第30話 縁下の過去。視点、皇二

彼女の憂いた横顔を見て、ふと思った。

逃げて落ち込んで、悩み続けて。

自分だけが弱々しい精神を持っているわけじゃないんだ。

縁下さん、熱士、メリディアナ、皇気。

俺だけじゃなく、誰でも逃げたくなる時があるんだ。

それなのに、俺は自分の人生は他と違うとどこか見下した考えを持っていたのかも知れない。

てっ、自分の世界に入りすぎてしまったな。


「前から気になっていたんだけど、縁下さんは何で柔道部に入ったの?」


 そう、今は自分のことではなく柔道部のために何かしなくては。

その為にはやはり、彼女の協力が必要だ。

覆面被ったアレは変な虫を寄せ付けてしまうからできない。

地道な勧誘を行うには、1人より2人だ。


「私が入部した理由……か」


 それから、俺は縁下さんの過去を聞いた。

彼女は元々、マネージャーではなく部員だった。

柔よく剛を制すが女性の身でどこまで行えるのか、知りたかったかららしい。

小学生の頃は負け知らずで、当時はまだ部員が多く活気があったうちの学校の柔道部に来た。

小学生の頃より体格が男女で差がつき、負けを重ねたらしい。

限界を感じてきた縁下さんは、部活に出るのが辛くなり辞めようと考え始めた。

そんな時、彼女は熱士が田中を豪快に巴投げする姿を目撃した。


「あいつ、一緒に入部した時は私より弱かったのに田中を投げ飛ばしたのよね。その時、私は思ったの。自分では叶えられないかも知れないけど、熱士が大会で優勝する姿は観れるかも知れないって。でももうそれも、現実的ではないよね。卒業すればさよならなんだし」


「まだわからないよ。あの人ならきっと、意地でも戻ってくると思う」


 俺は根拠もなく、そう言い放った。

しかし、勧誘に協力してもらう為取り繕って言ったわけではない。

土日という休みの日でさえ勧誘をしていたあの根性持ちだ。

きっと謹慎中も黙ってじっとしているだけではないはず。


「そうは言っても、もうどうにも…….」


 彼女が諦めたトーンで喋り出したその時、スマホに通知が入る。

お互いに携帯を取り出し、画面を確認した。

表示してみると、部活のグループチャットへ熱士が麦わら帽子を被り草むしりをしている写真があった。

そしてその写真の下にメッセージが追加される。


「迷惑をかけてすまんみんな! 謹慎が早まるかわからないが、俺はまだお前らを大会に出させるのを諦めてない! だから、一緒に頑張ろう!」


 後で知ったことだが、どうやら彼は介護施設にボランティア活動をしに行ったらしい。

確認し終わり、縁下さんの方を向いた。


「ほんと……馬鹿よねこいつ」


 彼女は俺が顔を見る前に、背を向けていた。

だけど、頬から雫が垂れるのが一瞬見えた気がしなくもない。

もしかして、縁下さんて熱士のこと……。


「佐藤君、私も明日から一緒に勧誘するわ。頑張りましょう」


「う、うん」


 彼女の屈託のない笑顔に、返事するように俺も笑った。

だけど、この笑顔は彼女の作り笑いと同じレベルで酷いものだったと自分でも思う。

まぁ何はともあれ、柔道部の立て直しも一歩前進したと言っていいだろう。

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