第41話 皇気、アブラヘルと接触する。視点、皇気
ここは都内にある、高級カプセルホテル。
俺は付け髭をとり、シャワールームが何個も列を為す部屋へ来た。
個室の番号と同じ数字が名札に書かれた場所は、俺専用のシャワールームだ。
ふぅ、思い返せば家出してはや1ヶ月半かぁ。
最初はどうなるかと震えたが、お宅訪問企画がバズるとはな。
その恩恵もあり、ホテルには宿泊できないがこうして良い宿屋を転々と出来ている。
だけど、今頃兄貴たちは何しているんだろうか?
ふとそう心で嘆いて見たが、俺はシャンプーの泡と共にそれを流した。
超エリートの親父たち、頭のいい兄、それに引き換え俺は何もできてない。
頭も悪けりゃ、運動能力が高いわけでもない。
いやだからこそ、この俺があいつらを見返すにはこのサキュチューブでビッグになるしかねぇ。
タオルで頭を巻き、俺はスマホを取り出してチャンネルを覗いた。
案の定、舌打ちをすることとなる。
最近の動画はマンネリ化が酷く、再生数が1桁激減した。
それだけではなく、何やらコメント欄は罵倒の嵐だ。
俺が泊めてくれた人の私物を破壊したとか、手料理の値段で愚痴を言うとか。
確かに全て本当だが、そこがこの動画の醍醐味じゃないか。
しかしもう視聴者から泊めてもらうことは出来ない。
このままでは俺がビッグになることはなく、家にも帰らなきゃホームレスに堕ちる。
そんなのだけは絶対に嫌だ!
いや待てよホームレスでいいこと思いついた。
よし、このターゲットで1発逆転だ!
「なんだい、こんなババアに何のようだ?」
フッ、如何にも薬やってそうな顔したババアだ。
こいつの家で薬物を発見すれば、俺の動画は絶対人気を取り戻す。
「いやぁ、俺家出してるんすよ。この金で一晩、泊めてもらえませんか?」
ハハハ、あのババア俺の渡した5万を抱きしめて寝やがった。
どんだけ金に困ってるんだ?
部屋の感じからして、そこまで金欠に見えないけどなぁ。
それから俺はタンスや冷蔵庫を漁ったが、目当ての違法薬物と思える物はなかった。
チッ、本当にただの独り身のババアかよ。
録画損じゃねぇか!
俺は仕方なく、布団のところへ戻る。
はぁ、録画止めるか。
そう思い、スマホを起動すると指がミスりライトを点灯させてしまう。
ババアが起きるのではないか?
と、一瞬ビビったが瞬時に消灯したのもありいびきは聞こえるが、問題ない。
さっき僅かだけど、枕元に白い粉の入った小袋が見えた気がする。
なるほど、灯台下暗しとはこのことか。
このババア、スマホのライト付けても起きねぇから光らせても大丈夫だろ。
ゆっくりと、ババアの枕元に手をやり袋を取った。
大麻は匂いが強烈と聞くが、確かに独特の臭いだ。
ハハハ、この袋を台所に置いて通報するか。
このババアがしょっ引かれるとこも撮れば、面白いだろうし。
そう思い、台所へ向かおうと踵を返した直後。
足首をカサカサの手に掴まれる。
「返せー、クソガキ!」
ババアは包丁を取り出し、振り上げる。
右手を僅かに擦り、俺はスマホを落とした。
や、やばい!
こいつ本当に俺を殺そうとしている!
スマホを拾い上げる隙もなく、ババアが突進する。
間一髪避けると、包丁は木柱へ突き刺さった。
引き抜こうとするババアの姿を見て、俺は一目散にその場から走り去った。
暗い夜道、街灯の丸い光の中で腰を下ろした。
汗はだらだらで寒く、呼吸も乱れた。
ちくしょう、あのババアのせいで持ち物全ロスしてしまった。
せっかく、ビッグになるチャンスだったのに。
膝の間に頭を入れ、項垂れていると声が耳に入る。
「お前があの男の弟か、探すの苦労したぜ」
声の主の方は振り向くと、レディースのようなヤンキー女が目の前にいた。
これはもしかしてホームレス狩りのように、俺もボコられる?
立とうとするが、胴体を何か得体の知れない光の輪っかによって縛られる。
ジタバタと動いてみるが、この輪っかが取れる気配がない。
目前で見下ろすヤンキー女の不気味な笑みに、俺は目を瞑った。
「安心しろ、殴りはしねぇ。
てめぇを誘拐して、あの男の家庭をボロボロにするのが狙いだからな。
そうすりゃ悲しむ男を見てメリディアナは絶望するだろう。
ノルマもなくなり、もう2度とこっちに戻ることは出来ねぇからな。
自分があの男に関わったことを死ぬまで後悔することになるだろうな。ハハハ、いい気味だぜ!」
女は高笑いし、再び俺を不気味な顔で見物した。
よくわからない自語りだが、殴る気はないんだな。
そして、誘拐って言ったかこの女?
なるほど、俺の家から大金を貰おうってことか。
あの親父が、あの兄貴が俺の為に何かするとは思えない。
「姉さん、いいよ。俺、誘拐されてあげる」
だが、この話は悪くない。
この誘拐を大事(おおごと)にし、また動画を上げれば再生数は爆増する!
「お前、やけに素直だな」
俺は拍子抜けし、少し怪しむ女に再び口を開く。
「あと俺の家をぶっ壊すなら、この誘拐をマスコミに流すといいよ。それとそうだなぁ、お姉さんがすぐ捕まってもつまらないから海外とか行けない?」
「ハハハ! お前、いい感じにぶっ壊れて面白いなぁ。いいぜ、お前の提案なってやるよ。私は悪が好きだからな」
どうやら神様は、まだまだ俺にチャンスを与えてくれるみたいだ。
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