ぶからな?」


 彼女の歪な笑みに、ただ謝る言葉しか出なかった。

涙がボロボロと流れても、この状況で逃げることは不可能。

あぁ、何で俺家出なんて馬鹿なことしたんだろう。

こんな事になるなら、まだあの親父の言う事に従って生きてれば。


「わかればいいんだ。よし、お前の兄に電話を繋げ。あいつら今頃日本中で晒し者だろ? きっとぶっ壊れてるに違いねぇ。さっさと架けろ!」


 俺は震える手でひび割れたスマホを手に持った。

兄か、そういえば兄貴だけが俺に優しかった。

俺がいつも無視したり、恨んでいても、あいつだけはいつも見てくれていた。

でも、こんな迷惑かけてばかりの自分が電話したところで呆れられるだけだ。

そう思いながら、コール音を発するスマホを耳に当てる。


「皇気か! 怪我していないか? いま俺もハワイにいるんだ! だから犯人に見つかる前に居場所を教えてくれ!」


 あ、あいつはまだ俺のことを心配しているのか?

家出して迷惑をかけて、日本中の晒し者になったのに。


「ハッ! 黙り込んでどうした? 家族をボロボロにしたお前に、発狂でもしてるか? おい、答えろ!」


 胸ぐらを掴まれ、指輪をちらつかせながら彼女は俺を睨んだ。

俺はもう、どこまで落ちても構わない。

けれど、様々なしがらみに耐えて必死に生きる兄のことを侮辱されたくない。


「うるせぇ、DQN女! お前の些細な逆恨みで人を巻き込むんじゃねぇよ!」


「てめぇ、本当に火山に落とされてぇのか?」


 彼女は俺を再び、火口の縁から外へと追い出した。

胸ぐらを掴む彼女の手が離れれば、一瞬でマグマに焼かれる。

けれど、いくら怖くても俺はもう屈さない。

追い出された途中、スマホが溶岩に落ちる。

僅かに聞こえた兄の声に、答えることはできなかった。

多少の未練はあれど、迷惑かけた人生にケジメをつけるには十分な死に様だ。


「そうか、それでビビらねぇか。なら、この指輪で死ね」


 彼女からドスの聞いた言葉が発せられた直後、視界は暗闇に染まった。

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