再会
第36話 皇二、吐き出す。視点、皇二
初めて漫喫こと漫画喫茶へ訪れた。
暗い照明の中、薄茶色の板で隔てられた個室に入る。
椅子に腰を下ろし、一息つく。
まるで自分が細胞になったようだ。
個室が細胞壁で、その中に入る客は核といった所だろう。
はぁ、俺もついに皇気と同じ状況になってしまった。
両手で顔を覆い、暗闇で嘆いているとスマホの通知が鳴る。
「明日は大会初日! 佐藤君は私と一緒に応援しよう……か」
俺は適当にスタンプで反応し、携帯の電源を落とした。
今はただ、静寂のこの空間で何も考えずぼーっとしたい。
俺は結局、どの行動を選んでも納得できないし満足しない。
大会には出れず、失恋というのかわからないが縁下さんの熱士が来た時の表情に何かが込み上げた。
柔道部に入ったのは不純な動機より、ストレス発散とどこか自分が成長したように感じたからだったはず。
なのに何で、こんな気持ちになってるんだろう。
そもそも男子校に行かず、女の子と付き合いたいのは何で何だ?
男子中学生なら誰でも考えることだが、俺はそれよりももっと違う何かが欲しいような気がする。
「兄貴、あの佐藤皇二って野郎がどこに現れるかわかりましたぜ」
ん?
突如、隣から自分の名前が聞こえた気がした。
俺は木の板に耳を当て、様子を伺った。
「あぁ、やっとか。なるほど、柔道の大会がそこで開かれるのか。いいねぇ、喧嘩沙汰にして滅茶苦茶にしてやるぜ」
何てこと口走ってるんだこいつら!
ていうか、この声覚えがある!
投げられ屋していた時、絡んできた不良の声だ。
どうしよう、とりあえず熱士たちに伝え......いやダメだな。
手首を捻挫し、迷惑をかけたのに更にこんなこと。
大会があるのに、彼らをこれ以上悩ませることをしたくない。
となれば選択肢は1つ、というか奴らの目的は俺だ。
あぁ、恐らくこの騒動を収拾させる方法はこれしかない。
頭にそれが浮かぶが、不思議と不安や恐怖は無かった。
多分、俺自身がもう人生どう転んでもどうでもよくなっているからだろう。
翌日、隣の個室の扉が開くのを聞いた。
後を追い外に出ると、まだ鳥が囀らないほどの朝であることを知った。
時刻はまだ、4時半だ。
不良のくせに、人を殴るために早起きか。
男が路地裏に姿を消すのを確認し、俺はその角へ手をつけた。
この事態の収束、それは俺が不良の気が済むまでボコられること。
警察を呼んでも、事件が起きていない以上無駄。
彼が大会に来ないよう足止めし、逃げるのも得策ではない。
奴は俺を倒すまで、何度でも現れるからだ。
だから、もうこの作戦しかなかった。
痛いのは嫌だけど、1人相手ならまぁ耐えられるだろう。
「誰がつけてると思えば、佐藤君じゃないか。ようこそ、不良の溜まり場へ」
路地裏に入ると、俺を待ち構えていたのは奴だけ……ではなかった。
「こいつらとお前の会場入り邪魔するつもりだったんだが、そっちから来るとはなぁ。さて……」
彼がバットの先端をアスファルトに叩きつけるように置くと、座ってた不良たちがダルそうに立ち上がった。
不気味な笑い声がそこかしこからし、これからされることが俺の想像を超えた事になると直感でわかる。
土壇場になって恐怖し、踵を返すように振り向くが既に退路を立たれていた。
もうこれから始まる暴力に、争う術は一つもない。
「ふぅ、片手は終わりだよ患者さん。くくく、叫びすぎて声ガラガラだなぁ」
ようやく終わった……のか?
あの後、不良たちは俺の指の骨を折った。
誰の折り方が一番叫んだか、賭けて遊んでいる。
そんな事に苛立つ暇もなく、片手の激痛が毎秒襲ってきた。
口からよだれが垂れても、気にすることもできない。
「さて、2回戦行きますか」
兄貴と呼ばれるその男は、無慈悲にそう言い放つ。
その瞬間、俺は痛みの中でも震え始めた。
この激痛が、捻挫している手でも来ると思うと堪らなく怖い。
怯えていると、男は俺の髪の毛を掴んで頭を持ち上げてきた。
「言い忘れたけど、手が終わったら次足な」
ニヤリと口角を上げ、心の底から暴力を楽しんでいるのがわかる。
……舐めていた。
俺の覚悟なんて、言葉に重みを乗せることなんてしない安物だ。
嫌だ、これ以上辛い目に合いたくない。
誰か……助けてくれ!
「よし、じゃあ薬指いくぞー」
男は親指を倒し、ゆっくりと俺の指を反らせていった。
「させません!」
瞼を閉じたその瞬間、聞き馴染みのある女性の声が響く。
この声は……メリディアナ!?
目の前に黒い羽が一枚、ひらりと落ちる。
その羽が地面に触れると同時、閃光と共に円形の魔法陣が広がった。
「な、何だこれは!?」
「ストレスエネルギー回収以外で使うのはタブーですけど、仕方ないですよね」
メリディアナの姿が視界に飛び込むと、彼女の周りで愕然とした不良たちは一斉に白目を剥いた。
そして魔法陣が消滅すると、彼らは意識を取り戻した。
「俺ら何して……そうだ、勉強しないと」
各々の態度は急変し、この場から段々と人が去っていく。
そしてついに、突っ伏す俺と屋上で初めて会った時と同じ天使の姿をしたメリディアナだけがその場に残された。
彼女は「すぐ治すします!」と言い、俺を抱きかかえ、骨折した部位に手を翳した。
緑色の閃光がそこから発せられると、痛みが徐々に引いていくのを感じる。
あぁ、俺は誰かに助けて欲しかったんだ。
この苦しく、1人ではどうにもできない全てを。
「ひゃっ、皇二さん」
回復した俺は無意識が意識してか、彼女を抱きしめていた。
「あっ、ごめん!」
途端に冷静になり、俺は彼女の背に回した腕を離す。
しかし、今度は彼女が俺のことを優しく抱擁した。
「いいんですよ皇二さん。私は天使なんですから、落ち着くまでこのままで……いいんです」
その言葉を聞き、恥ずかしさを持ちながら俺は再び彼女の温もりを感じた。
大粒の涙一つ一つが、痛みと同じように心の奥底にあった何かを吐き出してるようだ。
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